第88話 イネちゃんと親御さん
「うん、そう。そんなわけで1度帰る形になったから……ジェシカお母さんかステフお姉ちゃんにイネちゃんの部屋の……ってお父さんは入らなくていいから!」
あれから特に何事も無く、ムーンラビットさんとティラーさんの2人と一緒に開拓町であっちの世界に連絡を取るために数日滞在することになったイネちゃんは、今お父さんたちに電話をしていた。
「って本当ダメだからね!入ったら口聞かないから!」
「いやぁ思春期思春期」
「俺にも娘ができたらあのようになるんだろうか……」
こら外野、ムーンラビットさんは完全にニヤついてるのが見なくてもわかるからね。
電話を終えてスマホをギルドに備え付けられている急速充電器に設置させてもらうと、今度はムーンラビットさんが古い映画とかでしか見たことがない黒電話の受話器をとって電話を始めた。
電話回線に関しては世界間を通す際に少し不安定になるらしく、余裕がある状況ならスマホや黒電話で違ったとしても1人づつにしてくださいって……ケイティお姉さんから言われたのだ。
ネットの光ケーブルや電力周りはほぼ減衰無く引けるらしいのに不思議だよね、電話の原理も電気信号や音声データのやり取りなのに、それだけが影響受ける原理は一体何なんだろう。
「しかし通信魔法でなくても音を届けられる原理は一体どういうことなんだ……」
「んーイネちゃんも詳細はわからないかな、ほら、この手の技術って原理がわからなくても便利だから使えるっていう技術は比較的多いし」
「そういうものか……?」
「そういうものそういうもの、包丁とかで食材を切る時もなんで切れるのかとか考えたりしないでしょ」
刃物自身の重さと重力と切断するものとの摩擦で切る。なんて普通なら考えないもんね、あっちの世界でイネちゃんが暮らしていた国の刃物技術だと更に細胞や繊維を綺麗に引き裂くようにとかも混ざってくるしね、包丁も押すように切るものと引く時に切るものでまた違うんだから、技術は基本わからないと思うよね。
「いや、刃物なんだから……」
「あー違う違う。刃物がどうして物を切ることができるのかってほう。最初から包丁じゃなくて刃物ってすればよかったかな」
「……確かにそういうものだって思って深く考えたことはなかったな」
「うん、そこがわからなくても道具は使える。でも説明に関しては基本的に……」
「できないな」
「うん、そういうものなんだよ」
ティラーさんは今ので納得できたみたい、よかったよかった。
これ以上突っ込まれたらイネちゃんもどう説明していいのかわからなくなってたから本当よかった。
「予定は大丈夫……明日のお昼に……はい、んじゃそゆことでーよろしくですー」
丁度ティラーさんとの会話が途切れたところでムーンラビットさんの電話が終わりそうな状態だった。っていうかやたらと軽くない?
受話器を置く音がしてムーンラビットさんが。
「いやぁ会談の約束だけだからサクサク決まったわぁ、内容は当日伝える形にするのがフットワーク軽くするのにはええね。んじゃ次はササヤのとこ行こっか」
「いやかなり重要案件なのに内容は当日って……」
「今回は最悪でもなんでもなく、普通に無理だろうって思ってるかんな、会談会食で親睦を深める程度でもええんよ」
まぁ政治的な案件になるんだろうし、イネちゃんが食い込める問題でもないから別に……良くはないかな、間違いなくイネちゃんへの負荷が何かしらかかりそうだし。
「ま、担当者と少しお話して美味しいもの食べて終わりやろうな、世界間条約を結ぶ時も似たようなもんやったから、今回も同じやろ」
「結構重要な条約をぽわぽわーってした雰囲気で決められましても……」
「条約なんざ殺気立って作るパターンのほうが少ないんよー、普通なら会談会食で腹の中の探り合いの後にお互いが妥協できるラインで施行するもん。まぁ多くの場合不平等やったりするんやけどな」
「その世界間条約って奴はどうなんだ」
「はっはっは、人の頭の中が透明に見える私がヘマをするとでも?」
あ、これあっちの世界が不利な奴だ。
「ちゃーんとどっちにも利点があるのをしっかり結んだんよー、こっちからは食べ物を提供しとるし、鉄鋼とかもそれなりに出してるんよ。それにイネ嬢ちゃんのように傭兵や冒険者になる連中の受け入れで雇用対策にもなってるんよー」
「むしろ人手不足とか言われてたり、食べ物も農家がーとか聞いてたような……」
「こっちが提供するのは不足しがちの部分やからな、そのへんは随時調整っていう取り決めなんよ」
思った以上にちゃんとしてた。
いやまぁ国際どころか世界間条約なんだし当然なんだけれど、こうこっちの交渉担当であるムーンラビットさんを見ていると、ねぇ?
