第132話 イネちゃんと司祭長

 予定された泥試合……もとい持久戦は本当辛かった。

 溶解液の特性は先日商店街に現れた巨大マッドスライムの映像データから概ね把握していたので、ムツキお父さんの小隊の人たちはセラミック製のシールドやライオットシールドで溶解液を防ぎつつ、大きく移動しようとしたり、あらぬ方向へと溶解液を飛ばしたときに発砲して完全に動きを制限させることに終始して時間がすぎていった。

「状況開始してから今何分くらいだ」

「5分程度、あまり時間経ってないよ……音楽でも流す?」

「いやいい、わかってはいたがやはりこの手の作戦はきついな」

 まぁ楽しくもなんともないからね、早く終われーってものほど時間が長く感じるし、集中するから1分1秒が長く感じちゃうしね。

「会合の予定開催時間は1時間、基本延長するものだから2時間は見てるが……士気と体力の消耗が予想より激しいな」

 イネちゃんからはあまり見えてないけれど、たまに視界に入ってくるシールド隊の皆さんはかなり辛そうな印象を感じる。

 まぁ最前線で相手の気を引きつつ矢面に立ってるわけだから、後方指揮と援護射撃をしているイネちゃんの車両以上に消耗するよね、イネちゃんだってあの役割はちょっといやだし。

「シールド隊、交代行けるか?」

 そう思っていたところムツキお父さんが無線で聞くと。

「予定では10分交代でしたからね。交代命令が来ると思って急いで準備させてます」

「できるだけ急がせてくれ、シールド隊はどこが破られてもおかしくない疲労の仕方してるからな。俺も正直マッドスライム相手に持久戦をさせられるとは思わなかったぞ……こいつの対処法は速攻なんだが、まぁ仕方ないな」

「ムツキお父さん、やっぱこの無茶な命令って上の偉い人から?」

「そうだな、まぁ民間人ってだけでも絶対撃っちゃいけない相手なんだが、その上で自国民である可能性があるからな。異形で戻せないっていうなら致し方なしで撃つ命令もあるんだろうが、今回はヌーリエ教会側が戻せる可能性を示唆しているからな、それで殺さずにという命令になったわけだ」

 あぁ不可逆なら死亡扱いで撃退できるもんね、戻せるなら救出作戦ってことになるよなぁ、しかも生け捕りのリスクと確保し続けるリスクが高いってだけで、戻す手段自体はほぼノーリスクらしいし。

 ココロさんとヒヒノさんがミルノちゃんにやった奴の応用なんだろうけれど、魔法には戻す手段がないのかなぁ、あったらムーンラビットさんが自力で戻しまくってるんだろうけどさ。

「交代、準備できました」

「よし、タイミングが取れ次第現場の判断で交代を進めてくれ。まとめて一斉になんてのは状況的に不可能なんだから、できるところからやればいいぞ」

 ムツキお父さんが指示を出すと一斉に交代要員の人たちが真新しいシールドを持って走って行くけれど、そのタイミングを敵は狙っていたのか爆発が起きて交代要員の人たちの一部が吹き飛ばされるのが車内から見えた。

「RPG!今度のは俺たちの世界のお客さんのようだ、こっちは撃滅してもお咎めはないぞ!」

 あぁ、ムツキお父さんも鬱憤溜まってたのかな、割と過激なことを高めのテンションで叫んでる。

 ちなみにRPGって叫んではいるけど、実際にRPGでなくてもRPGなんだよね。イメージしやすいし効果も単純だから個人傾向のロケット砲はもうRPGって叫んでるだけで。文字数も少ないし緊急時だと特にRPG名義のほうが楽らしい。

「飛んできた場所はわかるか?」

「入射角から道路の反対側でしょうか、しかし……」

「不明瞭は勘弁してくれ、いくら不可思議だろうがありえないと思っても報告、相手は魔法を作戦に組み込んでるだろうから俺たちの常識で考えなくていい」

「姿が見えません!」

「なら熱源探知だ、この手の迷彩は基本熱までは消せない。それでも見つからないようならソナーを使ってくれ、最悪スモークだ。そこまでやって反応や見当たらないなら既にその場にはいないってことだ」

 ムツキお父さん、この手の魔法使いと戦ったことがあるのかな、透明化とかの魔法とかってイネちゃんですら初めてなんだけれど、探知する手段としてそんなにポンポン出てくるなんていうのはなかなかないと思うんだけど。

 小隊の人たちも対魔法戦の実戦経験はないらしいし、数少ない魔法を使う相手と戦ったことのあるムツキお父さんの指示をすぐに実行に移してる、軍隊だし上官命令を聞くのは当然なんだけれど、もうあらかじめムツキお父さんがそういう指示を出すってわかっていたレベルの動きだったから、ある程度はマニュアル化されてたりするのかな、少なくともココロさんとヒヒノさんがあっちに侵略した人たちを消し飛ばすまでの間に、あっちのその土地を守っていた人たちと戦ってデータ自体はあるんだろうし、マニュアル化してないにしても対応策は用意してると思うしね、ムツキお父さんが隊長任されてるし。

「熱源、無し。ソナー、感なし。スモーク発射します」

「スモークを撃ったら全方位探知に切り替えてくれ、だけど煙幕内部に動体がないかの確認も怠らないように……しかしマズイな、シールド隊の交代がうまくいかなかったどころか動けない奴が増えてジリ貧だな」

