第84話 イネちゃんと暗殺者

 えーイネちゃんたちは今、ヴェルニアのお屋敷にある執務室に置いて割と膠着状態な修羅場となっております。

「さぁ!ムーンラビット様、どうしますか!私はそこのシード・オーサを殺すことができればそれでいいのです!」

「いやぁ、一応庇護下に置くと内々だけとは言え宣言しちゃったかんな、それはできんよー」

 とムーンラビットさんの旧知の、確か部下だったとか言ってた気がするけれどイネちゃんとしては今その余裕があまりない。

 操られているためか普段の力を感じないけれど、ヨシュアさんの剣をナイフで受けているので結構ジリ貧状態、目に生気が感じられない辺りもっと力と体重が乗っていてもおかしくない気がするんだけれど、もしかしたら今ヨシュアさんは意識下で必死に抵抗してたりするのかな。

「なんでしたら、この少女もこちら側についていただきますがそれでも良いのですか」

 え、このタイミングでイネちゃんにも仕掛けるつもりなの?

「いやぁ私はやめておいたほうがええと思うんよ」

「言い方が引っかかりますが、私とてある程度の耐性なら抜けるのはご存知でしょう」

「うん、知っているからこそその子はやめたほうがええんよってね」

「やってみればわかることです、ムーンラビット様のハッタリかどうか!」

 と女の人が叫ぶと同時にこう、なんか気持ちいいかなーって感じにはなったけれど特別変わったことは……。

『私が肩代わりしてるからだよ』

 あ、イーア。

『私としては無理やり起こされた感じ……でも悪い気はしない。ただそれでもちょっと不快かな』

 とイーアと頭の中で会話していると、左手で受けていた剣の圧力が消えていた。

『どうにも意識がはっきりしない辺り、そういう作用みたい。本当はもっと深い感じに影響するんだろうけど……ヨシュアさんみたいに』

 確かにヨシュアさんの様子を見ると、本来なら意識混濁とかそういうものではなく意識の中での認識を狂わせるとか、常に何かしらの電気信号を術者が送ってあやつるとか、そんな感じなんじゃないかなっていうのがなんとなくわかる。

「……どういうこと!?なんで私の指示通りに動かないの!」

「そりゃそうよ、イネ嬢ちゃんに限って言えば同じ種類の魔法の場合私でも多分無理だからねぇ、んじゃイネ嬢ちゃん、ちょっと暴れていいんよ、今日は許可するんよー」

 と少し意識の外、遠い場所から話し声とムーンラビットさんの許可するという単語だけははっきりと聞き取れた。

『よしイネ、やっちゃおう!』

 意識がはっきりしない感じで動くかどうか少し悩んでいたけど、イーアの言葉に反応する感じでP90を女の人がさっき居た辺りに発砲すると、意識の混濁が少し解消された。

 意識が少しはっきりしたところで周囲の様子をささっと確認してみると、大体の皆の配置は変わっていないけれど、女の人がお腹に風穴が空いていたのと、ヨシュアさんが頭を抱えている様子が確認が取れた。

 この状況で暴れるってなると……とりあえず女の人に向けてP90をもう一度バースト射撃してから、ヨシュアさんの手首を掴んで関節をいじり、剣を落とさせてから……投げる。

「な、なんなのこの子……」

「イネ嬢ちゃんはちょいと特殊でなぁ、もうひとりの自分とはっきり共存しててどっちも主人格として成り立つんよ。その上で精神魔法に関しては耐性が2倍レベルで、私レベルになれば何とでもなるけど……あんただと意識混濁からの覚醒させるだけなんよ」

 何やらムーンラビットさんが説明している気もするけど、ヨシュアさんに関節を決めるのに集中していてあまり気にならない。

 これも精神魔法の影響なのかなって思わなくもないけれど、妙な感じで意識がはっきりしてきているから別にいいかなとも思えてきている。

「リリア、イネ嬢ちゃんは今リミッター外れているような状態だからやりすぎそうになったら魔法の影響解除してあげてなー」

 さっきは外に出るように言っていたリリアに対して何か言ったってことは状況が落ち着いたのかな、イネちゃんはなんだか関節を決めるのが楽しくなってきてるんだけど、はっはっはっはっは。

「んで、あんたはどうする。肉体が役立たずになっちゃったら暗殺のしようがないと思うんやけど……もう血が足りないやろ?」

「耐性を超えてバーサークするなんて反則だ……」

「私は最初に言ったんよ、やめておいたほうがいいって。それより魔法解いたほうがええんじゃないん?」

 まだ会話が続いているみたいだけれど、こう、なんだか凄く楽しくなってきているイネちゃんとしてはもうちょっと強く関節を決めたくなってきている。もう行けるところまで行っちゃったほうがいいかな、いいよね?

