第90話 イネちゃんと会談襲撃

「そんなわけでもう3日も経つんだけれど、話し合いってどんな感じなんだろう」

「私に聞かれても困るよ」

 イネちゃんの独り言のような呟きに、一緒にゲームをしていたステフお姉ちゃんに反応されてしまった。

 いやまぁ今この場にイネちゃんとステフお姉ちゃんの2人しかいないから仕方ないんだけれどさ。

「それよりもイネ、護衛だって言ってたのにピッタリくっついていなくていいの」

「んー武器持ってっていうのはダメって言われてね、まぁそれ以上に18歳の女の子とモヒカン頭は首相官邸や防衛庁への立ち入りはちょっとって感じだったらしいけど……」

 機密のオンパレードなところに異世界人、それも素性の確認が難しいティラーさんは致し方ないとは思うんだけれど、イネちゃんの場合はこっちの世界における異世界ファクターの重鎮だと思うんだけどなー。

 いやまぁだからこそあっちの世界の最大勢力の重鎮であるムーンラビットさんと一緒に他の国の人に襲撃されるわけにはいかないとか色々あるかもしれないけれど、説明されないから憶測しかできないんだよなぁ。

「ほら、イネの番……いやぁイネってこのゲーム弱いよね」

「だってゲームでも億とか兆とかのお金動かすの怖いし……それにすごろくゲームなのにサイコロの目があまりいいのが出ないからなぁ」

 というかこのゲーム、イネちゃんがあっちにいる間に発売されたのだよね、イネちゃん見たことないもん。

 とまぁこの3日間、ステフお姉ちゃん相手に接待ゲームをしていたわけだけれど遂にこの日、自体が動いた。

 イネちゃんがコントローラーを握った次の瞬間、リビングのドアが勢いよく開いてティラーさんが駆け込んできた。

「ん、ティラーさんおかえりー」

「イネちゃん!のんびりしている状況じゃないぞ、ムーンラビットさんが会談していた場所が爆破された!」

 は?ここ日本だよ?何言ってるのティラーさん。

「ともかく早く来てくれ!」

「いや、爆破っていうのならまず情報、次にイネちゃんとティラーさんに武器の所持できるようにしないと」

 ティラーさんにそう返しながらゲームのコントローラーを置いて、テレビのチャンネルを変える。爆破事件っていうならニュース速報とか入ってるっしょ。

 ゲーム画面からニュース放送に変えたテレビから聞こえるのは、なる程確かにティラーさんの言うとおり爆発騒ぎになっていることをスタジオのキャスターさんが慌てた様子で伝えていた。

「……爆破は本当なのが確認取れたけど、武装できないとこの規模相手はイネちゃんたちには無理無茶無謀の範囲だし、そもそもムーンラビットさんは無事だろうからさ」

 一緒に会議に出ていた人はちょっと無理だろうけれど、ムーンラビットさんが現場に居たなら大丈夫かもしれないので今は思考から外しておく。

「ともあれ1度お役所に連絡取らないとね、イネちゃんは部屋に置ける許可は最初からあったけど、ティラーさんの武器はゲート検問所預かりなわけだし」

「もう連絡はつけてきたが……確かにイネちゃんの言うとおり事態の確認が先で護衛であっても危険な場所に向かわせるわけにはいかないと言われてしまったんだ」

「こっちにはこっちの法律があるからね、あっちならイネちゃんたちが対応するどころか自衛が基本だったけど、こっちの世界には治安維持組織があるから、まずはそっちに情報収集も兼ねてってことだろうね」

 万が一政治家さんが圧力かけて出動できないとかだったとしたら、異世界側のお役所がムーンラビットさんの救出を名目に連絡を入れてくるかもしれないからね、その場合イネちゃんじゃなくてティラーさん中心に戦力が組まれるだろうけれど。

「落ち着かないのはわからないでもないけれど、明らかにイネちゃんたちよりも圧倒的に強いムーンラビットさんを信じてみよう?」

 まぁ実際、ムーンラビットさんの場合は肉体を失っても精神体で戻ってくるだろうから、事態の動きを見守るしかないんだよね。

 今になって思い返すとムーンラビットさん、この事態を予測した上でイネちゃんたちを待機させてたのかもしれないしね、必要だって言ったのに連れて行ってくれなかったのは何か起きた時のってことだろうし。

「あ、今から中継するみたいだよ」

 ……なんだかんだでステフお姉ちゃん、こういう事件に耐性持ってるよなぁ。

 好きなゲームもドンパチ賑やかなものが多いし、イネちゃんはゆっくり物語を読むようなのが好きなんだけど、さすがはボブお父さんの実の娘といったところだろうか。

「これ、初動から自衛隊出動っぽいね。ムーンラビットって人が居るからかな」

「どうだろ、これ1回で終わりそうにないのなら当然出動するだろうから、まだ終わらないと思ったほうがいいのかも」

 ただ今のイネちゃんが言った予想だと、自衛隊は事前にこの爆破のことを察知していたってことになるんだよね、その上で爆破させたってことになるから……。

「あ、そういえばムツキおじさんはこれの対処にあたるのかな」

 ステフお姉ちゃんの思い出したって感じでムツキお父さんのことを言ったけど……確か今の所属って普通科だったはずだし、出てるかな。

「それなら出てないと思うぞ、先週教官をやることになっためんどくせーって愚痴ってたからな」

 へ、教官!?

