第97話 イネちゃんと視察と捜索

「連絡を入れましたが倉庫での事後処理の際に銃撃戦が発生したらしく、その……」

「増援は見込めないんか、まぁ仕方ないわな。黒服はそっち、錬金術師は私らとそれぞれが自分たちの世界の奴を相手にする形になっただけやしな」

「でもこっちの世界での捜索で、魔力探知ができないとなると……科学文明の利器を使うのがよくないかな、そうなるとこっちの世界でそれを運用できる人がいないといけないことになるから……」

 田中さんとムーンラビットさんの神妙って感じの表情と会話にイネちゃんも混ざる。実際顔を把握しているのはイネちゃんだけなわけだし、この件に関してはイネちゃんが中心になってやらないといけないかもだしね。

 ってイネちゃんが中心……?

「そこはほら、イネ嬢ちゃんがいるじゃろ?」

 ですよねー。

「イネちゃんだってそこまで専門的なことはできないよ。できるのはせいぜい監視カメラとかで顔を確認したりとかそれくらいだよ」

「それでええんよ、まぁその専門的ってのがどのくらいのレベルまでなのかが私たちには分からへんけど」

「イネちゃんだってそのへんの訓練は流石に受けてないからね、基本的にあっちの世界で生きていくのに必要なこっちの世界での技術をお父さんたち仕込まれたわけだから」

 正直イネちゃんとしてはこっちの世界で追跡とかすることになるんだったら、お父さんたちに教えておいて欲しかったなぁとは思うんだけれどね。ムツキお父さんなら案外この辺詳しそうだし。

 あぁでも非戦闘分野だからコーイチお父さんの担当なのかも。

「でもまぁ顔さえわかれば今の面子なら余裕っしょ、そっちのほうで頼むわー」

「まぁうん、流れと対象的にイネちゃんが中心になりそうとは思ったしいいけどね。でもなるべくなら誰か手伝ってもらいたいんだけれど……確実に膨大な映像を見ることになるだろうからさ」

「いやでも私ら錬金術師の顔知らんし」

 シット!

 正論で返された!イネちゃんしか知らないもんね、当然そう返ってくるよね!

「でもイネちゃん1人だけってかわいそうだしなぁ、私は美味しいもの食べれればいいからイネちゃんと一緒にいるよ」

 ヒヒノさん天使。

「ならば視察と捜索、二手に分けましょう。私はムーンラビット様と一緒に回りますので、ヒヒノはイネさんをお手伝いして錬金術師の顔を覚えてください。日本の担当の方はこちらで……モヒカンの人はイネさんの方をお願いします」

 ココロさんはココロさんで人の配分をささっと提案していらっしゃる。

 勇者様は頼れるなぁこれで戦闘特化の辺り不思議に思えてくる。まぁ交渉事は相手の思考が全部把握できるムーンラビットさんがいるし、事務仕事も片手間になるココロさんたちよりも専門な人がいるだろうからねぇ、ヌーリエ教会所属だし。

「ま、戦力的にもそれが妥当かね。マッドスライムの対処も含めて考えないとあかんのに一発かぁ、昔と比べたらちゃんと周り見えてて偉い偉い」

「ムーンラビット様、からかうのはやめてください……」

 あ、昔は猪突だったとかかな。

 ともあれこれで直近のやることは決まったね、ヴェルニアに戻るのは遅れそうだけれど、反乱軍を扇動した人の尻尾が掴めそうだもん、ここはキャリーさんたちを信じるしかない。

 イネちゃんが冒険を初めて人の意思が根底にある事件には必ずと言っていいほどマッドスライムがいたからね、あの錬金術師さんはそこの重要参考人だから、確保できればそれだけキャリーさんたちを助けることに繋がるもんね、頑張らないと。

「それでは警察を通して商店街と周辺の監視カメラの映像を送ってもらいましょう、交渉は政府経由になるので直ぐに始められると思います」

 田中さんもスマホでどこかに連絡を取りながら笑顔で言う。

 うわぁい、そのデータどこに来るのかイネちゃんちょっと楽しみ。

 メーカー既製品だと映像データって大きいから無理だと思っちゃうよね、本当どこで確認することになるのかイネちゃんわくわくしてきちゃったぞ……冷や汗も出てきてるけれど。

「とりあえず異世界対策課の本部に集積しますので、そこからデータなりPCなりで担当が持ってくることになると思いますので、車両で待機して頂いてもよろしいでしょうか」

「え、私の美味しいものは!」

「ヒヒノ、とりあえず先ほどイネさんが受け取っていたころっけというものをいただいていてください。イネさんも申し訳ありませんが……」

「あ、うん。コロッケなら別にいいけど。今すぐでもないし買い物だけはしておこうと思ってるよ」

「……それもそうですね、では飲食物を先に購入してから行動開始ということで、ムーンラビット様もそれでよろしいですよね」

「うん、というかそういう買い物周りも視察内容やからむしろベストっていうか適切すぎて言うことないんよー」

 という流れでイネちゃんたちはコーイチお父さんにも連絡を入れてから、お肉屋さんのコロッケやメンチカツ、スーパーで飲み物を多めに買い込んでから倉庫からここまで乗ってきた車両に乗り込んだ。

「ところでムーンラビット様、経済活動の末端の視察はできたわけですが……」

「あぁ続けるんよ、お買い物のシステム、貨幣精度に関してはこっちもあっちも根底は変わらないことがわかっただけやからなぁ、そのへんは既に知っていた範疇だしやっぱ業種に置ける流通のほうを知りたいんよー」