「学の無い俺にはよくわからんが、食べ物とかは渡してしまっても大丈夫なのか?」
「んーゲートの繋がってる、イネちゃんの暮らしていた国は完全志願制だし兵站とかじゃなく、本当に民間人用だったり、緊急備蓄用だったりじゃないかな」
もしくはのりとか、ほらあの接着剤ののり。
「イネ嬢ちゃんの言うとおりよー、あちらさんの文明レベルはこっちと比べたら圧倒的なんでそのへんは大丈夫。まぁその分ヌーリエ教が大陸でバランス役をやっていたんであっちと比べたら戦争とかは無いに等しいから、一長一短やな」
戦争は兵器とかの技術レベルの劇的な発展を促進する。だっけか。
それとは逆に平和は文化の成熟を促進する。だっけ?
ただこっちの世界は常にゴブリン対策に追われたりするし、個体数こそ少ないけれどドラゴンさんとかもいるから、その辺はまた別なのかもね。
「さて、それじゃササヤに業務連絡すっかね。個人的には久しぶりに娘婿の手料理も食いたいんだが……ササヤが妨害してきそうやなぁ」
「タタラさんってお料理できたんだ」
教会に向かおうとギルドを出ようとしたムーンラビットさんは、そのイネちゃんの一言に少し動きを止めて。
「むしろな、リリアより美味いんよ。まぁあえて分けるとしたらリリアはアレンジ系が得意で、タタラはレシピの完全再現が得意。ただレシピ通りじゃなくてもしっかり完成させるんがタタラやな」
「家事の範囲でのお料理と、飲食店的なお料理の違い?」
「あ、それな、それが一番わかりやすいか」
なんかムーンラビットさんがイネちゃんを指差す仕草にデジャブのようなものを感じていた時、ギルドの扉が開いて。
「母様、今度は何を企んでいるんですか」
「おぅ……ただの業務連絡がメインなんよ、ただついでに娘婿の手料理を食べようって話してただけよー」
「今の『おぅ』はなんですか……でもまぁイネさんともう1人、ティラーさんでしたか。お二人がいらっしゃるのでしたらそうそう変なことは無いのでしょうが……その業務連絡というのはなんでしょうか」
「私が異世界に行ってる間、ヴェルニアも守護範囲に入れといてな」
ムーンラビットさんの言葉の後、少しの間沈黙が流れて……。
「え、少し聞こえませんでした。母様が異世界に行っている間なんですって?」
ササヤさん、顔は笑顔で声も穏やかなんだけど……目が笑っていないんですが。
「ヴェルニアも守護範囲に入れといてな」
「なんでですか!シックから部隊が来るのだからそれで……」
「ササヤお前、オオルのことをそいつらに任せてもええんか?反乱軍は本格的にマッドスライムを投入してきとるし、何より私の昔の部下が暗殺者やってたんやぞ。斥候程度の戦力でしっかり守りきれると思うんやったら、拒否してもええよ、強制じゃないし」
ササヤさんの反論に対してムーンラビットさんが畳み掛けた。
ただイネちゃんはその言い方だと割と強要している感じな気がするなー。
「母様、そういうやり方はやめてって以前言いましたよね……はぁ、分かりましたよ、何よりリリアもヴェルニアにいるのでしょう」
「せやね、実地研修って形で連れ出した。元々シックへ向かう最中の村でやってたんやけど、襲撃されちまったかんな。今の情勢を踏まえた上で多少の庇護の元ならおーけーってことにしてな」
「……ことにして?母様、また独断でやらかしたんですか」
「まぁまぁ、お前の時みたいなことは起きんから、というか起こしてたまるかってことで今頭を下げているわけでな」
「頭は下げていないでしょう……まぁリリアとオオルにはあんな目にはあって欲しくないから……少し本気になるかしらね」
ササヤさんが少し本気に……怖い!
というよりもなによりササヤさんの聖地巡礼の時は一体何があったのか、聞いてみたいような聞きたくないような。
「イネ!」
とムーンラビットさんとササヤさんの会話が途切れたところに聞き覚えのある声がギルドの外から聞こえてきた、というかドア越しに凄くはっきり聞こえたとかかなり恥ずかしいんですけど、ちょっとおトイレに隠れていいかな。
「イネ!迎えに来たよ!」
バーンって擬音が大きくポップしそうな勢いでコーイチお父さんがギルドの扉を開けてそう叫んだ。うん、文字通りにこれでもかってくらいの声量で、叫んじゃった。
「……なんで来たの?」
「な、イネ……なんだその可哀想なものを蔑むような目は」
「いや現在進行形で、ねぇ?」
「これが反抗期……!うぅ……」
あ、なんか泣き出した。
流石にちょっと無碍にしすぎちゃったかな……。
「ちゃんと成長しているんだな……お父さんは嬉しいぞ」
とってもダメな方向の涙だった。
いや、親ってこういうものなのかな……厳しそうなササヤさんも子煩悩みたいだし、イネちゃんがそういうところがわからないだけで世界的なスタンダートだったりしたり?
でもとりあえず抱きついてこようとしたコーイチお父さんは簡単に関節を極めておきました。まる。
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