 ムツキお父さん、昇進とかは無縁とか言ってたのに……教官やるならそれなりに昇進してそうなんだけれどそのへんどうなんだろう。

「階級そのままでもいいからって上から懇願されたらしい、異世界活動した上であいつは元々格闘戦ができるスナイパーだからな、察知接近で潰されないだけの技術と立ち回りの継承を上から頼まれたんだろう」

 あぁ技術継承。

 昇進しなくてもいいしガッツリしなくてもいい、多分その上で教官分でお給金が増えるから受けたって感じなのかな。

 実際ムツキお父さんって数と質量の差で突撃しないと1対1だとイネちゃん勝つどころかまともに対処するのも難しいんだよね、気配消すのもうまいし。

「ともあれ事態の大きさ次第ではムツキの奴の出動することにはなるだろうが……現時点で俺たちが出来ることはすぐに動けるようにしておくことだけだな」

 ボブお父さんはテーブルにパンケーキと菓子パンにジュースを置きながら言う。

 ティラーさんはまだちょっと納得できていない感じだけれど、ボブお父さんの言うとおり今のイネちゃんたちには本当何もできない。

 こっちの世界は基本法治国家で、守らないと簡単に瓦解しかねない世界だからね。

 あっちの世界で完全無血のセーフティーネットになるヌーリエ教会があるし、そもそもまだ大陸全土において統治できそうな組織がヌーリエ教会しかないんだよね、その上でヌーリエ教会は治安維持活動は人手が足りて目が届く範囲では行うけれど積極的に統治しようとはしないんだよね、良くも悪くも心の拠り所とかお役所って感じ。

ただヌーリエ教会は完全に助けを求められたらとりあえず助けて、色々施してくれるものの、こっちの世界にはそういったものが実質存在しないから、どの国でも法律とかで制御せざるを得ないというか……。

 ヌーリエ教会がそういう法治って感じじゃなくて、農業指導とか教育以外の面に関しては放置って言ったほうがいいくらいだからね、だからこそ王侯貴族のような別の社会が生まれたわけで……統括領ごとに一応法律に当たるようなものはあるにはある。周知徹底されていないから守る人が少ないけど。

 逆に言えばそんな状態でもあっちの世界はむしろ、こっちの世界より争いが少ないっていう稀有な世界なんだろうとは思うし、それ自体は貴重なことだと感じるんだけれど、今のティラーさんのように慌てたり無駄に対応しようとして事態を悪化させちゃうってことが起きそうだねぇ。

「ただいまなんよー」

 柄でもないことをぼーっと考えていたら玄関のほうからムーンラビットさんの声が聞こえてきた。

「いやぁ、爆破されたされた。予想してたけどやっぱりこっちの世界の兵器はエネルギー面で強いねぇ」

「いやなんで精神体で廊下を通らずに現れてるんですかね」

「はっはっは、イネ嬢ちゃん簡単なことを聞くんやねぇ。私はあの場所に居たわけよー」

 まぁうん、2回目だし大丈夫だとは思ってたけど、肉体吹っ飛ばされて大笑い出来るってどういう精神なんだろうね。

「ともあれ現状変更を望んでいる勢力がいるってことだけは確定したかんな、私が囮ってことでこの国の治安組織も対応はすることになったから想定以上の結果を得られたんよ。ま、奇跡までは行かんかったけどな」

「あ、やっぱ想定してたんだね」

 明らかに日本側の対応が早かったもんなぁ、あえてテロを起こさせてって感じなんだろうね、ムーンラビットさんが囮って言ってることを考えると人払いもできてたんだろうし。

「想定してなきゃあの建物全部関係者で固められないわな。逆に言えばそれでも爆破が行われたってことは事前に仕掛けられていたってことになるんよ。こっちの世界の組織だけで行われた場合は」

「ん、どゆこと?」

 ステフお姉ちゃんが何とも言えない顔をして聞いた。

 というかその顔凄く面白いんですけど。

「私らの世界……んーここで説明するとして便宜上私らの世界を異世界ってするけど、異世界には魔法があるんよ。それこそ座標がわかってれば多少訓練した魔法使いなら簡単にドーンってな」

「えっと、そうなると……異世界の魔法使いが犯人ってこと?」

 ステフお姉ちゃんの言葉に、ムーンラビットさんは精神集中して肉体を構築しながら。

「それはまぁ、じえーたいって組織の調査結果次第やね。こっちの世界の手段では不可能であるとされた場合はそう断定されるかんな」

 ここでイネちゃん、1つ疑問に思うのである。

「いやムーンラビットさんはもう、わかってるんじゃないの?」

 その問いとほぼ同時に肉体構築が終わり、全裸なムーンラビットさんがにっこりと笑みを返して来て答える。

「そりゃね、まぁこれも政治的な面子立てって奴なんよ」

 その答えが正しいと証明されたのは、ボブお父さんに服を差し出されてムーンラビットさんが渋々着替えを終えた辺りで帰ってきたムツキお父さんに渡された情報で証明されたのだった。

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