第78話 イネちゃんと療養、そして事件
あの後、後日ギルドにも連携を要請するとムーンラビットさんが言って、冒険者や傭兵登録しているイネちゃんとティラーさんがホッとして、ホッとしたところでイネちゃんは眠ってしまった。
ムーンラビットさんが治療したとか言ってたけれど、治癒魔法に関しては体力を一気に持っていかれるのを実感する形になった。
そういえばウルシィさんを治療したタタラさんでも、この対象の疲労に関してはどうしようもできないらしい、ムーンラビットさんは別のやり方も知っているらしいけれど、イネちゃんにはまだ早いとのことだった。えっちぃことだったりして。
一応イネちゃんが回復するまで全員ヴェルニアに滞在して、その後は優男さん、イクリスさんをシックに連行する形でイネちゃんたちも戻るって流れらしい。
それまでの間リリアはできる限りオオルさんの手伝い、ティラーさんはヨシュアさんと訓練、キュミラさんは……子供と遊んでいるらしい。
そしてイネちゃんはと言うと……。
「ではイネさんのほうもかなり大変だったのですね……」
「そんな、キャリーさんのほうも街の運営とか包囲されるとか……もっと大変だったんじゃない」
キャリーさんと別れてから起きた出来事について話していた。
「私はヨシュア様たちに手伝ってもらっていますし、何よりミルノが頑張ってくれていますので」
「そういえばミルノちゃんは今?」
「居住区の再整備のために街に出ています。ウルシィさんが護衛についてくれていますので安心ですが、まだアニムスにこの街を乗っ取られたのは先代……父が不甲斐なかったからだと言う者もいて、掴みかかられるのも少なくないみたいです」
「いやいや、それってひどくない。キャリーさんのお父さんを率先して倒そうとか言ったのは確かにアニムス……って人だと思うけれど、それに乗ったのは街の人のわけで……」
「いえ、それでも弁明を続けるべきだったのです。情報を開示して、理解を求めていればわかってくれる方も居たはずですので」
そんな会話をしているところで、部屋の扉が開く音がして2人でそちらに視線を移すと……。
「うわぁぁぁん、今日も子供達に羽をむしられたッス!3日でまた生えてくるとは言ってもこう連日だと飛べなくなっちゃうッスよ!」
涙目になったキュミラさんが泣きながら飛びついて来た。
キュミラさんは、体のサイズや空を飛ぶ筋肉量を考えるとかなり軽い。軽いのだけれど勢いよく飛びつかれるととてもじゃないけど今のイネちゃんでは受け止めることは難しい。つまり……。
「ぐぇ……」
「い、イネさぁぁぁん!」
もっふもふの羽毛ではあるのだけれど、キャリーさんの用意したこのベッドがかなりあったかいのもあって、ものすごく暑くなる。
「暑いからちょっと離れて……」
と言うだけ言ってみるものの、キュミラさんの羽が丁度顔の辺りにあるものだからもごもごって感じになってしまった。
「……でかい声が聞こえてきたから何事かと思ったら、またキュミラがやらかしたのか」
ティラーさんとヨシュアさんが部屋に入ってきたようで、声が聞こえる。
声だけに言及する理由はキュミラさんの羽でイネちゃんの視界が塞がれているからである。
「やらかしたってひどいッス!子供達に羽をむしられたハルピーの気持ちがわかるっていうんッスか!」
「だからまただろう、ここ数日毎日じゃないか」
うん、ティラーさんの言うとおり、キュミラさんは毎日子供に羽をむしられてはイネちゃんの寝ているベッドにダイブしに来てる。
キャリーさんのいるときに来たのは今日が初めてだけど。
ただキュミラさんの気持ちもわからないでもないんだよなぁ、アニムスが統治していた際に色々あったらしく、キャリーさんがヴェルニアの家督を継いで統治を初めてから日に日に子供の声が街に戻ってきたらしく、キュミラさんは今まで抑圧されていた子供達の遊び相手になっているわけだ。
まぁ本人がどう思っているのかはわからないけれど、少なくとも子供達にはいつも遊んでくれる楽しいお姉さんって感覚っぽいからね、むしられるのも子供達の愛情表現なのかも。
ただむしられる気持ちはわからないかな、ごめんね。
「それはそうとその状態だとイネちゃんが息できないだろう。ほれ、早く離れろ」
ティラーさんのその言葉と同時に呼吸と視界がクリアになる。
「ところで2人はどんな話をしていたんだい」
それと同時にヨシュアさんがイネちゃんとキャリーさんお話の内容について聞いてきた。この場の空気をスルーして話題を変える能力はどこから来るのかイネちゃんちょっと知りたい。
「別に特別なことは何もありませんよ、イネさんが私たちと別れてからの出来事と、ヴェルニアでの出来事を話していただけですので」
「へぇ、そういえばイネのほうで何があったのか細かくは知らないから興味があるな」
「坊主もまだ体力が戻っていない女の子相手に口説こうとしてるんじゃねぇ」
「え、そんな口説こうなんて……!訓練中も言いましたけど、イネがこちらの世界に来たときに最初の仲間ですって、気になりますよ!」
