第131話 イネちゃんと世界間会合

「それでは参りましょうか、皆さん、本日は私たちの護衛を請け負ってくださりありがとうございますね」

 司祭長夫妻が到着した翌日、今の首相さんが直接迎えに来たとかいうちょっとした騒動があったけど、イネちゃんたちは政府専用のVIP用車両と、その護衛を行う自衛隊の車両に分かれて乗ることになった。

 ちなみに先ほどの挨拶はクシナダさんで、タケルさんは終始車について驚いたり質問してたりしていた。天然さんにしっかり奥さんってバランス取れてるんだなぁ。

 タケルさんとクシナダさんの乗るVIP車には遠距離攻撃ができないティラーさんが、それっぽいからとボブお父さんとルースお父さんが買ってきた黒いスーツを着て同乗している。はっきり言うと完全にその筋の人にしか見えないあたり、ティラーさんって容姿で損してるんだろうなぁと思ってしまった。

 そしてイネちゃんやココロさんとヒヒノさんはそれぞれVIP車を守るようにして編成された前後の車両に乗ることになる。

 ココロさんとヒヒノさんはともかく、イネちゃんが参加することに少し悶着があったけれども、あっちの世界で冒険者登録していて、要警護人たっての希望ということで参加が認められた……んだけれど、ムツキお父さんの補助という形での参加になったのだった、いやまぁイネちゃんの年齢を考えたら仕方ないけどね、冒険者になったばかりの時17歳だったからちょっと齟齬もあったんだろうけど、イネちゃんはなんだかんだあって18歳になっているのである。一応成人なんだぞ、えっへん。

 ともあれイネちゃんとしても対人での実戦自体はそう経験したことがないから、ムツキお父さんが傍にいるっていうのはかなり安心できる。ムツキお父さんってこの手のお仕事は失敗したことがないらしいから、お父さんというだけじゃなくって優秀なプロって点でも安心感をくれるから、イネちゃんはこれでよかったと思うのであった。

「さて、車列は動き始めたが……こんな目立つ動き、相手が見過ごすと思うか」

「いやイネちゃんはわからないよ。正直病院の後、お家に襲撃があると思ってたのに一切その手のものがなかったから」

「政治的なことは俺も知らんが、もしかしたらイネがココロさんと一緒に捕まえたっていう錬金術師との協力関係に齟齬が出てるのかもな、それなら今回も襲撃無しという流れもありえるんだが……最悪を考えておいたほうがいいときに楽観的すぎたな、すまん」

 ムツキお父さんは謝ってるけど、実際のところお家に襲撃してこなかったあたりからイネちゃんもその可能性はあるんじゃないかと楽観的になってるところがあったんだよね、頭の中ではそっちのほうがありえないと考えてるのに心のどこかでは襲撃はもうないんじゃないかって思ってた。

 正直相手の規模とかを考えると病院の襲撃なんて昨日今日って言っていい程度の期間だから今、こんな目立つ車列になってるわけだけど。

 車列のほうはVIP車の周囲にイネちゃんたちが乗る車両と追加で1台あって4台、他にも先導車とか、警察車両とかも含めて全部で10台くらいの規模で、更にはタケルさんとクシナダさんが来ることが報道されちゃったために上空には報道ヘリまで飛んでる。

 ここまで大規模となると逆に襲撃しにくくなってる気もするけれど、相手にマッドスライムのデモンストレーションとかの目的があるとしたらむしろ好都合ってこともあってやっぱり読めないよねぇ。

「こういうのが1番面倒なんだよなぁ、来るなら来る、来ないなら来ないでわかってれば対応が楽になるんだが、全ての可能性が考えられる状態だと全ての箇所に全力で当たらないといけなくなる」

「ってことは向かってるところも既に警備とかいたりするの?」

「あぁ、別の分隊が出てるって話しは聞いてる」

 やっぱかなりの規模なんだなぁ、ここまで大規模だとイネちゃんの出番はないかもしれないね。まぁイネちゃんの役割はタケルさんとクシナダさんの護衛ってことで、この作戦の間はミルノちゃんたちを守れなくなるからって自衛隊基地に一時保護してもらってるんだよね、もう本当色々と各方面に迷惑かけっぱなしな感じ。

 そうこう話しているうちに目的地である異世界対策庁の現場本部に到着した。

 この国の省庁には珍しく、本部が霞ヶ関じゃなくってこの町にあるんだよね、1番接点が強くってヌーリエ教会やギルドの両方といつでも連絡が取りやすいってことでこの区画のゲートの近くに省庁の本部が作られて、霞ヶ関のほうには政府に連絡をつけたり、いろんな書類を管理するためだけの支部が作られたらしい。

 らしいっていうのはイネちゃんは異世界対策庁の建物に来るのは初めてだからなんだけどね、だから世間に公表されてる情報と、ゲートの施設で傭兵さんや冒険者さんとしてあっちの世界で活動する登録をしたときにちょろっと聞かされた程度しか知らないのだ。

