第72話 イネちゃんと再会

「大聖堂の1階も賑わっていたけど、街はそれ以上だねぇ……」

 麦畑を抜けたところで目に飛び込んできたのは、こっちの世界で訪れたことのあるどの街や村と比べても圧倒的な人の賑わいだった。

 いやこれはあっちの世界と比べてもちょっとしたものって感じがするかな、人口密度もかなりのものって感じもするし。

「大陸の中でも一番の大都市になるからね。確か王都と比べてもシックのほうが人口も多かったはずだし」

「王都よりって……しかも人口管理ができてるの?」

「今の人口はわからないけどね、大きい街であると同時に人の出入りも激しいから。でも私が暮らしていたときは100万に届くかどうかだった記憶があるかな」

 魔法文化があるから一概には言い切れないけど、全体的にあっちの世界で言う中世くらいの技術、文化レベルで100万人規模ってかなりすごいんじゃないかな。

「あ、イネさんッス!イネさぁぁぁぁん」

 リリアとそんな会話をしていたら、突然目の前が暗くなってちょっと獣臭くって生暖かいものに抱きつかれた。いやこの特徴的な口調でわかるんだけどさ。

「えっとキュミラさんや、離れてもらってもいいですかね」

「も、申し訳ないッス。でも心配したんッスよ、リリアさんのおばあちゃんに引っ張られて聖地に来たら死んだように眠っていたんッスから」

「引っ張られたって、戦闘中どこにいたのかな、うん」

「ひぃ、その笑顔は怖いッス!で、でも私なんかじゃ訓練された兵隊には勝てないッスよ!すぐに羽をむしられて大変なことされるに決まっていたッス!」

 まぁ、熊さんや狼さんとの戦いの時にキュミラさんの戦闘能力は把握してたから、その辺りは別に怒ってはいないんだけれど……。

「だったら村周辺に何か居たとか確認したら知らせてくれればよかったのに」

「そ、それはその…………居眠りしていてすいませんしたッス!」

 あぁうん、キュミラさんはこういう人だよね。

 でもなんだか落ち着く辺り、イネちゃんはキュミラさんのこういうだらしないところに癒しを感じているのかもしれない。それって割とペットっぽいけど。

「いきなり飛び出したと思ったらなる程、イネちゃんとリリアちゃんだったか」

 そう言いながら近づいてくる、見覚えのあるヒャッハースタイルの男性は……。

「ティラーさん、ご心配お掛けしちゃったみたいで……」

「いやいいさ、むしろ俺も実力が足りず無茶させちまったわけだからな。お詫びというわけでもないが飯くらいは奢らせてくれ」

「そんな悪いよ……ねぇ、ちょっと聞きたいんだけれど、答えにくかったら断ってくれていいんだけども」

 ティラーさんとの再会にふと疑問になったことをすぐにぶつけてみる。

 モヒカンなのは変わらないけれど、ティラーさんの服装が肩パットじゃないし、他のぬらぬらひょんの人が見当たらないのが気になった。

「他のぬらぬらひょんの人は、どうしたの?」

 イネちゃんの質問を聞いた直後、ティラーさんの表情が笑顔から真剣なものに変わった。

「いやな、俺たちは元は街のチンピラ上がりの傭兵団だったんだが……戦闘が得意な奴は害獣駆除とあの村防衛でかなりやられちまって、聖地で人員補充もうまくいかなかったんでな、コーザの野郎が今は解散するって言ったんだよ」

「えっと、それは……」

「おっと、イネちゃんが謝る必要はない。むしろ謝られたほうがキツイ。イネちゃんはいくら強いって言っても単独で村全体を守れるほどじゃないだろう?」

 ティラーさんがそこまで言ったところで、首を縦に振った。

 確かに、今のイネちゃんの実力でぬらぬらひょんの解散について謝るのは筋違いもいいところだし、あの問イネちゃんが単独で守れなかったのも事実なのだから、傲慢や勘違いって言われても仕方のないことだよね。

「でまぁ、一度傭兵団は解散として冒険者登録して各々が強くなろうってことになったわけだ。もうシックを出た連中のほうが多いし、残っている連中もヌーリエ教会のお抱え軍に鍛えてもらうって言ってるから、俺は暇になってたんだよ」

「いや、暇って……それはなんでって聞いてもいいよね」

 各々が強くなろうって言って他の人は教会軍に鍛えてもらうとかやっているのに、ぬらぬらひょんで一番強かったティラーさんが暇っていうのはどうなんだろう、冒険者として再出発するにしても、割と引く手あまたな気がするのに。

「その、なんだ。イネちゃんのチーム、まともに戦える奴が少ないように見えたからな……やれることが多そうだし、何よりイネちゃんから学べることが多そうだからと思って…………よかったら、仲間に入れてくれないか」

 女の子パーティーにガタイのいい男の人が!?

