第94話 イネちゃんと黒服さん

 男の人が射殺された後から30分くらい、車が走ってとある倉庫にたどり着いた。

 ムーンラビットさんの言葉通りに乱暴こそされてはいないけれど、正直なところ血の鉄っぽい匂いでちょっときつかったんだよなぁ。

「―――」

 リーダー格の男の人が、またわからない言葉で何か促してくる。

『降りろって、まぁ言葉が通じないこと前提で動いてるから大丈夫なんよ』

 ムーンラビットさん通訳便利だなぁ、ともあれ言葉がわからなくても行動できるしとってもありがたい。

「ハヤクオリロ」

 今度は片言な日本語で促してきた、流石にこれに反応しないわけにはいかないのでおとなしく従って車から自分の足で降りると、もうなんというかザ・倉庫って感じの場所で、高い位置から日差しも入ってきている。

 まぁ商店街に出たのは午前中で、30分しか車で走っていないことを考えると当然今はお昼前くらいだよね。

 このくらい堂々としたほうが目立たないのかもなぁ、と少し関心していると革靴がコンクリートを叩く音と共に黒服サングラスの初老って感じな男の人が倉庫の奥から歩いてきた。

「とりあえず日本語で話せば伝わるかね」

 初老の男の人は流暢な日本語で語りかけてくる。

「そうだねぇ、あっちの世界代表としては状況の説明をしてくれたら嬉しいんやけれど、してくれるん?」

「そこはすまないと思っている。だがこちらの誠意として君たちの装備を取り上げずに話し合うことにしたのだ、そこは信じてくれないかな」

「それ以上に数で鏖殺されたら意味ないよねぇ、できるなら上に待機している連中もどけてくれたら嬉しいんやけれど」

「貴女の力はある程度調べてあるからな、後ろのその女性を人質という意味でなければ対等にはどうあがいても不可能だろう?」

 むぅ、イネちゃん人質かぁ。

 いやまぁイネちゃんは撃たれれば死ぬし、武器があるって言ってもP90とファイブセブンさんにナイフだけ。マガジン数も予備が2本ではこういった遮蔽物が多い場所だと殲滅は不可能かな。

 抵抗自体はできるけれど、イネちゃんの体力の持つ限り出待ち格闘しても黒服さんたちの人数がわからないからっ精神的にきついし、できれば穏便に帰してくれたらそれに越したことはないよね。

「んー人質を取る連中とまともな交渉はできる気がしないんよー、少なくともあんたらの言う対等っていうのは私らから、そちらの思惑通りに進んだ場合9か10。うまくいかなくても7は奪おうっていうところだろうしな。強行的に連れてきたってだけなら7か8だろうが、人質とか言っちゃったらそりゃ全部奪うつもりでしかないやろ。少なくとも悪意を持って暴力で訴えるなんて奴は私の世界じゃ駆除対象なんだわ」

 排除じゃなくて駆除。かなり強めの拒否だよね、これ。

「そうか、だが私たちもお招きしたはいいが鏖殺されるわけにはいかないからな、半分は帰らせよう。それでもダメかね」

「いやぁそもそも全部奪う気満々だったのが露呈した直後やし、話し合いに必要な信頼とか信用はないよな。そのへんを補うだけの、こっちのメリットってあるんか?」

 まぁ交渉っていうのなら何かしら提案できないと無理だよね、それこそ全部根こそぎ貰うっていうスタンスならなくて当然になるけど。

「労働力は提供できますよ」

「で、その労働力はちゃんとこっちの言葉を理解して聞いてくれるんか?間違いなくあんたらの母国語のみでそっちの文化コミュニティで周囲から略奪始めるよな。事前調査してあるんならわかってると思うけれど、私はあんたらの頭の中身全部わかるわけよ、もう少し隠す努力くらいはしたほうがええよ」

 いやぁムーンラビットさん、がっつり攻勢に出ちゃったなぁ。

 まぁ黒服さんたちが交渉役という名の略奪者だったってことなんだろうけれど、浸透侵略は実際驚異だからこその、ムーンラビットさんの発言なんだろうなぁ。

「ともあれ他を侵略する前提の人口管理はもうやめとけ、そもそもあんたらの上ってゲートが開いて、各国上層部が把握した直後に私らの世界に侵略してきた連中じゃないか、その時にあの子らが言ったはずだよな、うちらの世界は善意で成り立っているが、敵意や悪意、略奪目的の連中まで賄うほど度量は広くないって」

 うーん、黒服さんが口を開こうとするたびにムーンラビットさんがまくし立てて妨害してるなぁ、直接交渉している黒服さんは困ったって表情してるけれど、他の人たちは明らかに苛立ってる。

 あ、イネちゃんたちをここまで連れてきたリーダー格の人は無表情のままだけれど、黒服さんのトップの様子を見る限りは交渉もどき失敗も前提だったりするのかな。

 ……ってそうなるとイネちゃんが真っ先に撃たれるんだよね、ちょっとどころじゃなくて対応できるように集中しとこ。

「ふむ、では交渉すらする気は無いとおっしゃる?」

「交渉したいならもうちょい自分たちの態度を見直せってことよ、まともな態度なら私ら拒否することは無いし、火の粉を振り払うことはするけれど私らのほうから手を出すことは無いんよ」