「このままならそちらの戦力が減るだけ。でもこれ以上貴族の指示に従ったところで私は……」

「悩むんだったらこれを機会に教会に来るんやね、ヌーリエ教会でのアレコレ、噂程度だとしても今の待遇よりマシなんじゃないん?」

「私は代表なんだよ、だから私の身は私だけのものじゃない……」

「……まさか反乱軍の貴族連中って、あの時貴族軍が使ってたアレ、持ってるんか」

 ここで無言の時間が少し長めに続いて、ムーンラビットさんのため息が聞こえてくる……けど、なんだかイネちゃん関節を決めるのがとっても気持ちよくなって来た、これ以上いくと色々ポキポキ行くけどやっちゃう?やっちゃう?

「イネ、それ以上はダメ」

 リリアの優しい声と同時にイネちゃんの目の前に優しい光が広がると、今まで感じていた気持ちよさや上がったテンションが唐突に下がって状況がはっきりと認識できるようになってきた。

「……イネちゃん、やりすぎてた?」

 と呟くように聞くと、リリアだけが素直に首を縦に振ってくれた。

 あぁうん、聞いた直後に今キメてる関節でヨシュアさんの骨がミシミシ音を立てているのが聞こえてきた、拘束するだけならこんなにしめる必要はないからやりすぎだ。でもぼーっと感じるさっきまでの感覚が楽しかったなーっていうのもしっかり覚えていて、あれはイネちゃんの一面だったりするんだろうか。

「さて、うちの孫ですらあんたの魔法は瞬間的に解除されちゃうわけやけど、これ以上何かするんか?」

 ムーンラビットさんがいつもの調子で、内容的には最後通帳とも取れるようなことを女の人に向けて言う。

「何もできないでしょうね……ムーンラビット様はいつも相手の全てを封殺してから降伏勧告を行う方ですし」

「それが分かっていてまだ粘るんな、情報くれれば私含めヌーリエ教会でなんとかするんよ?反乱軍は明確に教会に向けて敵対行為を行ったと、とある村を襲ったことで判断されてるかんな」

 それを聞いた女の人は、初耳って感じの顔をしてから。

「教会に手を出したなんて聞いてない……あいつ、何を隠している」

「まぁ手を出していなくてもマッドスライムの案件があったかんな、襲われていなくても近いうちに介入するのは確定事項だったんよ。どっかの末端部隊がやらかした結果ってやつやね」

 統率が取れていない軍がやらかすのって、どこの世界でも伝統なのかなぁ。

 お父さんたちに見せられた映画でも大抵末端部隊が余計なことして大国に介入されるとかするし。

「……わかった、ここは1度引かせてもらう。但し1つ、私はまだシード・オーサを殺すことは諦めていない、ムーンラビット様がおられるなら別の手段を講じるだけなのだから」

 女の人がそう言うと、イネちゃんが関節をキメて拘束しているヨシュアさんの体全体から力が抜けて、その次の瞬間に女の人の姿が霧となって消えていた。

「ま、あんたの上司に伝えておきな。敵に回す相手を見誤ってるからごめんなさいするなら今のうちだってねー」

 いやここまでやってごめんなさいじゃすまないんじゃないかな、うん。

 だってもうオーサ領はボロボロって言っても言い過ぎじゃないくらいに大変なことになってるわけで、実際内紛とは言え戦争状態と言って差し支えないんじゃないかなとイネちゃんは思うわけですよ。

「謝罪1つで今の状況を赦すというのですか、貴女は」

「赦すよ。ヌーリエ教会なんやからな」

 イネちゃんと同じ考えをぶつけた女の人に、ムーンラビットさんは強い口調で即答した。許しちゃうんだ……。

「実行犯にはそれ相応の罰則はあるけど畑を耕す程度やしな。首謀者には責任とって失われた命の対価をちゃんと支払ってもらうけど、あんたは違うじゃろ?」

 まぁ暗殺者が首謀者ってパターンはほぼほぼ無いよね、映画とかならあったりするけど。

 でも霧状になっても会話できるんだね、空間自体が震えて聞こえてきてるから精神魔法の応用なんだろうけど、便利だなぁ。

「はいはい、そういうわけだからさっさと帰りな。ただあんたの暗殺対象はヌーリエ教会の庇護下にあるんよ、自分の意思で戦場に立つまではね。だから……次から狙う時に覚悟するんよ?」

 ぞわっとした!今の最後のほうぞわっとした!

 ムーンラビットさん味方には優しいけど敵に回したらまずい人っていうのが魂に刻まれた気がするよ……。

「う……」

 一応まだ関節をキメておいたヨシュアさんが短く唸ると同時、女の人が変化した霧が窓の外へと流れていった。

 ヨシュアさんの声で皆そっちに気を向けたから、その隙をって感じだったんだろうけれど……イネちゃんの場所から窓の方を見ると丁度ムーンラビットさんも視界に入る立ち位置なのでその動作がよく確認することができた。

 ヨシュアさんを1度も見ることなく、ずっと女の人が立ち去るのを手を振って見送ってた……いやまぁムーンラビットさんなら把握できるんだろうけど、ずっと微笑んでるから本当のところどうなのかってわからないのが少し怖くなってきた。

 いや今まではその余裕が頼もしかったんだよ、本当。

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