第70話 イネちゃんと聖地シック
村から転送されて3日、ようやく動けるようになったイネちゃんはお布団の外に出て部屋の外に出るとそこには一面の黄金色が広がっていた。
「あ、イネさん。もう動いて大丈夫ですか?」
と聴き慣れた声を聞いて振り向く。
「うん、リリアさんのほうは大丈夫?」
「私は、特に疲れるようなことはなかったので、まぁばあちゃんの事後処理を手伝わされたけど……あ、それとキュミラさんは無事見つかりましたよ」
見つかったんだ。一体何をしていたのか……。
「なんでも上空で震えていたとか……ばあちゃんが数人の兵隊と一緒に引っ張ってきて今はシックにあるギルドで食っちゃ寝してます」
「食っちゃ寝なんだ……」
いやまぁ転送直後からまるまる意識失ってたイネちゃんが言うのもアレだけど。
それで転送されてから3日だっていうのがなんでわかったのかっていうのは、お布団のそばに置いてあったイネちゃんの装備の中にあるスマホで確認できたんだよね。バッテリーが持ってたことに微妙に驚いたけど、なんでもシックにはこっちの世界で試験的に発電所があるらしいんだよね、ソーラーと風力だけらしいけれど。
「そういえばこの3日間で何か新しい出来事とか、あった?」
「いえ、私には特に何も……ばあちゃんは戻ってきてから毎日会議に出席しているみたいだけれど、気にすんなの一点張りで……」
事後処理に会議……そういえばムーンラビットさんってアレでも司祭様なんだっけ。
村での言動を考えるとそういうお堅い肩書きを感じなかったからちょっと驚いちゃう。
「お、イネ嬢ちゃんやっと歩けるようになったんねー」
と噂をすればムーンラビットさんが現れた。
「ばあちゃん、会議は終わったの?」
「ここ数日で概ねの動きは決まってたからねぇ、今日の会議はその承認の手続き。つまり形式的なものだから、実質私は何もやることなかったんよー」
ヌーリエ教会でも、やっぱりそういうのはあるんだね、組織である以上当然だけれど。
「初動はササヤが動いたけど、開拓村の防衛も同時に担当してたからね。ようやっとシックからの部隊派遣が決まってな。あの村には少なくともヌーリエ教会が当面の間管理する形で、外壁とかをしっかり作ってから村人の帰還を行うってことになったんよ」
「……それだとマッドスライム相手はきつくないかな」
今の説明に呟いたイネちゃんのソレに対して、ムーンラビットは優しい笑顔で。
「マッドスライムが居る前提で部隊を編成したから、安心するんよ。実際あれは初級魔法で完封できる可能性が高いってんで、氷結や石化が使える連中中心で派遣するんよ」
そう言ってイネちゃんの頭をポンポンとすると、その手を光らせた。
「ほい、あの時強制的に閉じさせてもらった頭の回線も開いたから、今度はあの力をうっかり使うんじゃないんよ」
その言葉通りに、イネちゃんの頭がスッキリした感じになって体のほうも少し軽くなった。
「あの力は専門の訓練と強化魔法の類を習得しないと、反動が大きすぎて切り札としても危なっかしいからねぇ。あれ以上使ってたら骨が折れてた右手首、後遺症が残っちゃってたんよ?」
ムーンラビットさんはイネちゃんの右手を指差して言う。
そう言えば踏まれた時に違和感を感じて、その後いつもなら流せる銃の反動もうまく流せなかった。あれ、折れてたんだ……。
「というわけで回線は戻したけどしばらくは使用禁止な。オーサ領の反乱事案が解決するまではリリアの聖地巡礼も停止だし、ここで私がイネ嬢ちゃんのその力の使い方をしっかり教えてあげるからねぇ」
「そんな、でも……」
と断ろうとするも、あの時の状況とイネちゃんの今の実力を思い返して、言葉をつまらせる。
「なぁに、リリアのほうも似たような状態だし、訓練内容は同じだからついでよーだから気にしないでいいんよ」
「え!?」
今リリアさんが初耳って感じの声を上げたんですが……。
でも特別な扱いでもなく、リリアさんの訓練のついでだって言うのなら余計に労力を割いてもらうことにはならないの、かな?
「まぁ今日は病み上がりだし、リリア、イネ嬢ちゃんとシックの街を回ってくるとええんよ、田園風景って案外心を落ち着けるだけの効果が見込めるらしいしね、療養の意味でも回ってくるとええんよ」
それだけ言って、イネちゃんたちが何か質問する前にムーンラビットさんは立ち去ってしまった。
「……やけに肌ツヤが輝いていた気がするけど、シックってそういう加護もあったりするの?」
見送る時に振り向くムーンラビットさんの頬がかなりもっちりツヤツヤだった気がする。気がするだけかもしれないし、そもそもサキュバスの特性かもしれないけれど、村にいたとき以上に光っていた気がするんだよなぁ。
「あぁ、えっとそれは……気のせいだよ!そ、それよりシックを案内するから行こうか!」
なんだからリリアさんがすごい慌てた感じに室内に入っていった。
そういえばここ、欄干っぽい感じの屋外通路になっていて、この通路にはどうにも階段らしきものどころか、はしごすらついていない。
となれば中からしか上り下りができない作りになっているのかな、結構見晴らしがよかったから、それなりに背の高い建物だとは思うんだけれど……こっちの世界だとそんなに背の高い建物なんて王様のお城以外にあったっけ?
