第85話 イネちゃんと昔話

「暗殺者のこと、話していただけますでしょうか」

 ヨシュアさんが意識を戻して、冷めちゃったリリアのお料理を食べてからキャリーさんがムーンラビットさんに強い語気で聴き始めた。

 旧知の仲だろうっていうのはわかったけど、それ以上のことは昔の部下だったのと、今は反乱軍で暗殺者をやっている淫魔さんってだけだから当然皆知りたいよね、イネちゃんも知りたいし。

「んー昔話になるんよ、しかもうん百年くらい前の」

「となると魔貴大戦の時代か……なる程、私が狙われるわけだ」

 う、今からがっつりとした歴史の授業が始まりそう……。

 イネちゃん寝ちゃうかもしれない、映画とかゲームみたいなお話の流れなら平気だけど、淡々と難しいお話されたらぐっすり眠れそう、というかあっちの世界でお勉強した時にほぼ毎回寝たから確実に寝るね!

「ま、あいつはさっきのやり取りで察しただろうけど、私の元部下なんよ」

 ……………………え、終わり?

「それだけだろうか、オーサの血統が淫魔に狙われるというのはある種必然のような気もするのだが、彼女があの時代にあの兵器の被害者で後遺症を持っているということとかはないのだろうか」

「ないよ、あれ喰らったら大抵の淫魔は消滅しちまうし。まぁ意気揚々と私に使って絶望した兵士の顔は、私にとっちゃコメディだったけどさ」

 ケラケラ笑ってるけど、大抵の淫魔が喰らったら消滅するような武器に対して無傷で反撃するって大概ぶっ飛んでると思うのですが。

「……その様子だと夢魔や淫魔同士の仲間意識とかは希薄なのだろうか」

「そのへんは個人差だねぇ、でも私の記憶ではあいつはそれほど仲間に対して固執するようなやつじゃなかったんよ。むしろオーサが作った退魔兵器じゃなく、アニムスが作った捕獲兵器の被害者やね」

 淫魔を殺す兵器と捕獲する兵器、かぁ。

 昔の大きな戦争でのお話とは言え、そういうものが本気で作られる時代があったんだよね、こっちの世界には。

「ハイロウのことか、あれは確か捕獲と同時に隷属の契約を強制するという人道に外れるものであったと文献で読んだことがある」

「ま、オーサの文献ならそう書くわな。あれが使われた時に当時のオーサもブチ切れて戦線から全軍撤退したくらいやし、戦後は禁忌兵器として二度と使われないよう監視する意味でアニムスを監視下に置くことで制御して来たんやからな」

「あぁ、ある程度地位を保証することによって抑制をしていた。だがヴェルニア事変の際に主犯となり、キャリー伯のヴェルニア帰還に伴って命を落とした」

「ま、普通に考えればその時に兵器の情報が全部誰かが持ち出して今の時代に復活させたってところやろうなぁ」

 あぁ改良されて量産されてるパターンだこれ。

 映画とかゲームだとよくあるよね、こういう展開。

「しかしレヴァンティン同様、ハイロウも貴女には効果を発揮しなかったのだろう」

 あ、殺す兵器はレヴァンティンって言うんだ。

 あっちの世界でもそういう魔剣があった気がするのは、希にある双方の世界の共通点っていうものなのかな。

「まぁそうやね、この世界の法則で生み出されているのならいくら改良されようが私には効かんと思うしええんやけど……他の淫魔にとっちゃ驚異以外の何物でもないわねぇ」

「効かないというのは……どういうことなのだ」

「単純、私はヌーリエ様と直接会ったことがあって、その加護が最も強い始祖だからよー」

 ……ムーンラビットさん、とんでもない人、じゃない淫魔だった。

「そうか、そういうことか。貴女に対しては神殺し以上を用意しなければいけないということは、味方となればこれほど頼もしいことはないな。我の祖先は相手を間違えすぎていたわけだ」

「そういうあんたは先代以前のオーサに比べたらやたらフレンドリーやねぇ」

「魔貴大戦以降、オーサ領は殆ど開墾も進まず内政面も現状維持しかなかったからな、異世界との行き来ができるようになり、明らかに時代が動こうとしている時に今までどおりの閉じた政策をしていてはオーサの歴史は近い未来潰えるのがわかりきっていたからな、当然の政策変更というものだろう」

「ま、当然やねぇ。現時点で貴族のみの戦力じゃ異世界の兵器に対抗は実質不可能、となれば圧勝して見せた勇者が所属する教会に近寄るのは当然の思考と言えるしねぇ」

「しかしそう考えなかった者がいるということだ、今のオーサ領がそれを証明してしまったのだから我としては我の力不足を恥じると同時に悔いるしか無い」

「ま、王都ではなくヴェルニアに逃げてきたってことは諦めてないってことやろ。オーサ領であってその実、風土などがトーカ領に近く、ヌーリエ教会を受け入れたモデルケースとしてのこのヴェルニアなら、オーサ領の戦力以外も期待できるし、再起を狙うために地力を蓄えるのに一番向いているかんな」