「仲介をする日本政府が拒否をする以上、それは無いのと同義ですよ」

「ま、初動をミスったあんたらの上司の責任だわな。もう少し対等に対話する気になったら会談の場くらいは用意してやってくれって言っとくからさ、今日はもう戻ってええかね、視察の途中なんだわ」

 ムーンラビットさんの態度すごいなぁ……いやまぁイネちゃんが自分の身をしっかり守れれば問題無い状況なんだから、わからないでもないんだけれど、相手はプロだろうからイネちゃんちょっと不安でいっぱいなんですけどー!

「貴女は我々が成果無しで帰れると思っておいでなのですか」

「それはそっちの都合であって私らには関係無いよな、最初に相手の都合を考えなかった側がそれを言える立場と思うんか」

 うぉぉぉ……挑発合戦はやめてもらっていいですかね、ドンパチ始まったら一番必死な状況になるのイネちゃんだけだよね!

「……そうですね、ここで暴力で訴えれば連れ帰れる可能性はあるでしょうが、先々の交渉を考えればおとなしくおかえり頂くほうが良いでしょう。ですがこれだけは約束していただきたいのですが……」

「大丈夫、ちゃんとこの国の上層部に会談セッティングまでは拒否しないように言っておくんよ。毎回毎回こういう目に合うのは時間的にやめてほしいしな、後……まぁいいか」

 ちょっとムーンラビットさん、今のって何、怖いんだけど。

「ありがとうございます、私は危害を加えませんので……リムジンを用意致しましょうか?」

「いやいらんよ私は操縦できんし、この子もその技能はあっても、この国の法律には引っかかりそうだからねー」

「そうですか、ではお気をつけて」

 ……いやぁねぇ、ムーンラビットさんも承知しているんだろうけれどこれ、襲撃されるパターンだよね、タイミングはわからないけれど。

 と思った瞬間、2階の廊下に居た人が銃を構えて……ってその隣の人が明らかに人に向けちゃいけない火力の物を肩に担いで狙ってきてるんですけどー!

「RPG!」

 イネちゃんはそう叫びつつ、マントからP90を抜いてRPGを構えている人に狙いをつけるけれど……当然既に構えていた黒服さんのほうが早く引き金を引いて、RPGの弾頭が発射される。

 P90で弾頭を撃ち落とすにしても、漫画やゲームのように華麗にとはいかないしなぁ、爆風で絶対ひどいことになるし。

 あぁでも考えている間に直撃コースのこの状況をどう対処するのか、いくらムーンラビットさんでも魔法や物理的な移動はある程度時間を必要とするし、最低でもイネちゃんが自分の体だけでも安全を確保しないといけないわけだけれど、この短い、瞬間だけだとどうしても思いつかない。

 体のほうは反応はしたけれど、P90を構えてしまったため勢いでこの場から飛び退くにしても既に状況はひどいことにしかならないと、イネちゃんの頭の中で結論が出てしまっている。

『大丈夫……なんとなくだけれど、この状況はムーンラビットさんが容認したものなのだから』

 イーアがそう呟いたのと同時、カァンと金属音がしたと同時に人影が現れて既に着弾しているはずのRPGの弾頭が視界の外に消えていくのを確認すると、その人影が話し始めた。

「まったく、いきなり脳内に地形や状況を送ってこないでください。その上でなんでイネさんを巻き込んでいるのですか」

 逆光になっていて顔がよく見えないけれど、その声はとっても聞き覚えのあるもので、手には鉄パイプが握られているのが見えた。

「イネちゃんおひさー」

 そしてイネちゃんの両肩を掴むように後ろからこれも聞き覚えのある言葉が聞こえて来た。

「はっはっは、やっぱこっちに来てたんやねぇ」

「いやムーンラビット様ならわかっていたでしょうに……教会の信用を置ける方々にはちゃんと連絡しておいたのですから」

「それでもよ、あんたらが本気出したらゲート無視もありえるかんな。緊急性が高い事案が起きてあっちに戻ってる可能性は0ではなかったからねぇ」

「それはまぁ、オーサ領の出来事を考えれば戻るかどうかも考えましたが……それ以上にこちら側の要素に関われるのはムーンラビット様を除けば私たちだけですから」

 ムーンラビットさんが呼び出したらしい、突然現れたココロさんとヒヒノさんに驚きながらも、RPGをもう一度発射しようとしている黒服さんに向かってP90を発砲する。

「何が何だかイネちゃんにはわからないけれど、とりあえずこの場を切り抜けることに集中してもらっていいかな!」

 そうイネちゃんが切羽詰まった感じに叫んだけれど、その言葉に首を縦に振ったココロさんが1分もせずにイネちゃんたちを攻撃しようとした人たちを鉄パイプだけで制圧してしまったのであった。

 これ、イネちゃん居る必要あったのかなぁ……。

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