第77話 イネちゃんと謎の組織

「……ネさ……イネ……ん」

 心地よい微睡みの中、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「イネさん!」

 大きな声と同時に誰かが抱きついてきた感覚で目を覚ました。

 見覚えのある豪華な天井……と、いうことは。

「ん、キャリーさん?」

「はい!イネさん、目が覚めて本当によかった……」

 いやぁ痛みで気絶しただけなんだからむしろ目覚めないほうがおかしかったと、気を失う直前の記憶を手繰り寄せてみてもそこまで心配される要素が無い気がする。

「はっはっは、いやぁあの将軍がまさかあんな隠し玉持ってるとは。精神体だった私じゃどのみち対応できなかったけど、よく助かったねー」

 今度はムーンラビットさんの声が聞こえてきた。

 えーっと、イネちゃんが気を失った後になにかあったってことなのかな。

「あの後将軍の奴、自分の両腕をマッドスライムに変化させてイネちゃんを掴んでな、手足の一部が少しただれていたんだよ。俺がもっと早く反応できていればよかったんだが……すまん」

 えー記憶のないことでティラーさんに謝られてしまった。

「えっと、意識を失っていて本当に何がなんだかって状態なんだけれど……どういう流れでイネちゃんは今ここでふかふかベッドの上に運ばれましたかね」

「それは私が説明させてもらおう。あれに拐かされて兵を動かしてしまった私の責任は大きいからな」

 ベッドから少し離れた場所にある椅子に座っていたどこか頼りなさそうな笑みを浮かべる、装飾が豪華な服を着ている男の人が声を上げた。え、誰?

「せやね、指揮官としてしっかり事の経緯を話してもらいたいし、丁度ええんよー」

 って、あぁ優男さんだったのか、あの超豪華な鎧がなくてわからなかった。

「全ては家督を継いだばかりで、リーグ将軍に政務に至るまで頼りきってしまったのが元凶……しかしどこから話せば良いものか」

「最初からと言いたいが病み上がりがいるからねぇ、今はヴェルニアを包囲した理由と経緯だけでええんよ」

 ムーンラビットさんがそう促すと優男さんは静かに首を縦に振り、話し始めた。

 と言ってもやっぱり長かったので要約すると、オーサ領盟主派だった父親が突然病死して急いで家督を継いだら、これは他の貴族の計略ですと将軍さんに唆されたらしく、その対象がこちらも家督を継いだばかりのキャリーさんだと言われて、長年家に使えてくれている将軍だから無条件で信じてしまったっていうことらしい。

 ちなみに長くなった理由はところどころ、今回の件に関係のない身の上話が多量にあったからだから、イネちゃん的に要約して見ました。まる。

「まぁあんたの父親を悪く言う気はないんやが、少なくともあんたは家督を継げるほどには勉強できていなかったってことよねー」

「それは言い訳のしようもない……今回の件は私がもっと自分で考えることをしていればよかったのだから」

「いや、その点ならあんたの命が繋がっている理由でもあるから、一概に悪いとも言いにくいねぇ。将軍は自分の思い通りにならない相手は切り捨てるだけの判断ができる奴だったわけだし、何より私の夢を自力で解除できるなにかを持っている程度にはいろんな方面で準備はしていたんやろうし。まぁ私が精神体が本体っていう点は調べてなかったみたいだけどね」

「そこなのだ、将軍は常に他の者と行動を共にしていた。そちらのほうは教会に調査をしてもらい将軍のような裏がなかったことは証明されている。つまり将軍はいつ、そのような準備をしていたのかがわからないのだ」

 なんというか、ムーンラビットさんと優男さんだけで会話が進む進む……。

 なんだかお話の内容も凄く大きいし、イネちゃんが口を挟めそうにもないから別にいいのだけれども、本当凄く規模が大きいお話だよ、これ。

「えっと、私も意見させていただいてもよろしいでしょうか……」

 と、ここでキャリーさんが会話に混ざってくる。

 ムーンラビットさんと優男さんが首を縦に振ってから手で促すと、キャリーさんも首を縦に振って続ける。

「仮定ですし、私の想像でしかありませんが……もしかして将軍は、先代の時から既に準備を始めていたのではないでしょうか」

 ここで一旦止めて、2人の反応を見て特に意見がないことを確認してから、また話し始めた。

「私はイクリス伯に仕えていた将軍のことは知りません。ですがヴェルニアの地でも起きた事件を鑑みた場合、イクリスでも同じことが起きない保証はありません。ヴェルニアでは宿客であった錬金術師が首謀者ではありましたが、将軍と同じくマッドスライムを用いて……いえ、開発をしていました。あの錬金術師が開発者であると考えれば、将軍が錬金術師と繋がりがないと考えるのは不自然なのです」

「そっか、マッドスライムが始めて確認されたのはここ、ヴェルニアやったな」

 キャリーさんの憶測ではあるものの、筋がしっかりしている説を聞いてムーンラビットさんも納得した。

 でも優男さんが。

「しかしそれでは将軍はいつからという問題も出て来るのです。私が家督を継いだのは先週のことですので、少なくともそれほど長い間とは信じられないのです……」

 これは、幼い頃の教育係をしていたとかのパターンかな?

