第89話 イネちゃんと帰郷
開拓町の教会でのんびり1日……いや半日かな、過ごした後にイネちゃんたちはゾロゾロと検問所で検査と手続きをしていた。
「はい、血液検査と検温、血圧全て問題ありません」
「はーい」
白衣を来た職員さんに一通り検査をしてもらったイネちゃんは針を刺されたところを抑えながら答えて、既に検査を終えて皆が以前来た時にはなかったお座敷っぽい感じの場所にいたので、靴を脱いで上がって座る。
「安全だと言われても体に針を刺されるのはなんとも言えないな、異世界の人間は皆これをやるのか」
ティラーさんがお注射苦手属性がつきそうなことを言いながら質問してくる。
「んーイネちゃんは元々こっち生まれだから細かいことはわからないんだけど……」
「普通はやるね、産まれてからしばらくは健康診断という形で……まぁ血液検査はそれなりに成長した後だけど、ワクチン接種とかもあるから注射を経験しない子のほうが少ないはずだよ」
コーイチお父さんが丁度終えたらしくって説明してくれた。
「それにしてもムーンラビットさんはやらなくていいんだね」
「はっはっは、私はうさちゃんだからねぇ。それに肉体自体に依存せず精神体が本体って言っても、肉体が動けなくなるのは困るんでそれなりに対応はしてるんよー」
うさちゃんなのは関係ないにしても、ヌーリエ教の司祭様ってことと、こっちの世界の魔法の性質からやらなくてもいいってことなのかな。
「あの子……ヌーリエ様の加護が強いと、極端って言っていいレベルで病気とかに強くなるんよ、精神魔法や毒にもね。なんでそっちの世界で主流の抗生物質?だっけ、アレの効果はむしろ無いと思うんよ。勿論その他お薬にも耐性があるし、役に経つのは外科的処置くらいじゃないかね」
「それは麻酔も効かなそうだなぁ……外科手術で麻酔無しは流石に怖いと思うけど」
う、ムーンラビットさんの説明に対してのコーイチお父さんの言葉が想像しただけで痛い。
でもそうだね、イネちゃんって病気にかかった事ないし怪我の治りもかなり早かったんだよなぁ、イネちゃんにもちゃんとヌーリエ様の加護があるってことなのかな。
「ま、病気にならないと言って差し支えのないこっちの人間はその代わり、あちらっさんでは驚異になるかもしれない細菌があったりするかもって理由で調べるんやけどな、私の場合自分自身で全部解決できるってことで免除になってるんよ」
「この検問所の主目的とすることで各地で封鎖するだけの予算が降りたわけなんですから、私たちとしては助かりましたけどね」
細菌とかそのへんが一番怖いからねぇ、そう考えると当然優先的に対処することになるよね。
「んじゃともあれ全員終わったってことでええんかねぇ、それともまだ時間かかるんか」
「採血しただけでわかればいいんですが、検査に時間がかかってしまいますから……至急ということでおよそ30分程度になりますのでもう少しお待ちください」
「了解よー、しかし特殊技能だと思うんやけど、30分かかるんやねぇ」
「その分訓練すれば多くの人が習得可能ですので、魔法と比べれば一般的ということなんですよ」
「ま、魔法だとこの手の技能持ちがあまりおらんからそこは一長一短か。病気とかには殆どかからないっていうのも、技術面で考えたら中々発展しない分考えものって感じるわ」
「こちら側としては羨ましい限りですけどね」
うーん、ムーンラビットさんたち談笑してるなぁ。
この手の話題は難しすぎてイネちゃんは入れないのである、故に退屈になるわけだけど……。
「ん、これ甘いな……しかしここまで甘い菓子は初めて……いやそもそもこの食感は……」
ティラーさんはティラーさんでここの備え付けであるお茶請けのお菓子を食べて何かブツブツ言ってる。
「なぁイネちゃん。これってどういう菓子なんだ?」
「んーたい焼き……っていうかなんでたい焼きがここに」
普通お茶請けって和菓子とかおせんべいだよね、たい焼きがお茶請けって何があったのか。
「あぁ、今度シックとの交易でポン菓子製造機の次の菓子製造機として紹介予定だったんですよ、餡子の入手がここの検問所が一番楽だったのでここで少し使ってるだけです」
イネちゃんの疑問に、ムーンラビットさんと話していた職員さんが説明してくれた。
なる程、交易品。そういえば麩菓子とかお煎餅、パイとかが中心でこのあたりの甘いものってこっちの世界に無かったから、いい交易品になるってことかな。
「豆を甘く煮た物を生地の中にいれてさくっと焼いてるんだよ、だから外はサクサク中はもっちりで、しっとりとした甘い餡子を楽しむお菓子」
実際は挟む感じだった気もするけど、大きく間違ってはいないと思うしいいよね。
「なる程、俺は煎餅しか食ったことなかったからな……こういう菓子もいいもんだなな。ついでにあいつらにもお土産として持って帰りたいな……まぁ異世界の金は持ち合わせてないんだが」