 ムーンラビットさんはそう言って聞かなかったので、ココロさんと田中さんを連れて再び商店街へと向かっていった。

 実際こっちの世界の物流って自動車含めた運送だから、ムーンラビットさんが言うところの参考できる部分ってあまりない気がするんだけどね、まぁ何かあるんだろうけど。

「パンを持ってきたけど……なんで警察車両なんだ、イネ」

 と入れ違いにコーイチお父さんが入ってきたと同時って感じにノートPCと外付けの記憶媒体をいくつか持ってきた職員さんがあれやこれやでセッティングだけして、機材の回収は田中さんに言ってくださいってだけ言って戻っていった。

「……今から何が始まるんだイネ」

 コーイチお父さんがとある映画のような口調で聞いてきた。

「大惨事……いやまぁあっちで起きた事件の重要参考人が商店街に居たかもしれないから、今からちょっとね……」

 割と目の前の機材状況は大惨事って言っていいけれど、冗談を飛ばす余裕は量を認識するたびになくなってきた。

 これ、どれくらいかかるんだろう……PCが3、記憶媒体が4つくらいで円盤が10枚くらい。本当に洒落にならないよね、これ。

 少なくともイネちゃんは全部に目を通さないといけないわけだし、気が遠くなってくる。

「これ、どうやって使うのー」

 気が遠くなりそうなイネちゃんを現実に呼び戻したのは、キラキラした目で機材を見るヒヒノさんの声だった。

 ヒヒノさんはPCの前で体をフリフリして触ることなくイネちゃんを待っていた、やだヒヒノさん可愛い。

「うん、いろいろできることはあるけれど……今は動画を見るだけだからね、それも面白くないだろう動画を」

「動画?絵が動くのかぁ、原理とかわからないけどそういう技術もあるんだね。ムンラビおばあちゃんもそういうの持ち帰ればいいのに」

 うーん、動画周りだと撮影とか記録保存とかで電力使うからなぁ。

 ゲート周辺や開拓町は電磁波が出ないようにした風力や、低出力の太陽光で賄ってるし、バッテリーは問題ないらしいからなんとかなりそうだけれど、あっちの世界だと電線の関係で結局無理そうなんだよねー。

「とりあえず早く見よっ!」

 あぁもういちいち可愛いなぁこの20歳。

「そっちで見ている間、俺はこっちでセットアップしといてやるからな。まったくOSセットアップすらしてないPC持ってきて何がしたいんだか……」

 コーイチお父さんの愚痴を背中で聞きながら、イネちゃんはかなり顔が近いヒヒノさんと共にまずは商店街メインストリートの録画映像を再生する。

「おぉ、確かに動いてる動いてる」

 ヒヒノさんの感嘆の声を受け流しつつ、イネちゃんは動画内容に集中する。

 動画の日時は最新……さっきの人垣ができたところから再生する。

 錬金術師が居たのは、イネちゃんの勘違いでなければそのタイミングが確実だから、ここで発見して顔を皆に知らせることができればそれだけで今後のイネちゃんの作業は激減するからね!

 同時にコーイチお父さんの今やってるセットアップ作業も無駄じゃなくなる。見つけられなかったらずっとイネちゃんが単独でってなりそうだし、PC1個で十分になっちゃうからね。

「おぉームンラビおばあちゃんにココロおねぇちゃん……となるとこれ私か、うわぁ髪の毛微妙に荒れてる……って髪の毛までしっかり映ってるんだねぇ、凄いなぁ」

 監視カメラの位置的に俯瞰の映像しかないけれど、イネちゃんたちの表情ははっきりと判別できるほど高解像度の映像で助かるのだけれど……。

「うーん、この角度だと錬金術師の顔が確認できないかも」

「回転できないの?こうぐるーって」

「別の監視カメラで死角を無くすようにするから、1つのカメラだと定点から広くて180度の範囲しか見ることできないよ。一応技術としてはなくはないけど……それはそれで飛んでなかったからなぁ」

 ドローン空撮でもヒヒノさんの言ったような撮影をしているかもしれない。程度だからね、ここは別のカメラの映像で補完せざるを得ない。

「そっかぁ、じゃあどうするの」

「他のカメラの映像に切り替えれば……」

 イネちゃんが操作をして映像を切り替えるたびにヒヒノさんはおぉーって声を上げる。なんだか大したことしていないのにすごいことした感覚になってくる……ヒヒノさんそろそろ感嘆の声を控えてくれないかなー……。

「あ、ここ、イネちゃんが急に慌てたところだ」

「え、あっとちょっと見てなかった」

 映像を少し戻すとヒヒノさんはまた驚きの声を上げたけれど、今は画面に集中。

 正直なところイネちゃんとしては勘違いだったって流れのほうが嬉しいんだよね、こっちの世界でマッドスライムなんて出たら人口密度の関係で阿鼻叫喚っていうのが優しいレベルの被害が想像できちゃうから。

 あっちの世界とは違って逃げるにしても戦うにしても難しいからね、特に戦うっていうのはそもそも武器がないし、格闘術は基本的に無効化されるからね、ササヤさんレベルだともう何でもアリでふっとばすけどさ、こっちの世界にはあのレベルの人は皆無なんだからこそ、勘違いであって……欲しかったなぁ。

 勘違いを願ったイネちゃんの思いとは裏腹に、モニターで一時停止された高解像度な映像に、ヴェルニアのお屋敷地下で逃がしてしまった、あの顔を発見してしまったのであった。

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