「よし、俺たちはどんな自体にも対応できるように動くぞ、とりあえずキャリバーは俺、イネは装填手を頼む」

「流石にイネちゃんが引き金握るのは本職の人たちに失礼だしやっちゃいけないもんね、わかった」

 ムツキお父さんはイネちゃんの返事を聞いてから車の天井から身を乗り出し、車に装着されている砲台をいつでも動かせるように待機して、イネちゃんもそれのリロードができる位置に移動して待機する。

「車から護衛者が降りるところは1番無防備になる、警戒自体は彼らがあっちの世界に帰るまで続くが、気合を入れる場所の1つだから気合入れろよ」

「いやムツキお父さんや、イネちゃん装填手だから自由に動けないからね」

「装填手だろうがいつ直接戦闘になるかもわからんからな、真っ先に俺たちの車両にRPGを撃ち込まれてもいい気構えでいろ」

 それはもうなんというか、完全に戦争のそれだよね。

 いやまぁ実際に事が起きたらあっちの世界、ヌーリエ教会との戦争は確定するんだろうけれどさ、最高権力者である司祭長夫妻が標的にされちゃうってことだしねぇ。

 ムツキお父さんがキャリバーの座席に座ったところでタケルさんとクシナダさんが車から……ってティラーさんが先か、まぁ一応SPの立場だし当然だよね。

 そしてティラーさんに促されるようにしてタケルさんとクシナダさんが車から降りて異世界対策庁の建物へと無事に入っていった。

「とりあえず第1段階は終了っと。会議中に事が起きた場合は勇者2人が対応する手はずだし、俺たちは少し気を抜いても大丈夫だな」

「ムーンラビットさんの話しを聞いた限りだと、タケルさんもそれなりに戦えるみたいだけれどね」

「まぁ伊達にあの年齢で1つの世界における最大宗教のトップだからな。実力はあるんだろうが……イネは昨日泊まった時の言動で強いと思えるか?」

「いやぁ……それだとヒヒノさんとかも知らない人がみたら強そうとは言わないだろうし」

 実際天然爆発でクシナダさんにツッコミ入れられてて、完全に夫婦漫才って感じだったんだよなぁ。

 ヌーリエ教会は強い人ほど飄々としてたり、どこか抜けてたりするからイネちゃん的にはあまり心配はしてないけれど……でも急な襲撃に関してはちょっと不明な部分が多いからなぁ。

「とりあえず軽食とっておこう、いつ食べれなくなるかわからないからな」

 ムツキお父さんがそう言って市販のブロック栄養食を車内の人たちに分配し始めたところで爆発音が響いた。えー、本当にこれだけの注目浴びてる場所を攻撃しちゃうかー、マッドスライムのデモンストレーションだとしたら、室内だと思うけれど爆発音は割と近くから聞こえてきたから、もしかして現代装備に対してどれだけ有効だとかそんな感じなんだろうか。

 ともかく銃声も聞こえ始めたあたり、やっぱり外だったみたいだね、同時に中にも部隊が入ってきちゃってるかもだけれど、今はその辺を考えておくことは難しいと思うし、ココロさんとヒヒノさんならなんとかなるでしょという感じに楽観に構えて今はこっちで起きた自体に対して集中することにした。

「動け!RPGじゃないが溶解液をエンジンに喰らって爆発したらしいから、喰らえば俺たちも同じ目に遭うぞ!」

 ムツキお父さんのいつもは聞かないよな怒声を聞いてびっくりしたものの、余計なことを考えていたイネちゃんが目の前のことに意識を移すにはちょうどいいくらいの声だった。

 どこ!と聞き返そうとも思ったけれど、今のイネちゃんは射撃手じゃないから聞いたところで意味が無かった。というかムツキお父さんが発砲する位置を確認すればそれで場所はわかるし問題ないか。

「異世界対策庁の屋外駐車場、事前に聞いていた情報ではあそこには無人車両だけだったはずだが……まぁスライムならガソリンタンクだのエンジンオイルだのの場所に隠れられるか、総員警戒!相手は不定形生物と思われるため近接戦闘は確実に避け、遠距離から無力化を行え!但し相手は先日の病院から誘拐された民間人の可能性があるため殺すなとの上からのお達しだ、各員、戦闘開始!」

 うわ、かなり無理な命令。

 現役自衛官で実力もあり、異世界の知識が最も豊富ということでムツキお父さんが今回の指揮官、護衛小隊の隊長に上番したこともあるからだけど、この無茶な命令は確実に上の偉い人からの命令なんだろうね。

 いつものムツキお父さんならこの手の相手でも割と容赦しないからなぁ、あっちの世界なら結構対人での戦闘も要求されたりするし。まぁ強盗野盗の類しかいないから民間人となると話しは変わってくるだろうけれど。

「上で会合が終わるまでの時間稼ぎでいい、総員絶対死ぬなよ!」

 かなり無茶な命令による防衛戦が始まってしまったのだった。

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