でもまぁ言い方がナンパだったよね、ティラーさんにそう思われるのも仕方ないよ、ヨシュアさん。
「ま、あの剣を受けてみれば坊主にはあまりそういう考えがないのもわかるけどな、少しはあるみたいだが、全くないよりは健全だしな!」
「ちょ、ティラーさん!」
……男同士の何かがあったのかな、女の子同士の恋ばなとかそんな感じなのが。
まぁイネちゃんはお父さんたちと訓練ばかりしてたから恋ばなとかしたことないけど。
ちなみにキャリーさんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いて、キュミラさんは何が何だかわからないって感じのキョトンとした顔をしている。
キャリーさんは貴族さんだし、ヴェルニアを追い立てられるまでの間に貴族の教育としてちゃんと知っているんだろうなぁ、イネちゃんはジェシカお母さんに教えてもらったけど。
「あぁでもティラーさん、ヨシュアさんの剣って結構凄くなかった?大丈夫?」
異世界転生系の主人公しているヨシュアさんなら、結構な剣技を習得してても不思議じゃないし、いくらぬらぬらひょんでも実力トップだったティラーさんだとしても結構きついと思うんだけど。
「まぁ、シック滞在中の訓練がなかったら負けてただろうが、さすがはササヤさんの開いた武技道場って感じだ、数日もあれば俺みたいな学の無い奴でも十二分に力をつけることができたわけだからな」
あ、シック滞在中に訓練してたんだね。
他のぬらぬらひょんの人たちも訓練を受けたりしたんだっけ、本当シックってなんでもあるなぁ……。
「正直これっていう型が無かったから戦いにくかったですよ、あれだけの柔軟な斧の扱いはほとんどの人が受け流せないんじゃないですか」
「全部受け流しておいて何言ってやがる、自慢か?まぁ最初の我流の部分が結構しっかりしていたらしくってな、いくつかの斧術に関しては型を覚えるだけで概ねできたから驚かれはしたが」
ティラーさんも大概じゃないかな!
それにしてもヨシュアさんは相変わらずのチート枠なようで、キャリーさんたちも安心して頼ることができそうだね。
再び談笑に戻ろうとしたところで、今度はミミルさんが慌てた様子で部屋に入ってきた。
「た、大変!」
入ってきたミミルさんの様子は、ベッドの上で体を起こしているイネちゃんから見ても泥で汚れているのがわかるくらいで、服の方も少し着崩れていてちょっと白い肌が見えてる。
それだけ慌てる出来事があったってことでもあるし、その様子を見て談笑していた場の空気が一気に張り詰めてるのがよくわかった。
「ウルシィとミルノが……居住区から戻ってくる最中、に襲われて……」
呼吸が乱れているからか、ところどころ文章が途切れる形の説明をしている。
それでも伝えたいことがわかりやすいように、重要な単語の語気を強めてくれたから皆の動きも、キュミラさんを除いて速かった。
「最初に動くのはまず男の俺たちだ、行くぞ坊主」
「は、はい、行きましょうティラーさん!」
「とりあえずミミルさん、お水を……」
ティラーさんの号令にヨシュアさんも合わせて部屋から外に出て行き、キャリーさんはミルノちゃんが心配だろうけど、まずミミルさんにお水を渡して落ち着かせている。
ベッドの上にいるイネちゃんも、とりあえず足と腕を少し動かしてみて、鈍ってはいるだろうけれど緊急時に動けないっていう最悪な事態にならないことを確認してから、そっと部屋の外に向かっていたキュミラさんに向かって。
「キュミラさんは空から探してみて!」
「うっ、やっぱりそう来たッス……わかったッス……」
とお願いしてからベッドから降りようとして……。
「イネさんはまだ安静にしていてください!」
とキャリーさんに強く言われてしまった為、ベッドの中に戻ることにした。
「うー、こういう時に動けないのはこう、もどかしいというかきっつい……」
「運び込まれた時、全身ただれていたんですから……治癒魔法で見た目はすっかり元通りですけど、本当大変な状態だったって自覚してください!」
うっ、何度聞いても結構な状態だったんだなぁ、そこを言われるとイネちゃんとしては弱い。
「でも、イネさんの気持ちはよくわかります。私も立場の上で動けませんから……」
今の状態、キャリーさんが一番辛いだろうからなぁ……。
現状で唯一の肉親であるミルノちゃんが被害者なのに、ヴェルニアという街、領土における当主である以上はおいそれと動けないわけで……。
「じゃあ私、教会の方にも知らせに行かないといけないから……ごめんね」
「いえ、私とイネさんは大丈夫だから、ミミルさんはミルノとウルシィさんのこと、お願いします」
「もちろん!行ってくるわ」
そうして部屋にはイネちゃんとキャリーさんの、最初の2人だけに戻ったけれど部屋の空気はかなり重いものになった。
ただ、この日に2人の行方が判明することはなかった。
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