第98話 イネちゃんと被害発生

「ふーん、ちょっと頬がやつれて……悪そうな顔だね!」

「ヒヒノ、その『悪そうな』にはどのくらいのものが含まれていますか」

「見た目で損してるのと、不健康そう、後いろいろ良くないこと考えてそう!」

「最初のは私も思いますが……イネさん、この顔で間違いないのですね」

「うん、何度も記憶を呼び起こして確認したから……」

 映像で錬金術師を確認したイネちゃんたちは、慌てて視察中のムーンラビットさん……というよりは田中さんに連絡を入れた。

 すぐに皆が戻ってきて、今皆がイネちゃんに詰め寄る形で、一時停止した映像をプリントアウトした1枚の紙をイネちゃんの顔と交互に見ている。

「まぁまぁ、主観記憶以外にも今私がイネちゃんの深層部分……にいるのにも確認取ったけど、確実っぽいな。無意識下にあるところで一致する顔があったかんな、一応その記憶と同時期のもすりあわせた上だから、まぁこれでええと思うんよ」

 ムーンラビットさんの読心能力って便利だなぁ……許可取らずにやるのは今後ちょっと控えて欲しいけれど、イーアが許可したっぽいし、イネちゃんのためっぽいから今回は許す。

「ムーンラビット様がそういうな……許可取らずに無意識を覗いたのですか?」

「あぁいや、厳密にはイネちゃんだけどイネちゃんとはちょっと違う、でもやっぱりイネちゃんって呼ぶべき深層心理さんに許可をもらったんよ?」

 本当ですか?って感じにココロさんがイネちゃんを見てきたので素直に頷く。でも本当に許可出したんだよね、イーア。

『んー、まぁ出したかな。あれだけだと信憑性に問題ありそうだったから』

 よし、確認とれた!

「まぁいいです。ともあれこの顔ですね」

「ピンときたら即確保!でいいかな?」

「いえ、戦力的にそれをやって問題が発生しないのはムーンラビット様だけでしょう。私とヒヒノは負けることはないですが、マッドスライムをばらまかれた場合民間人を完全に守りきれるのか不安が残ります。こちらの世界の人口はとても多いのですからね」

 そっかーって顔をしてからヒヒノさんが考えるような顔になって考え始めた。

 そういえばヒヒノさんって力の使い方、精密動作するにはココロさんと一緒じゃないとダメなんだっけか。

 対軍だとヒヒノさん単独でもよさそうだけれど、防衛戦とかになると途端に動きにくくなっちゃうタイプなんだなぁ……ココロさんとセットなら割と敵なしになるっぽいけれど、今回は捜索と捕獲だから厳しいよね。

「実際のところ、錬金術師が自分の体をマッドスライム化しないとも限らないしな。ちなみに根拠はヴェルニア包囲してた奴らにそういうのが居たんよ、これはあんたらに情報行ってなかったと思うから、注意するんよ」

 あぁそういえば腕だけ変化させてた人いたっけ……アレって将軍さんだったっけか、イネちゃんもう忘れてるなぁ、その後すぐ気を失ったのもあるんだけれど。

「有無を言わさず気絶……は流石にこっちの世界基準を考えてもやりすぎと言われそうですね」

「流石にそこはな、武器なしでもココロならできるやろうが、それ以外が難しすぎるんよ。……難しいよな?」

 ムーンラビットさんがイネちゃんの顔を見ながら疑問形を投げかけてくる。

「マッドスライムを素手でっていうのは無理だよ、そうでないなら組み敷けるとは思うけれど……」

 正直将軍さんとのドンパチのときは不意をつかれた形ではあったけれど、捕獲ってなるとこっちからの奇襲だったとして考えても相手に考える時間とかを与えることになるんだよなぁ、魔法だって術式っていう数式みたいなのを使うものだから最悪詠唱自体は無くてもいいってキャリーさんのお屋敷にあった本で読んだし……。

 イネちゃんがそんなことを考えているとココロさんも。

「いや確かにできなくはないですが、あれを完全にいなしたり完全に押し切るには武器が欲しいですよ。師匠じゃぁないんですから」

 あぁやっぱり無理……ササヤさんはまぁ、うん。できちゃうんだろうね。

「組み敷いたりとかは難しいんか……となるとまともに拘束できるのは私だけになるなぁ、というより無力化ってだけなら2人とも問題ないん?」

「それならまぁ多少危険が伴いますができますね」

「イネちゃんも装備次第かな、ムーンラビットさんたちを待ってる間この車両に積まれているのを確認したけど、アレがあればかなり簡単にできそう」

 待っている間車両の中をちょっと調べてみたらテーザー銃があったんだよね、あれなら無力化って点なら最適だし、使えたら使わせてもらいたい。

「装備ってどんなん?」

「うん、テーザー銃って言うんだけれど電極を飛ばして肌に刺す形でホールド、電流を流すって武器なんだけれど」

「聞くだけだとえげつないな、まぁこの状況でイネ嬢ちゃんが挙げるってことは非殺傷武器なんやろうけども」

 えげつないって……いやまぁ確かに体内に直接電撃をって言い方ならそうもなるか。実際は遠隔スタンガン程度なんだけれど……まぁスタンガンも出力次第では服の上からでも感電死させられるんだけどさ。

