第121話 イネちゃんと病院へ

「よし、これでいいな。イネはAW運んでくれ」

 ムツキお父さんが到着して色々片付けをしていると、イネちゃんはわからなかったこの対物銃の種類をムツキお父さんは知っていた。

 どうにもイギリスで開発されたものらしいんだけれど、どの型番にも当たらない。だけどベースはAWシリーズだろうっていうことで、元々は解体せずにも携行性が高い銃ということだった。

「まぁどこかの特殊部隊なのは間違いないだろ、既製品を専用に改造するなんざ軍隊では珍しくもないしな。最初の襲撃で終わればこいつも掃除をしない清掃員で終わったろうになぁ」

 ムツキお父さんが痛そうな顔をする。

 いやまぁ股間を強打だからわからなくもないけど、アレって生物学的には内蔵らしいし、内蔵を直接強打されればそりゃ痛いどころの騒ぎじゃないもんね。

 女の子だって股間強打は急所になるくらいだし、男の人はよりダメージが大きくなる弱点ってことだからこその強打だったけど……改めて落ち着いて考えるとひどいことしちゃったかな、この人だって命令だからやってただけだろうし。

「とりあえず病院の状況は少々厳しいみたいだから急ぐぞ、今ならまだ挟み撃ちの形にできる」

 ムツキお父さんはいつも人を運んでいるのだろうかと思わせられる手際で軽い足取りで障害物を避けながら階段のほうへと向かう、直通のほうじゃないんだ、まぁイネちゃんは気にしないけれど中に人がいるから驚くどころじゃないんじゃないかなと思うんだけれど、ムツキお父さんはそのへんはあまり配慮せず行くらしい。

 まぁイネちゃんの予想通りさっきの髭さんがヒィィィィって感じの悲鳴あげてたけど、最初の威勢が完全に消えてご苦労様でした!とかビルを出る前に70度のお辞儀してきたのはイネちゃんのほうが驚いたよ、うん。

「おかえり、そいつら積んだら病院に向かうでいいんだよな」

「戻ってる時間はなさそうだからな、流石に狙撃援護がなくなったとなると持久戦はできなくなる。死人が出る前に援護に入るぞ」

 あれ、ムツキお父さんこれ襲撃側の心配してる?

 いやいや多分人質に取られてるかもしれない看護師さんとか他の患者さんの心配だよね、うんきっとそうだ。

「ココロさんのほうはまだしも、ヒヒノさんのほうは手加減するタイプじゃないしできないと明言してたからな、消し炭か何も残らない可能性すらある、ほらコーイチ飛ばせ」

 あ、やっぱそっちですか。まぁ仕方ないね勇者の力を考えると小隊規模の特殊部隊とか手も足も出ないのが普通で、今回みたいに色々搦手からめてでいかないとまともに足止めすらままならないもんね。

 ん……足止め?

 そういえばなんでココロさんとヒヒノさんに対して攻撃を加えたんだろう、まともにやりあっても絶対に勝てないし、イネちゃんを連れ去る目的にしてもかなりおなざりすぎる作戦な気がする。

 最初はミルノちゃんとウルシィさんの誘拐が目的だったかもしれないけれど、その後の動きが明らかに2人を足止めするようなものだった気がする。対物で狙撃するなんて完全に勇者2人に対してのものだろうし、他に何か目的があったりするんじゃないのかな。

「イネ、到着と同時に走るぞ。エレベーターじゃなくて階段だから覚悟しろ」

 イネちゃんが思考を巡らせているとムツキお父さんに到着後の行動を指示された。

「う、うん。それはそうだろうと思ってたからいいんだけれど……」

「何か気になることがあるなら言っとけ」

「なんというか、小規模の襲撃のほうはミルノちゃんとウルシィさんを連れ去るのが目的だったんだろうけれど、今起きてる大規模なほう、足止めが目的なんじゃないかなって。特に対物で狙撃なんて勇者2人に対しての専属みたいなものだし」

「なる程、その可能性は確かにあるな。だが足止めをするだけの本当の目的のほうがわからない以上、今できるのは目の前のドンパチを終わらせることだけだ」

 うーん、ムツキお父さんのは確かに正論なんだけれど、こうもやっとするのがどうしても残っちゃう。

「そういえば田中さん……大規模襲撃と同時に連絡が取れなくなった」

「異世界対策庁の担当の人を狙ってどうするんだ」

「ちょうど確保した人たちをヘリに受け渡しをするって言ってたところだから、それにそのヘリってきてないよね」

「……それ、本当か?」

「少なくともこの区画にヘリは1機も居ないよね、それも報道含めて」

 ここまで大規模なものになった以上、外部のマスコミやらSNSが加熱しててもおかしくないのにこれっぽっちもそれらしいのがないんだよね、SNSのほうもちょっと確認してみたけど特に今回の件について何もなかったからね。

「そういえばそうだな、というかTVの電波は入ってるんだが緊急ニュースどころか国営放送ですら触れもしてないな、今の世の中ここまで情報をシャットアウトできる手段なんざないはずなんだが……」