 シードさんはムーンラビットさんの言葉に静かに首を縦に振って肯定した。

 イネちゃん、戦争っていうのがどういう感じなのかはお話とかでしか知らないんだけれど、随分気の遠いお話だなぁと思ってしまう。

 いや確かに兵士になる人や兵站を考えたら当然、それ相応の時間がかかるわけで年中戦い続けることはそういう意味で不可能なんだよね、あっちの世界でも常備軍っていうのは実質の即応部隊って感じだってお父さんたちから歴史のお勉強の時に聞いていた記憶がある。

 現代軍だと補給線がしっかりしてればほぼ問題無いらしいから、基本的に常備軍しか存在しないらしいけどね、こっちの世界だとまだ徴兵とかで兵士さんを集める必要があるし、移動は馬や徒歩だしで時間がかかるのは当然だし、それ自体が戦争をするのに対しての抑止力なんだろうなっていうのもわかってくる。

 得られるものもないのに大量に消費、消耗する戦争なんて普通できないもんね。

「しかしヴェルニアもそれほどの力は……例えしばらく蓄えたとしてもオーサを落とせるだけの軍勢に対して対抗することは到底できない気がするのですが」

「そこは承知の上だ、我とてヴェルニアのみで反乱軍と対峙する気は無い」

「あ、ヌーリエ教会はヴェルニアの防衛はするけど、貴族間の戦争には一切手を貸さないかんな」

「そこは……いや当然か、教会の中立を支える根底部分なのだから」

「ま、それはそれとしてオーサ領反乱軍に関しては教会は略奪を受けたとして対処するけどね。ただそれは割と直ぐ、連携するにはちょっち私の権限だけだと難しいかもしれんのよ」

 ムーンラビットさん、教会のトップに限りなく近くなかったっけ……。

 軍を動かす権限っていうのが無いのかもしれないけど、それでも発言権はありそうなものなんだけど、ダメなのかな。

「それにあいつ、私が戦場に出ざるを得なくなるだろうからね。あいつが反乱軍に従っているってことは少なくともハイロウが使われている可能性が高いかんな、今の私の部下である淫魔の連中は流石に参加させらんないからね」

 あ、そういう。

 自分が自由に動かせる人員が丸々使えないって感じなのかな、それならムーンラビットさんのあの言い方もよくわかる。

「そういえば彼女はどのような部下だったんですか」

 話をそこに戻すんだ、キャリーさん。

「一応は私が管理していた淫魔部隊の隊長をやらせてたねぇ、私が戦場に立つときは副隊長っていうか補佐っていうか、そんなポジションに立ってもらったけど……あの大戦の最後のほうは私たち淫魔の性質から今日みたいな暗殺とかもやってたから、その時の経験でやってんやろ」

「ん、ってことはムーンラビットさんって女の人が襲撃してくることを察知できたんじゃ……」

「できたんやけど、いやぁ当時自分の考えた襲撃方法は徹底してたんやなぁって」

 そこは照れるところじゃないと思うな、うん。

「でもまぁ防御のほうは余裕あったから大丈夫よー。ヨシュア坊ちゃんが耐性低くてすんなり操られたのだけは予想外だったけどねぇ」

 ムーンラビットさんがニヤニヤと笑いながらヨシュアさんを見ながらそう言うと、イネちゃんがキメてた関節がまだちょっと痛むのか腕を揉んでいたけれど、皆が自分を見ているのに気づいたのかちょっと驚いた表情が少し可愛い。

「ともあれキャリー嬢ちゃんの手伝いしたいなら、もう少し耐性つけたほうがいいねぇ、怪我とか病気と同じで何度も何度もかかればある程度までは耐性つけれるし、やっとくかね?」

「え、それって精神魔法を何度も受けるってことに……」

「完全耐性は不可能でもまぁ抵抗できるようにはなるんよ。ちなみにかけるのは私な」

 うわ、途端に不安になる一言が入った。

 ムーンラビットさんにかけられるってそれ即時陥落ってことだよね、少なくとも今までムーンラビットさんが精神魔法を使ったときは瞬間的に変な顔してたもん。

「いや、訓練を受ける必要は無い。我の先祖が開発した遮断装置があるからな」

 へぇそういうのもあるんだ。

 いや戦争中に作られたものなんだから当然か、驚異に対して何の対策もしないわけないもんね。

「でもあれ不格好じゃないん、頭全部覆う感じだった記憶やし」

「当時、貴族側に余裕はなかったでしょうからね、ムーンラビット殿を相手取るだけでも大事であるのにヌーリエ教会が勇者先導の元敵に回ったのですから……最もその勇者は交渉術に長けていたため時間はかかりましたが一部貴族とは和解、多くの貴族は教会に帰順し、トーカ侯のように対等な関係で協力を取り付けた者も……」

「話がそれてるそれてる。ま、トーカに関してははなっから大戦に参加していなかったわけだし……当時は死の商人だの叩かれてたけどな。で、今はあれどうなってるん」

「多少の小型化はしたが……我は教会と事を構える気がまったくなかったからな、全て城に残してきてしまったぞ」

「……よし、私の部下は全員不参加決定やな!」

 そう言ったムーンラビットさんは、とてもいい笑顔だった。

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