「そうですね、警察に連絡してテーザー銃の借用をさせてもらいましょう」

 え、できるの。イネちゃんてっきりできないものと思って願望感覚で言ってたんだけど。

「幸い異世界対策庁の権限は、特定事案の際には警察組織の協力を優先的に得られるのと同時に装備の借用に関しても融通がききますので任せてください」

 田中さん……割と強権な気がするけれど、マッドスライムのことを考えるとある程度は致し方ないのかな。

 あれ、でもマッドスライムの出現に関してはごく最近で情報としてはあまりこっちの世界では浸透してなさそうなんだけれども……。

「対魔法用の決め事やねぇ、魔法の最大威力はこっちの世界でも十二分以上の力を発揮するっていうんで、そのへんを専門にしている部署が指揮したほうが早いし対応力が高くなるってところじゃないかね、私の勝手な想像ではあるが」

「……そのとおりなのですがムーンラビット様、思考をお読まれになりましたか?」

「いや決め事のほうを知ってはいたかんな、あくまで私の予測なんよー」

 まぁ、ムーンラビットさんならどっちでもなんとなくわかるかな、思考を読んでいても読んでいなくても、大抵のことは把握して相手の先を行ってそうだからなぁ。

「ともあれ今警察庁のほうに許可をもらいますね、まだ確定事項ではないので少しもたつくとは思いますが……」

 と田中さんが自分のスマホで連絡しようとしたところで車に備え付けられている無線から緊急が伝えられる。

『緊急、緊急、異世界ゲート商店街付近にて溶解性の不定形生物の目撃したとの通報が多数、詳細な目撃情報もあることから事態は緊急を要する。各員武装の上現場に急行されたし』

 溶解性の不定形生物……明らかにマッドスライムだこれー!

「どうやら許可を取るまでも無い状況っぽいねぇ」

「そのようです。あれに対応できる方はこれを……これもここにあった通信子機ですので、ここから指示を出します」

 田中さんはそう言いながら通信機をムーンラビットさん、ココロさん、そしてイネちゃんに渡してくる。いやイネちゃんの対処って銃で対応するんだけどいいんですかね。

「相手がまだ詳細は上がってきてはいないもののマッドスライムというものであるのなら異世界対策庁の管轄となります、発砲も許可いたしますのでどうか犠牲者が出ないうちに対処のほど宜しくお願いいたします」

「ほい、んじゃ行きましょっかねぇ」

「ヒヒノ、行きますよ」

 皆対応っていうか順応速すぎませんかね。

「ほら、イネ嬢ちゃんも。この指揮所はまぁ平気だと思うんよ。なぁお父さんや」

「俺は貴女のお父さんではない、イネのお父さんだ!」

 コーイチお父さん、そういう言い方やめて。

「コーイチお父さん、そういう言い方やめて」

 あ、心の声がそのまま声に出ちゃった。

「イネぇ……」

 コーイチお父さんが泣きそうな声を出す。

 ちょっと見苦しいけれどちょっとかわいい。

「でもまぁコーイチお父さん、田中さんがいるんだったら許可もらってお父さんたちをここに集めておいて。イネちゃんはちょっと行ってくるから」

 そう言ってイネちゃんは車両で充電器に刺さっていたテーザー銃を右足のホルスターに入れてP90を抜いてからムーンラビットさんたちを追う形でバスから躍り出る。

「イネ!」

 コーイチお父さんの呼び止める声に振り返る。

「気をつけて」

 真顔で言ったコーイチお父さんに向かって、私は。

「うん、大丈夫。イネちゃんもイーアも頑張るから」

 頭の中で戦闘モードに切り替えてから再び走り始めた。

 実のところお父さんたちに助けられてこっちの世界に住むようになった頃は、まだイネちゃんとイーアで入れ替わりいたずらとかしていたので、お父さんたちやステフお姉ちゃんイーアのことも把握しているんだよね。

「とりあえずここから分散しますか、田中さんの誘導があれば必要は無いのですが……」

 ココロさんが立ち止まってそう言うと、通信機から田中さんの声が聞こえてくる。

『すみません……今商店街の商工会と連携して監視カメラの映像をリアルタイムで確認できるように動いてはいるのですが、もう少し時間がかかりそうなので皆さんは散開してください……ですが勇者の御二方は直接マッドスライムと思わしき生物の目撃報告のあった地点に向かってください』

「被害が出そうなのですか」

『実際のところ、既に被害が出てるの。幸い人的なものはまだ無いのだけれど、動物のほうに被害が出ていると警察無線から入ってきている……実際のところいつ人的被害が出てもおかしくはないの』

「それなら仕方ないね、ココロおねぇちゃん急ごう」

「ですねヒヒノ、ではムーンラビット様、イネさん、錬金術師の捜索に関してはお任せいたします」

 それだけ言ってココロさんとヒヒノさんはまっすぐ商店街の中心部に向かって走っていった。

「さて、イネ嬢ちゃんはそっち頼むんよ。また後でなー」

 2人を見送ってすぐにムーンラビットさんがそう言って路地へと入っていった。

 となるとイネちゃんは残ったもう1つの路地へと駆け出した……皆対応というか行動が速すぎだよぉ。

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