「そこはまぁ、勘弁してください。ですが換金等はこちらの世界からそちらに行っている冒険者の方と同じレートで対応しますので……」
「むしろ柔軟で破格な対応な気がするな、俺は元々異世界に行けるような立場じゃなかったわけだし、ありがたい」
ティラーさんがお礼をしているのはいいんだけれど、その光景をはさんでムーンラビットさんは何ドヤ顔してらっしゃるんですかね。
「いえ、今後民間交流も行うことになることを見越して、あらかじめこういうことは決めておこうとそこのムーンラビットさんが……」
あ、そういう。
まぁ確かにムーンラビットさんの手柄っぽいし、悪いどころかむしろいい事な気がするからドヤ顔も当然か。
それからティラーさんとイネちゃんの換金を行いつつ検査結果を待っていると、他のお父さんたちも来てティラーさんに詰め寄ったりして時間が流れていった。
この時の雑談で一番驚いたのは、ティラーさんがまだ26歳だったってことかな、人は見た目ではわからないね、うん。
ともあれ検査結果で全員問題なしとされたイネちゃんたちは遂に……。
「んじゃ皆準備はええねー。では行こう、異世界へ!」
「イネちゃんとお父さんたちはただいまなんだけどね」
イネちゃんに関してだけはどっちの世界でもただいま。なのかもしれないけれど、現時点でのイネちゃんの気持ちだとあっちの世界のほうがただいまと言いたくなる気持ちになるんだよね。
ただイーアのこともあるし、昔のお父さんとお母さんのことも大好きだったからイネちゃんはどっちの世界でもただいまとは言うけどね。
そんなことを思っていると皆が既にゲートをくぐってあっちの世界に向かっていた。まずい置いてかれる。
「皆まってー、おいてかないでー」
横目に見えた職員さんが苦笑しているのが見えるけど、今は気にしている暇はない……いやまぁちょっと恥ずかしいけど。
ちなみにゲートは結構しっかり作られてる。
お父さんたちがイネちゃんを助けた時はただのクローゼットだったらしいんだけれど、動かせない力場が空間に存在しているだけでその座標を守ればある程度大きさや形は自由なのだとか。
今はそれっぽいっていうのと利便性を兼ねて、ガレージの出入り口のような大きさのところをピンク色の手前と奥のどっちでも開く構造のドアになっている。
でもそれっぽいってだけで、利便性が結構な割合で犠牲になっている気がするのはイネちゃんだけなのかな、最初は手押しだったのが電動式になったあたり不満が爆発したんだろうけど……まだ電気が使えない状態だとドア自体が重くってゲートをくぐるのが一苦労すぎてねぇ。
ロマンだとかそういうものなんだろうけれど、こういう利用頻度が高い場所では利便性重視がイネちゃんいいと思うんな!
そんなことを思いながらゲートをくぐると、映画とかゲームでよく見るような水の中にいるような感覚じゃなく、むしろ大地に抱かれている温かい感じがして……。
『いってらっしゃいです』
という小さい声が頭に直接響く。
これはイーアの声ではなくって、もっと別の、少し幼い感じの声で……向こうについたらムーンラビットさんにちょっと聞いてみようかな。
浅い眠りから目覚めるような感覚の直後、目の前が少し明るくなってカツンと固めの靴でコンクリートを踏んだ音が聞こえて目を開く。
目を瞑るのは本当、眠っている時の感じから一気に明るくなるのに対応する為要求されるものなんだけれど、このゲートの場合あっちもこっちもゲートのある部屋は薄暗く光量が抑えられた設計をしているから、実のところ目を瞑る必要はあまりないんだけれどね。
「ただいまっと」
「イネおかえりー!」
イネちゃんがただいまを口にした瞬間、ドアの死角になる場所から女の子の声を持つ誰かが抱きついて来た。いやこのノリで抱きついてくる、女の子って1人しかいないからわかるんだけどね。
「ステフお姉ちゃん、ただいま」
「お仕事らしいけど久しぶりで私は嬉しいよ、こっちにはどれくらいいられるの」
「ちょっとそのへんはイネちゃん答えられないよー、イネちゃんは護衛として帰ってきただけだから、細かい計画はまったく知らされてないんだよね」
と義姉妹の再会をこれまたニヤニヤしながら見ていた
「ま、しばらくいることになるんよ。それに今回は内容的に色々時間取りそうやし、あっちの情勢の情報もすぐに受け取れるよう……ホテルじゃなくってイネ嬢ちゃんのお家で寝泊りする予定やからね」
凄くいい笑顔で説明したムーンラビットさんを前にステフお姉ちゃんは少し固まって……。
「……だれ?」
お父さんたちどころか大人全員が慌てた。
当人は普通に笑っててステフお姉ちゃんは混乱するだけだったけど、混乱するステフお姉ちゃんに強く抱きつかれて身動きがとれなかったイネちゃんは、状況が落ち着くのを待つしかできないのであった。
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