「あるにはあるが、車のチューナーが生きてる……というか一般車が走れる時点でそれはないからな。となると……あっちの技術か」

 あっちの技術、つまり魔法。

「ま、今の段階だとどの道推測しかできないからな。結局のところ病室に援護しに行くしかないだろ」

 ムツキお父さんはそう言ったタイミングで車は病院の正面玄関、その送迎スペースに滑り込むようにして停車する。

「さて、病院内部は閑散。避難誘導はできている辺り完全に封殺するような効果はないのか?」

「その辺は上で勇者様に聞けばいいだろ、コーイチ、お前はどうする?」

「今回は残っていてもリスクになりそうだからな、ムツキとイネを降ろしたら一度家に戻る」

「ま、それがいいな。最悪ルースとボブに準備させておいてくれ。相手の動きが魔法を含めたものとすると予想がつかないことのほうが多くなるからな」

「了解だ、お前もイネが怪我するような立ち回りは避けろよ」

「俺の心配は無しか」

「お前は心配しなくても大丈夫だろ、ササヤさんの攻撃10秒避けれたんだから」

 え、ちょっとまってコーイチお父さん、ムツキお父さんがなんだって?

「ありゃササヤさんが手加減してくれてたからだ、最初から本気で来られたらお前らと同じ結果になったはずだぞ」

「それでもさ、あの人の手加減は手加減になってないからな」

 イネちゃんが驚いているのをスルーしてお父さんたちは会話を進める。

 いや、確かに普段賑わってる病院の総合受付前が人1人、それこそ受付の人すら居ない状態なのは避難したからだろうし、異常な状況だからムツキお父さんがササヤさんの攻撃を10秒回避したなんてことを気にしている余裕はない。正直凄く気になってちょっと集中できるか自信がないけれど。

「よし、イネ行くぞ。車に忘れ物はないな」

「あ、う、うん。装備は外してないから問題無いよ」

「集中していないとどこでポカをやらかすかわからないぞ」

 う、怒られてしまった。

 集中できてない理由はムツキお父さんなのに、ちょっと理不尽。

「……その時の話は終わって家に帰った後にしてやるから、今は集中してくれ」

 イネちゃん、表情に出ていたのかムツキお父さんが呆れながらそう言ってきた。

 そんなわかりやすかったかな、ほんの少し表情に出てた自覚はあったけど……イネちゃんはポーカーフェイスできると思ってただけにちょっと複雑な心境。

「ま、いいか。準備のほうは本当に大丈夫だよ」

「そうか、じゃあ行くぞ。コーイチ、家のほうも一応警戒体制だからな」

「襲撃犯を大量に確保しているからボブとルースなら既に警戒中だろうけどわかった、そっちも気をつけて」

 正直、お父さんたちがこれだけ年にりにお互いの確認をするのは凄く珍しい。イネちゃんがこれだけお父さんたちが確認を入れているのは、ジェシカお母さんに内緒でお高い専用機器を買おうとしていた時くらいなので、かなり重大な事態であることを改めて教えてくれる。

 今のところの流れは駅での狙撃戦を除けばそれほどイネちゃんは苦労していないので思考のどこかで大したことがないという考えが残っていたための今の流れだし、最悪ヘッショを含めた急所撃ちも覚悟しておかないとね。……狙撃手さんは既にヘッショしちゃってるけど改めて、ね。

 そんなことを考えながら先行しているムツキお父さんについて階段を駆け上がるけれど、銃声はスマホで連絡をとっていた時と比べて減っている感じがする。

 その上で階段を駆け上がる間にチラチラ見えるそれぞれの階にも人が居ない辺りよくこれだけ避難できたのかと思いつつ、別の思考も入る。

「ねぇムツキお父さん、ちょっとこのあたりの階、少し様子見てもいいかな」

「……最悪の可能性があるからやめたほうがいいぞ」

 どうやらムツキお父さんもそう思っていたらしく、イネちゃんに対してやめたほうがいいと言ってきた。

 1階ならまだしも、ここは現場の2階下だし重病患者さんがいた場合いくらなんでも避難は早すぎる。

 最悪の可能性は確かにイネちゃんとしても覚悟済みだけれど、それと同時に別の可能性もちょっとイネちゃんの頭の中をよぎったからこそ、少し確認したいのだ。

「うん、それでもちょっと気になって」

「仕方ない、じゃあさっさと確認するぞ」

 ムツキお父さんは表情を変えずにイネちゃんのわがままを受け入れてくれた。ありがとうねムツキお父さん。

 でも確かに、別の意味でムツキお父さんのほうが正しかったかもしれないとイネちゃんが感じたのはナースステーションと近くの病室を調べてすぐのことだった。

「……避難にしちゃ全てがそのままだな、ストレッチャーすらそのままで機械は動いている、心電図は全部信号停止してるが……」

 ムツキお父さんも想定とは違った結果に少し困惑している感じで病室の1つを開ける。

 病室にはナースステーション同様に誰もおらず、病室内に備え付けられているTVの電源もついたままで、患者さんだけが突然いなくなったって感じになっている。

「これは考えているよりもやばいことが起きてるのかもな、少なくとも今上で引き金を引いている連中はこれを理解してやってるんかね」

 ムツキお父さんのその言葉には、イネちゃんでもわかるほどの怒りの色が込められていた。

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