 イネちゃんで言うなら、お父さんたちが将軍のようなことをしたって考えると優男さんの気持ちもわからないでもない。

「錬金術師も、ヴェルニアに入る前から様々な準備をしていたことが、奪還を果たした際の調査で判明しております。これに関しては勇者様立ち会いの元でしたので、ヌーリエ教会へご参照いただければ確認できます」

「……分かりました、私はこの後反乱を扇動した者としてオーサに赴く身のためいつ見られるようになるかわかりませんが、機会が許されれば……」

「いや、まずシックよ?」

 キャリーさんと優男さんとの会話が終わりの方向に流れていたところに、ムーンラビットさんがそう割り込んだ。

「今回の包囲に関して、ヴェルニア側にはあまり目立った被害はなかった点を鑑みた上で、トーカ領の略奪は私が直接受けた被害だからね、そっちが優先されるんよ。何よりオーサ領盟主たっての申し出だから、教会側としても保護扱いで真相究明に強力してもらうつもりよー」

 あぁ、完全に最初っから決まっていた流れだこれ。

 ムーンラビットさんはリリアとイネちゃんの修練以外の時間は、教会の偉い人たちが集まる会議に出ていたらしいから、既定路線って感じに思える。

 まぁそのへんは知っているイネちゃんたちだけで、キャリーさんや優男さんは驚くように口を半開きにして止まってるけど。

「はは、シード様と教会は既に色々決めていたわけだね。私の処遇も含めて」

「ま、誰が動くかまでは決まってなかったけどね。正直私で良かったというかなんというか……ササヤの奴に任せんでよかったんよー」

「あの軍神が出る可能性があったのですか……いや、それも致し方ない流れではあったのか……」

 軍神……前にもこっちの世界におけるササヤさんのあれこれを聞いた気がするけれど、改めて貴族さんが凄く真剣なトーンでそんな言葉を出すと少し笑いそうになる。

「軍……神……」

 おーい実の母親のムーンラビットさん、周囲が我慢しているんだから笑うのやめよ?

「あかん、娘の異名を他人から真剣なトーンで言われると耐えられん……」

 全力で笑うムーンラビットさんに、キャリーさんが咳払いをして止めて話を戻す。

「そ、それで。イクリス伯はシックで保護ということでしたが……それでは事後処理のほうは如何なさるのでしょうか。ヴェルニアを包囲していた軍勢は少なく見積もっても2000近く……」

「1600だよ、ヴェルニア伯」

「1600の兵をどこで受け入れるのか、帰還させるにしても食料の問題もありますし、統治者のいない土地は荒れるものです。ヌーリエ教会もヴェルニア再興の際、街の中に教会を建てるにも苦労なさるほどの人員不足、オーサ領では未だ他の反乱をしている貴族がいるのでシード様も人を割く余裕はありませんよ」

 キャリーさんの言葉で笑うのをやめて、真剣な表情でムーンラビットさんがそれに答える。

「一応トーカ領と話をつけて、教会が責任を持つということで一時受け入れは取り付けてるんよ、無論希望者にはシックまで行って受け入れるってことにしているから食料の問題は心配する必要はないんよ」

「そんなことまで決まっているということは、教会は私たちが知らない情報をどれだけ持っているのかと考えてしまいますね……」

「んなもん、いっぱいよー。でも概ね各地域盟主と同じくらいよ、あんたらの盟主であるシード・オーサも、少なくとも私が把握できているだけの情報は握っていると思ってええよー」

 つまり小領主には情報が行っていないってことだよね、こっちの世界の技術レベルで考えればある程度仕方ないとは言え、流石に伝令不足すぎないかな。

「私のような反乱を起こしてしまう領主がそれなりに居たのだ、シード様も警戒して情報を止めていたのだろう」

 まぁ、優男さんが今言ったように謀反や反乱の気配も知っていたと考えるべきだよね、むしろ統治者として情報を大事にしない人って部下が優秀か落ち目だったりするよね。

「ヴェルニアに関しては復興事業の途中だし、反乱云々の情報で手を止めさせない為と聞いていたねぇ。教会側としても危険地域に率先して向かいそうな人材が一番不足しているんで、情報は伏せていたしね、仕方ないんよ」

 いやそこは言っておいてあげて?

 ……ってそういえばヴェルニアに派遣された教会の人って誰だったんだろう。

「だからオオルの奴、会うなり抱きついてきたのか……」

 あ、リリアの弟さんだったのか。

 そういえば転移陣でこっちに来たとき居なかったから、割と最初からヴェルニアに派遣されてたりしたのかな。

「それでまぁ、イクリス伯は私が頭の中調べておいたんで大丈夫だとして話すけど……どうにも将軍やらなんやら、ここ最近の大きな事件でゴブリンが関わっていないものはマッドスライムが出てきてるんよね。今後も同じようなことが起きる可能性があるんで注意するんよ」

 とムーンラビットさんが話をまとめ始めたけれど、結構やばい内容じゃないですかね、それ。

「ま、私らは裏に何か組織的活動があると踏んで調査中、王家や各地盟主とも連携してるけれど対応が間に合っているわけじゃない。今回みたいな事件があった以上ヴェルニアや連中に扇動されただけの連中には手伝ってもらうことになるから、覚悟しておくんよ」

 そう言いながらキャリーさんと優男さんを見つめるムーンラビットさんの笑顔は、かなり輝いていた。

 だけど謎の組織とか、イネちゃんみたいな一般人が知っちゃってよかったのかなと思っちゃうね!怖い!

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