「ってRPG撃ち込まれたんだったらそれどころじゃないよね!?」

「見ている範囲では死亡者はいない、負傷者を増やして戦力を削ってきたんだろう」

「それ、スナイパーが使ったりする?」

「それは釣りだ、まぁ理由としては似たようなものなんだが敵軍の戦力を短期間で削るには殺すよりも負傷者を増やしたほうが効率的だからな、今回はそれをやられたわけだ」

「戦力としてはどのくらい削られたの」

「ぱっと見た限りでは半減だな、割ときつい、が……ヌーリエ教会が全体的にお人好しだってのを忘れていたな」

 ムツキお父さん突然なにを言い出したのかと思い、異世界対策庁の入口のほうに視線を移すとそこにはタケルさんが立っていた。

「まったく、これほど騒がしくてはまともに話し合いなどできないではないですか。クシナダ、負傷者の方々の治療をお願いします、私はあの異形の封印を行いますので」

 それだけ言うとタケルさんはマッドスライムのほうへ歩きだし、クシナダさんは懐から稲穂を取り出して負傷者の方へとゆっくりと歩き始めた。

 護衛対象がドンパチ中の場所に能動的に出てこられると色々面倒なことになりそうなんですけどー!というかココロさんとヒヒノさんは今どこにいるんですかー!

 というイネちゃんの心の叫びはもちろん誰にも聞こえることはないのだけれど、事態はすぐに動き出す。

「要人が前線に来られると……現場が混乱するっての!」

 ムツキお父さんがそんな愚痴を漏らしつつも援護射撃……って出てきた2人を狙ってさっきRPGを撃ってきたと思われる人がARを構えてクシナダさんに向かっているのが見えて、今ムツキお父さんが撃ったキャリバーが当たって……うわ、ちょっとグロ……。

 流石に軍隊の、しかも今回みたいなケースは特殊任務だろうから装備もいいものだと思うんだけど、流石にキャリバーとかの直撃受ければまぁ、ミンチだよね、うん。

 まぁライフル構えながらクシナダさんに向かって、こっちを牽制もせずに無防備に走ってたほうが悪いからね、ミンチも致し方なし。

「あらあら、どうやら私がうっかりしていたようですね、すみません」

 そしてそれを見たクシナダさんはまるで忘れ物をしてしまったおっとりした女性という態度でまったく動じていない。まぁ最高指導者の妻って立場だし肝はかなり座ってるとは思うし、あっちの世界ならゴブリンとかのほうがえげつないことになることもあるから、耐性自体はあったのかな。

「それでは簡易的で申し訳ないですけど、治しますね」

 自分が攻撃されそうになったことはあまり気にしていないようで、稲穂を空に向かって掲げて、踊るように回るとクシナダさんの周囲にいた怪我人の傷がみるみるうちに小さくなって……って全快はしないらしく、そこかしこに小さい傷がイネちゃんのいる車両内部からでも確認できた。

「それでは戦いのほうは任せましたよ、ココロ。タケル様のお仕事をお助けしてあげてください」

「承知しております母様!」

 既にアクティベート済みなのか、やたらと豪華な着物にココロさんの周囲に何本もの棒が浮いて追従している。

 いやぁ漫画とかゲームならあぁいうの見たことあるけど、実際に目の当たりにすると割とシュールなんだなぁ、手品とかを見ている感覚。

「姿を消し、転送移動していようが今の私には無意味です……よ!」

 そんな感覚だったイネちゃん……と他の自衛隊の人たちを余所にココロさんが気合を入れた感じに叫ぶと、ココロさんを追従していた棒たちが様々な方向へと飛んでいき何かにぶつかる鈍い音と共に『ぐぇ』という短いうめき声が聞こえ、隠れていた人たちが全員かはわからないものの姿を現して倒れた。

「さて、娘が頑張ってるのに父親として不甲斐ない姿は見せられませんね」

 今度はタケルさんかと思いつつもそちらに視線を移すと、何やら詠唱っぽい感じのジェスチャーをして、気合を入れたような叫びを行った瞬間、マッドスライムの足元?になる場所からいくつかの透明な鉱物がせり上がってマッドスライムを包み込んで固まった。

「さて、戻せるかどうか……ココロ、お願いします」

 ……鉱物資源を自由に操れたりするのかな、タケルさん。もしくはもっと大きい範囲、それこそ自然の大地に存在しているものをーとか、それならヌーリエ教会のトップっていうのもなんとなくだけど納得できるし。

 イネちゃんがそんなことを考えている中、タケルさんに促されたココロさんは飛ばした棒を自分のそばに戻してから、自分の前で回転させているのが見える。

「……ねぇムツキお父さん、これ、私たち必要あったかな」

「知らん、ともかく会議を中断してこっちにきたっぽいが……あれの実証実験みたいなもんか」

「あぁ、治せるのかどうかが確実なのかで今日予定してた会合の内容が変わるんだっけ」

 治せないのなら死亡扱いってことになるだろうしね、どちらにしても大変なことにはなりそうだけど、さてどうなるかな。

 今回、結局イネちゃんは本当何もしてなかったなぁ……。

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