第95話 イネちゃんと勇者様見参

「貴女方が異界の勇者様ですか……私は初めてお会いしましたがなるほど、上が最大限の警戒をしろという命令を出すのも当然な強さですね」

 明らかにおかしい強さを目の当たりにしたのに、先ほどとまるで変わらない声のトーンで初老の黒服さんが映画とかで悪役さんがやるような拍手をしながらそんなことを言い出した。

 むしろ逃げ出さないのは凄いと思う、戦闘を行わない人だってあの流れは逃げ出しても不思議じゃないのに。

「貴方がこの方々の指揮官でしょうか」

「いえ、彼らはあくまで交渉役である私の護衛役ですよ。少々血の気が多すぎる連中でしたので私はいらないと言ったのですが、私の上司は心配性でしてね」

「それにしては殺傷力の高い武装だったようですね、爆発物を扱うのが護衛というのはいささか無理がありませんか」

「そうですね、そこは上司に伝えておきましょう。ですが勇者様、今日私が交渉を行うのはムーンラビット様であって貴女ではありません、そのムーンラビット様はもうおかえりになられるようですし、この際護衛として一緒に帰ってはいかがでしょう」

「……まぁいいでしょう、交渉人を斬るという行為は宣戦布告と同意義ですしここは引かせてもらいましょう」

 初老の黒服さんとココロさんがじっとにらみ合ったところで。

「んじゃ帰ろっか。とりあえず今日の分は全部貸しなー」

「あ、もう帰るんだ。じゃあねおじいちゃん」

 ヒヒノさんはなんかずれてるなぁ。

 ともかくイネちゃんは周囲警戒しつつムーンラビットさんと並ぶようにして倉庫の外に歩き始める。

「ま、こっちはもう攻撃されてるんだけどねー。今はそれよりも重要なことがあるってだけで。イネちゃんが無事なら問題ないわけだしね」

「いやヒヒノさんいきなり何を言ってるのかな」

 攻撃……はどっかの軍があっちに侵略しようとした件と、今の件で心当たりがあるんだけれど、それよりも重要なことってなんでしょうかねぇ、イネちゃんの命だったらちょっと嬉しいけど。

「それは帰ってからねー。とりあえずは無事に帰る!それが目的!」

「うん、至極まっとうな返答だけどなんかしっくりしない」

「ま、いいからいいから。お迎えも来てるっぽいからね」

「大丈夫かイネちゃんにムーンラビットさん!」

 ヒヒノさんのお迎えという単語が出てきた辺りでティラーさんが倉庫に乗り込んできた。警察特殊部隊っぽい防具を身にまとって斧を構えるその姿は、割と危ない人だよティラーさん。

「ほい、モヒカン坊帰るんよ。もう用事は終わったかんな……後そこの一番偉そうなのはちゃんと帰してあげてな、帰さないと面倒になりそうやし。まぁ他は知らんが」

 と言って振り返るも、既に初老の黒服さんはそこには居なかった。逃げ足早いなぁ、まぁイネちゃんたちをここに連れて来た黒服さんも同じ感じにいない辺りティラーさんたちが迫っていることを把握していたのかね。

「流石に私やこの子らと違って物理法則に従ってるから、ちゃんと逃がしてやってよーって意味よイネ嬢ちゃん」

 物理法則に従ってるっていう単語が凄い。

「大丈夫……ではなかったですね、申し訳ございません他国による略取を許してしまうとは恥ずかしい限りです」

 ティラーさんに続いて田中さんが入ってくると、後続として装備を整えた警官隊が倉庫に突入してきた。

 これだけ準備を整えて倉庫に突入してくるってことはムーンラビットさんかイネちゃんに発信機でもついてたのかな。

「いやええんよ、私のほうも把握して置きながらイネ嬢ちゃんを巻き込んじゃったしねぇ、それとこの子らは……まぁわかってるよな」

「勇者のココロ様とヒヒノ様でしたか、こちらに来ていることは把握しておりましたが担当部署が違うため私のほうではどこにおられるかまではわからなかったのですが何故ここに」

「私が呼んだ。そろそろ情報共有もしたかったからねぇ、ついでに確実に歩いて帰れるための追加の護衛な。イネ嬢ちゃんだと走ることになったろうから」

 イネちゃんだけでもちゃんと帰れるって自信があったのか。

 いやまぁムーンラビットさんは巻き込んだってこれでもかってくらい言ってるから、想定外ではあったんだろうけれど……でも流石にRPGを撃ち込まれたらイネちゃん対応難しいんですよ?実際対処できてなかったわけだし。

 あぁ本当イネちゃんの実力って全然足りてないんだなぁ、でもどういう精進すれば皆の役に立てるんだろう……正直なところチートな皆さんと比べたら何もできないのと同義で途方にくれるんだよね。

「そうですか、それでは現場は彼らに任せて……と言いたいところですが、よもや人数が増えているとは思わなかったので適切な車両が……」

 うん、お話しながら外に出て見えたのが普通乗用車だからなんとなく田中さんの言葉はわかる。

 田中さんにティラーさん、ムーンラビットさんにイネちゃんなら4人で乗れるけれど、ココロさんとヒヒノさんがいるとちょっと普通乗用車だときついもんねぇ。

「運転席の隣をモヒカン坊で、後ろに私らでええんちゃうん。私とイネ嬢ちゃんは小柄だし、ヒヒノも比較的小柄なほうやしな」

「い、いえ……賓客に窮屈な思いをさせるわけには」

「その本人がそれで問題無いって言ってるわけよ、むしろ余分に用意するのは時間もかかるし他にしわ寄せがいくやろうからこっちが気を遣うんよ?」

 ムーンラビットが不思議そうに田中さんにそう返すと、田中さんも困った感じになる。正直なところどっちでもいいというか、チートな人が誰か社外で走っても問題無いのではないかという思いのほうが強い。