 いやイネちゃんは別に構わないのだけれど……。

「別にいいんじゃないかな……まぁ聖地巡礼はオーサ領の反乱の件が落ち着いてから再開って形になるから、しばらくは暇が続くと思うけれど」

 雇い主であるリリアは賛成。

「私は楽できるならどっちでもいいッスよ。というよりなんか私にそのへんの決定権がない気がするッス」

 キュミラさんは……必要以上に萎縮してしまっているね、さっきちょっと威圧しすぎたかな……。

「お願いしたことをやってくれれば無いなんてことは……」

「いやイネちゃん誤魔化されるな、今こいつは楽できるならと最初に言っていたんだぞ」

 うぉ、ティラーさんの言うとおりだ。

 ……いや、キュミラさんはある意味これでいいのか、サボリ魔のお調子者だし。イネちゃんたちが容認するかどうかってことだしね。

「はは、まぁ私は改めてお願いするよ。というよりも増えるのはいいけど減ったりしたらヌーリエ様の精神をわかってないとか、母さんに言われそうだし」

「ヌーリエ様の精神?」

「うん、みんな違って、みんないい。他人ひとのいい点を見つめろとかそんな感じ」

 かなりの博愛主義というかなんというか……。

 食の分野に特化した結果って感じもするけれど、今のところ出会ったヌーリエ教会の人たちって対価を求めてくる場面のほうが少なかった気がする。

 求めてきても、イネちゃんのほうが得だったりするような、そんな感じだったし。

「でも実際のところ、いつ巡礼の旅を再開できるのかわからないんだよね……村のほうもばあちゃんの責任で防衛を強化して再開発するみたいだし、私のやることが今、無いというか……」

「いや、でもあれはもう仕方ないだろうさ。オーサ領で起きた反乱の影響がトーカ領にまで及んでいた分には王家も教会も静観しているようだったが、教会のほうは明確に被害を受けたとして介入を決めたからな、近いうちに王家のほうにも動きがあるんじゃないかと思うんだが……」

 落ち込むリリアにティラーさんが冷静な言葉をかけるけれど、でも確かに事態が落ち着くまではリリアが動けず、その護衛のイネちゃんも同じように動くことができないんだよね。

 皆のテンションが落ちる中、ぐぅぅ~という音が鳴り響く。

「あ、多分私ッス……って流石に食べた直後は鳴らないッス!」

 キュミラさんの1人ノリツッコミを横目にイネちゃんは少し顔を赤くする。

 それに気づいたのか、リリアとティラーさんは優しい顔になって。

「3日食べてないから、仕方ないよ」

「しかしそうなると重いものは駄目だな、シックなら体に優しい料理ばかりではあるが……完全に空腹状態だとそれでも限られる気がするが、何かあったか」

 うぅ、2人の優しさでイネちゃんの恥ずかしさが更に加速する……。

「うん、だからお米のお菓子とかならいいかなって。お粥とか野菜スープとかも置いてある店だから万が一駄目でも大丈夫……だと思う」

「そういえばちょっと気になってたけど、お米のお菓子ってどんなものなの?」

「お餅とかが中心だけど、最近異世界のお菓子を作るためだけの……えっと、機械?だったかが搬入されてね、それが人気なんだよ」

 え、あっちの世界からそんな機械が?

 でもお米のお菓子を作るためだけの機械ってなんだろう、イネちゃんの知識の中だとそういうのがあったとかはあまり出てこない。

「ほら、あそこ、今から名物のそれがあるよ」

 リリアが指差しで示した場所を皆で見たとほぼ同時に、パァンという大きな音が空気を震わせた。

「丁度できたみたいだね、じゃあ行こうか」

 そう言って走りだしたリリアの後を追って、音のした場所にイネちゃんたちが近づくと、金属製の籠のついたコンクリートミキサーのような器具が目に入ってきた。

「はーい、ポン菓子ができたよー、出来立てのポン菓子だよー」

 あ、その名称は聞いたことがある。

 残念なことにイネちゃんは食べたことも見たこともないけど。

「くださーい、4人分!」

「お、お嬢さん綺麗だからおまけするよ、ちょっと多めに入れちゃおう!」

 なんだか個人商店におけるテンプレートな会話を聞いた気がする。

 リリアにポン菓子を店主のお兄さん……ケモ耳だけどなんの獣人さんだろう、もう子供達に囲まれてて尻尾が見えないからわからないや。

「はい、これがポン菓子。本当は色々ソースとかをかけるらしいけど、今は塩で我慢してね」

 渡されたポン菓子を1つ口に入れると、ほのかについた薄い塩味が口の中に広がってきて……。

「うっ……ちょっと、体が飲み込むのを拒否している感じ……」

 決してまずいわけじゃないしむしろ美味しいんだけれど、空腹状態のお腹にはポン菓子ですら重かったらしい。

「いや、これ3日間何も食べていない状態でいきなり食べるとなると重いんじゃないか?」

「そっか……じゃあお粥とスープをもらってくる。病み上がりの人なら無料だから」

「それならイネちゃんも一緒に、ポン菓子持ちながらだとその2つは持てないだろうから」

「……うん、じゃあ一緒に行こうか、イネ」

 そういうリリアの笑顔は、とても可愛かったです。

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