第73話 イネちゃんと訓練の日々

「はい、そこで更に自分の中に意識を向けてー」

 大聖堂の地下1階にある瞑想室にムーンラビットさんの声が響く。

「魔力の制御に関してはまず第一に自分自身をしっかりと把握することよー、例え自分の中に他の人格の1つや2つくらいあったところでそれは変わらんからねー」

 まぁこの講義を受けているのはリリアとイネちゃんの2人だけなんだけれど。

「意識を自分の中に置いたら、次は自分の中に流れるあったかいものを探してねー、そのあったかいものが魔力の流れで、大陸で生まれた生命なら特異体質やゴブリン以外には存在するから、2人には確実にあるからねー」

 ムーンラビットさんの言葉通りに意識を自分の中に向ける……向ける……。

「あぁぁぁやっぱりなんのことだかさっぱり!」

 叫んだイネちゃんの額にムーンラビットさんの指から飛ばされた純粋な魔力の塊がぶつかる。

 これが割と痛かったりするんだけど、ここ数日毎日これを食らってるからむしろ慣れてきてしまった感じまである。

「んーやっぱ人間種だと意識の集中はすぐにはできんかねぇ。イネ嬢ちゃんなら中の子と話す感じをイメージしてっつってもこれなんだから、やっぱ私みたいな淫魔みたいにはいかんか」

 ムーンラビットさんはそう言うものの、クォーターであるリリアは初日からすんなりできてる辺り、イネちゃん自身に問題があるんじゃないかとも思えるんだよねぇ。

「ともかく集中できないようなら、休憩しよっか。んじゃぷぅよろしく」

 ムーンラビットさんにぷぅと呼ばれた男の子が立ち上がってリリアの肩を叩いてから、イネちゃんに近づいてきて。

「今日から補助として参加させてもらうインプのぷぅです。ムーンラビット様の補佐をしていますが気軽にぷぅと呼んでいただければいいですよ」

 どことなく遠い目をしたぷぅさんは優しくイネちゃんが立ち上がるのを補助してくれると。

「……君はちょっと特殊っぽいね、特異体質ではないけど魔力の流れが全部内側の一箇所に向かってる感じで」

「それってどういうこと?」

 ぷぅさんの言葉にイネちゃんが返すと。

「イネ嬢ちゃんは別の人格のようでそうじゃない、ちょっと違う自分を持っているからね、私の予測じゃそれの維持に体内の魔力を全部使ってるんやと思ってるんよ」

 部屋の入口付近で座っていたムーンラビットさんが答えてくれた。

「ってばあちゃん、それだとイネって魔法とか使えないし、この訓練自体が……」

「リリア、そうじゃないんよ。今のイネ嬢ちゃんは一度回線を開けたら体内の魔力が一気に流れて身体強化されるけど、それはダムが決壊するようなもんでな、制御法は決壊じゃなくて、水量を調整できるようにと思って訓練してるんよー」

 あぁそういう。

 リリアが何か言いかけたようだけど、ムーンラビットさんが割り込んで言った説明はイネちゃんとしてはなんとなく覚えがある。

 イーアと会話できる状態だと、普段は意識は反応しても体がついていかないってような状態でも、むしろ体のほうが早く反応して対処できるとか、そういう感じになってたから。

「僕、それ事前に聞いていないんですが……」

「いやぷぅの仕事を考えると知ってても知らなくても問題ないじゃろ?」

「まぁ、そうですけど……はぁ」

 ぷぅさんかわいそう。

 イネちゃんはぷぅさんのお仕事のことはわからないけど、色々情報を与えられずにって失敗に繋がったりしないのかな。

「とりあえずはい、イネさんとリリア様、きなこもちです。食べてください」

「ん、丁度お腹空いてきたところだけど、これは?」

「ヌーリエ様の加護を強く与えた作物で作ったものですので、体力や魔力の回復ができます。味の方も美味しいので街では人気の銘菓ですよ」

 へぇそうなんだ……ってちょっとまって、今ぷぅさんリリアのことを様って呼ばなかった?

「じゃあリリア様もどうぞ」

「うん、これ美味しいんだよねー。ありがとうぷぅ君」

 あ、それが普通なんだ。

 でもいくらムーンラビットさんの補佐とは言っても、孫であるリリアを様付けするのってどうなんだろう。

「イネ嬢ちゃん、リリア……というか父親のタタラがな、司祭長候補の1人だったからシックだとリリアのことを様呼びする連中も少なくないんよ」

「って、え、なにそれ初耳なんだけど」

「まぁ言う必要はないからねぇ、今のタタラは1人の神官長で、リリアはその娘の神官であるっていうのが現実だし。司祭長だと土を触る機会が年4回しかないから兄に譲るって理由は、実にタタラらしかったんよー」

 いや、凄く鉄板ネタみたいに言って笑ってるけど、その流れって結構な騒動になったんじゃないの?