 いやだってココロさん辺りは競歩でも乗用車に勝てるよね、多分。あのササヤさんの弟子をやれるわけなんだから、あの上半身が一切揺れない走りもできるんじゃないかなって思えてしまうのだ。

 まぁだからと言ってココロさんに走ってって言うわけにもいかないのも確かだから、こうして微妙な空気になってるわけだけれどね。

「我々の人員輸送車を使っていただいてもらって構いませんよ、早く賓客の方々をお連れしてください」

 と田中さんとムーンラビットさんがどっちも譲らない会話をしているところに、警察の隊長さんっぽい人が苦笑しながらそう提案してくれた。

「ですが、よろしいのですか?」

「既に無力化されていた武装勢力が相当人数いましたからね、護送車の応援を要請したついでに人員輸送車も頼みましたから、お気になさらないでください」

 これは完全にやり取り聞かれてたね、隊長っぽい人に気を使われちゃった感じ。

「そ、それではお言葉に甘えさせてもらいます。では皆さん、彼らの乗ってきた人員輸送車に乗り込んでください」

 と促された方向には、明らかに大型な車両……というかバスって呼ぶのが一番しっくりくる大きさの車が駐車されていた。

「ま、でかくて頑丈そうやしええんでない。ゆっくりとお話できそうやし」

 ムーンラビットさんが関心しながらためらわずに乗り込むのを見てイネちゃんたちも乗り込むと、バスはバスなんだけれど、ミーティングができるスペースが車内に用意されていて、結構内部構造に違いが見受けられていた。こういうのって特注で作るのかな、高そう。

 そして皆が特に示し合わせたわけでもないのだけれども、そのミーティングができるスペースに集まって座った。

「それでは発進させます……えっと、大型車両ってこれでよかったよね、免許はあるけれど取ったのかなり昔で更新だけだったからなぁ……あ、安心してくださいね、免許更新はしっかり実技も行っていますので」

 うん、安心できない。

 せめて声に出さずにできなかったのかなぁ……。

 ちなみにイネちゃんは普通車と一部特殊車両は免許はないけど動かせるよ、ボブお父さんがHAHAHAって笑いながら基地の偉い人の肩に腕を回して許可とって練習させてもらったから。

 あれってかなりグレーっていうか危ないよね、まぁ私有地内……どころか基地だったから無免許でも問題ないし、習熟する分にはそれでいいんだけれど……軍の敷地でやるものじゃないよね、普通。

「ともあれようやく一息つけるな、んじゃあんたらの掴んだ情報を教えてなー」

 もうかなりくつろぎ始めたムーンラビットさんがココロさんに向かって聞く。

「報告書ではダメでしょうか、結構説明が面倒な部分もあるのですが……」

「噛み砕いた感じでええんよ、ニュアンスが伝わればおーけー」

「はぁ、ではまず私たちがこっちの世界に来た理由は問題ないですかね」

「イネ嬢ちゃんとか無関係じゃないのに知らないのもいるからそこからなー」

「え、イネちゃん関係あるの!?」

「マッドスライム周りからやからな、あの時の錬金術師だから関係あるやろ」

「あ、なるほど……」

 確かに錬金術師を目撃したのってイネちゃんとミルノちゃんとジャクリーンさんの3人だけなんだよなぁ。

「そうでしたね、ではマッドスライムを生み出した錬金術師の足跡を追い、大陸中を駆け巡っていた私とヒヒノは、まだ教会が発見していなかったゲートの1つにたどり着きました、既に大陸で得られる情報はあまり無い……というかオーサ領で反乱が発生してしまい、思うように情報の入手ができなくなったため、いっそのこと大陸での最後の足跡であったゲートを使うことにしたのです」

「それで、そのゲートってどこに出たの」

「樹海……と呼ぶに相応しい原生林の只中でした。ともかく教会に連絡をし、地理的位置を確認したところ近年爆発的な噴火を起こした山の普段人が立ち入らない区域であることがわかりましたので、こちら側の政治中枢の担当の方に連絡を入れ、こちらで身動きできる手続きをした後に追跡調査を再開したのですが……」

「始めてから1日でムンラビおばあちゃんに呼ばれちゃったんだよねー」

 おばあちゃん!いや確かにムーンラビットさんは最高齢だけどおばあちゃんって呼んじゃっても大丈夫なの!?

「んー間が悪かったか。まぁあちらさんの動きが早かったってところやねぇ。こっちはそこの運転中の人見りゃわかると思うけれど、会談に視察な」

 内容がないよう……って心の中でそんなダジャレを呟いている場合じゃない、ともかく補足しなきゃ。

「オーサ領反乱が大きくなって、シードさんがヴェルニアに逃げてきてね、無理だろうけれどこっちの世界に軍の派遣をお願いしに来たんだよ。元々この国って軍じゃなく自衛隊だから無理なのは当然なんだけれどね」

 逆に言えば民間人保護の人道目的ならワンチャンお願いできなくはないってことなんだけれど、ムーンラビットさんがどういう要望提案したのかイネちゃんわからないからなぁ。

「つまり、お互いそれほど情報は無いということですね」

「そういうことやな、ともあれさっきの黒服連中の身元を割れば何かしら情報は入るじゃろ。例えば……魔法を使える客人の居場所とかな」

 ムーンラビットさんが、情報がないという嘘をついていたことに皆がツッコミを入れた。

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