「イネさん、こっち!」
リリアさんの声が聞こえてそちらを向くと、木造の廊下に比較的緩い傾斜の階段のところでリリアさんが顔だけだしていた。
なんともバリアフリー化した日本家屋……というよりは日本城郭って印象を受ける。
「なんだか、お城っぽいね」
そういうイネちゃんに、リリアさんは不思議そうな顔をして。
「全部大理石とかでは無いのに、お城?」
あぁそういうことか、こっちの世界だとこういう作りの建物の記憶が無いのは、イーアの持ってた絵本とかには王様のお城の絵しかなかったからか。
つまりはこっちの世界でお城というと大理石の西洋風で、おそらくこういう木造の日本城郭っぽいのは違うんだね。
「うん、イネちゃんの暮らしていた、お父さんたちの……コーイチお父さんとムツキお父さんの国ではその昔、こんな感じの木造のお城だったって聞いたことあるし、連れて行ってもらったこともあるから」
「へぇ……異世界だと大聖堂がお城だったりするんだ。でもそれっていつでも行けたりするの?」
「うん、お城としての役割はもうなくて、観光地として維持されてるからいつでも行こうと思えばいけるかな」
階段を降りながらリリアさんとそんな会話をする。
ともあれ日本城郭っぽいこの建物、大聖堂だったんだね、イネちゃんすごいところで寝かされてたんだなぁ。
「大聖堂も上層は似たようなものですよ、ただ公共機関もありますが……あ、イネさんが寝ていたのは診療所の寝室なんですよ」
お城に診療所……すごい作りだね。
ともあれ階段を2階分降りたところで雑踏のような音が聞こえてくる。
この階はまだ静かな感じだけど、下の階は結構賑わってるのかな、お城……じゃなく大聖堂なのに。
「凄く賑わってる感じだけど、この下ってどんな感じなの?」
あまりに気になったのでリリアさんに聞いてみる。
公共機関としても笑い声のほうが多いっていうのは流石に気になるんだよ。
「各種手続きをする役所ですよ」
え、今なんて?
イネちゃんの表情を見て察したのか、リリアさんが苦笑する感じに説明してくれた。
「えっと、飲食所も併設されてるのでそっちの賑わいが伝わってきてるのかと……」
「あぁそういえば開拓町のほうも飲食店併設してたっけ……」
ヌーリエ教会ってなんだか色々ごちゃっとしてるよね、宗教団体でありお役所でありって感じで。
そして階段を降りると、まず目に飛び込んできたのはお役所って感じのカウンターと机や棚が設置されている場所で、階段を降りて横を見ると居間という感じの区切られた空間がいくつかあって、いろんな人がそこでご飯を食べていた。
「民間人はここと、上の階にしか立ち入りができないんだよ。ヌーリエ教会の運営会議とかは大聖堂の地下で行われるから、そっちは立ち入り禁止」
「行政の中心が地下なんだ、逆かと思った」
天守があるなら、そっちにって思うのはイネちゃんがあっちの世界で暮らしていたからかもしれないけど、確かイーアが読んでもらった絵本のお城も上層が重要区画だった記憶があるんだよね。
「王侯貴族は上層のほうに住んだり、軍施設を配置するみたいだけどね。ヌーリエ様は大地の女神様だから、最もヌーリエ様に近い場所でってことで教会では下の方に重要なものを配置するんだよ」
宗教的理由だった。
そういえばふと気になったけど、ヌーリエ様ってどういう神様なんだっけか。
「ヌーリエ様は大地の女神様、っていうけど、イネちゃん詳細に関してはあまり知らないんだけど……」
教えてくれる?と口にする直前に。
「イネさん知らないんですか!?……ってそれはそうですよね、幼い頃に異世界に渡って成長したのなら知らなくても致し方ないのか」
なんだか中途半端に敬語とくだけた口調が混ざって変な感じだけど、リリアさんはそう自身の中で答えを出して納得した。
イネちゃんとしては実際その通りなので特に何も言わずにおく。
「そうですね……ではシックの街を見て回りながら説明しましょう。そちらのほうがヌーリエ様のお力も説明しやすいですし」
どういう意味なのかは今のイネちゃんにはわからなかったけれど、リリアさんに連れられて大聖堂から外に出た時の違和感で、その言葉の意味を少し理解したのだった。
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