「ま、その時の流れで未だに司祭長としてタタラを押す勢力が残っててな、実子であるリリアを様付けする馬鹿がいるんよ」

「いや、僕の場合ムーンラビット様のお孫さんだからですからね、その時僕はまだシックの端っこでのんびり暮らしていましたし」

 ……普通にイネちゃんが最初に発想した理由だった。

 ともあれタタラさん、聖地ではかなりのカリスマだったのか、まぁ覚えているだけでもヌーカベ並の農作業ができるとか、それだけでヌーリエ教的にはすごいって言われるよね。

「よし、休憩終わり。じゃあ今度はリリアはそのまま自分の深層まで意識を潜らせて……」

 ムーンラビットさんが説明を始めたところで、瞑想室の扉が乱暴に開けられた。

「緊急です!」

 と入ってきた男の人は、リリアとイネちゃんを見て少し止まったけど……。

「別にええんよ、話なー」

 ムーンラビットさんが促したので、そのまま続けた。

「勇者様の消息が掴めなくなりました、直前にヴェルニアの街に戻るという報告がありましたが、未だに到着していないようです。更にそのヴェルニアにもオーサ領で起きている反乱の首謀者たちが全軍を持って包囲したとの報告がギルド経由で入りました」

 え、ココロさんとヒヒノさんが消息不明って……。

 それにヴェルニアが包囲されたって、キャリーさんとミルノちゃん、大丈夫かな……。

 イネちゃんがそんなことを考えていると、ムーンラビットさんが伝令の人に所感を伝える。

「あっそ、あの子らなら意図的に消息を消したんだろうし、そっちに人員は割かないでもええんよ。というより実の父親も同じこと言ったんでない?」

「……はい、大司祭様も同じことをおっしゃられました。ですが大聖堂の守護軍の中に少なからず動揺が広がっているので、何かしらの対応は必要かと」

「んー一兵卒にゃあの子らの実力は知らんのも多いから仕方ないんか。頭ごなしに心配すんなーと言っても納得できないのが多い感じかい」

 ムーンラビットさんはココロさんたちのことは心配していないみたい。

 しかも大司祭様が2人の父親で、人員を割く必要はないって言ったんだ……いやまぁあの2人の実力はイネちゃんも知ってるから、ムーンラビットさんの言うこともわかるけど……ちょっとどこかで納得できない。

「ともかく今は反乱軍に対しての対応準備中で、そろそろそれが終わるからちょい予定を早めて出発するって伝えておいて。それで動揺のほうは多少落ち着くっしょ」

 ムーンラビットさんの言葉に、伝令の人が少しホッとする感じの表情をしてから一礼して瞑想室から飛び出していった。

「んじゃリリアにイネ嬢ちゃん。ヴェルニアに行こうか」

 ……はい?

「ばあちゃん、ちゃんと説明して。今のやり取りを聞いた上だと余計にわからないから」

 リリアもムーンラビットさんの意図がわからなかったようで、質問をした。

 でも答えたのはムーンラビットさんじゃなく……。

「あの人がスパイだからですよ。それっぽいことを言って煙に巻いた上で利用しようとしているだけです」

 ぷぅさんが説明すると、ムーンラビットさんはとてもいい笑顔をして。

「そゆこと。シック内部で私の前に出て来る伝令役が読心対策を頑張って施しているのはおかしいを通り越してあからさますぎてなぁ。笑うの我慢するの疲れたんよー」

 ふむ、言いたいこととかは概ね理解できた。

 でも色々気になることもあるし、何よりイネちゃんとリリアが今の状態でヴェルニアに行ったとして、できることは無い気がする。

「いやでも反乱軍が教会に密偵なんて……意味は?」

 リリアも同じ感じらしく、疑問をぶつけている。

「ヌーリエ教会が動いたら反乱軍のほうは完全終了なわけでな、教会の動きは喉から手が出るほど欲しがるわけよ。そのうえで動いて欲しくないところの情報はしっかり、それこそ私よりも集めてるわけでな。少なくとも司祭長に私、勇者とササヤに関してはこれでも勝手くらい警戒してるだろうねぇ、村の件は私が捉えた連中への尋問で何も知らされていない一兵卒だったことがわかってるから、事故みたいなもんやしな」

 事故であんなことが起きたらたまったもんじゃない気がするけど、有事であるならおかしくはないことか、略奪の部類だし。

「でもそれなら余計に、私がヴェルニアに行ったところで何も……」

「あぁうん、リリアとイネ嬢ちゃんはおまけ。私の言い訳用よー?」

 はい?

「やんちゃした連中にはしっかりと覚悟と敵に回した相手の大きさを教えてあげないといけないでしょ、そんで私が出るのが一番犠牲が少なくて手っ取り早いんよー。ただ司祭っていう肩書きは案外動くのに制限があってねぇ、リリアとイネ嬢ちゃんの実地訓練って名目なら、行けたりしちゃうわけよー」

 それ、絶対後で怒られるパターンだと思うんですが。

「じゃあ僕は体裁だけ整えてきますね、ムーンラビット様がここまで言う段階になったらもう全部決めた後なので、何を言っても無駄ですし」

 ぷぅさんはぷぅさんで達観しちゃってる……、もういつものことってことなんだろうけど、完全にリリアとイネちゃん、巻き込まれてるだけだよね。

 リリアが諦めた感じのため息をついてから、立ち上がってムーンラビットさんに近づいて肩に手をおいてから。

「ばあちゃん、今回はなんかもう色々決まっちゃった後みたいだし、諦めるけど条件がいくつかある」

「なんだい我が孫よ、私にできる範囲でならええんよー」

 リリアの口元が「言質は取った」みたいに少し笑ってから、続ける。

「イネと一緒に私の護衛で雇われてるハルピーの女の子と、もうひとり男の人も一緒に連れて行くこと」

「おぉ、それくらいなら……」

 ムーンラビットさんの言葉を遮って、リリアが続けた。

「後、母さんに連絡すること。こっちが最低条件ね」

 リリアのその言葉に、ムーンラビットさんは1拍おいてから。

「リリア、それは酷すぎるんよー!」

 瞑想室に叫び声がこだました。

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