第69話 イネちゃんと淫欲の悪魔
「な、なんだお前は……!」
ムーンラビットさんに向かって、軽口を叩いていた人が狼狽しながら聞くと。
「で、怪我人担いで素直に帰ってくれないかねぇ」
ムーンラビットさんは答えずに、要求だけを述べた。
「だから何なんだよお前らは!」
「今主導権を握っているのは私らよー。質問は許可しないんよー」
そういうムーンラビットさんの瞳は、魔法を使っているリリアさんや、全力を出している時のササヤさん以上に深紅に輝いているのが確認できる。
「村の裏から襲撃してきた連中は全員無力化済みで、正直なとこまともに動けるのはあんただけなんよ、もうちょい健康体残しておけばよかったかなと思うねぇ、怪我人運搬要員として」
「な、何を馬鹿な……」
「野盗まがいの部隊なんざ中隊規模いようが関係ないんよ。最も私にとっちゃ相手が大軍であればあるほど楽になるんやけど。まぁそっちの奴は怪我を治しておいてやるんよ、その代わり……」
そう言って指を鳴らすと同時に、ムーンラビットさんの声が2重に発せられる。
『とりあえず盛っとけ』
その言葉の直後、大男の体をピンク色の光が包んだと思ったら傷が全部ふさがり……腰を振り始めた。
「で、あんたはどうなりたいん?とりあえずこの村の人的被害は、あらかじめ全員避難させておいたんで防衛に出た数人が重軽傷を負った程度なんで、私のいつものはやらんでおいてやるけど……」
完全にへっぴり腰になっていた男は、呟くような感じに「た、たすけ……」って言ってるあたり、もう答えられない気がする。
「ふん、気概がない……ってイネ嬢ちゃん危ないんよ」
切迫感が一切ない注意に対し、私は後ろに飛ぶと立っていた場所に溶解液が落ちて音を上げる。
「ふーん、こいつがマッドスライムねぇ。既にイネ嬢ちゃんが2匹倒してるみたいだけど……流石にこれは処分しとくか。プラズマフレイム」
普通に話している流れで魔法の名前を口にした途端、マッドスライムに電流が走り……焼失した。
「まぁ、基礎魔法でもこんなもんか。実戦投入している連中のオツムがしれるねぇ。で、イネ嬢ちゃんちょっとごめんなー」
私が唖然とその様子を見ていると、ムーンラビットさんが私の額に指をつけて。
「ちょっち頭の回線を1個閉じるんよ、体のために、な」
ムーンラビットさんの指先が光ると同時に、イーアの声がまったく聞こえなくなって全身から力が抜け……。
「いったぁぁぁぁぁぃ!」
痛みが襲ってきた。
「まったく、無茶しやがって……んじゃぁまずは教会に戻るんよ」
そう言うムーンラビットさんの体が薄いピンク色に光ると、脱力したイネちゃんを持ち上げた。
「む、強化しても少し重い……まぁ戻ったあとは傭兵団に任せればええか。ところで……」
ムーンラビットさんは立ち止まり、腰が抜けている男のほうを見て。
「後ろから襲いかかられるのも嫌だし、やっぱ少し盛っとけ」
そう言って指を鳴らした直後、男はベルトに手を当てて外し始めたので痛む体を我慢して見ないように目を覆う。
「うんうん、イネ嬢ちゃんには刺激が強いかもしれんから、そのまま見ざる聞かざるするんよー」
そう言ってムーンラビットさんはイネちゃんを担いで、教会へと向かい始めた。
その道中、ところどころで嬌声や地面の焦げた匂いがしたあたり、ムーンラビットさんが盛大に暴れたことが伺えた。
そしてイネちゃんとしては、また守られるだけの状態になっていることにだんだん気持ちが沈んできたところで、教会についたのか動きが止まる。
「うん、イネ嬢ちゃんを回収するまで迷っていたけど、こりゃ村ごと一度シックに避難やねぇ。流石にちょっち厳しい」
「えっと、それって……」
どういうこと。というのを口にする前にムーンラビットさんが答える。
「一度襲撃された上、虎の子のマッドスライムまで全滅。そんな報告が上がれば報復しにくる可能性は高いんよ。私は万能じゃないってのは今回襲撃されたことからわかってもらえるとは思うけど、毎回毎回村が壊されたり畑が荒らされるのは流石に心が折れるかんね。と、教会についたから周り見たりしても平気なんよー」
「イネさん!」
ムーンラビットさんの言葉が終わるあたりで、リリアさんの叫びに似た声が聞こえてきた。
「リリア、イネ嬢ちゃんはちょっち無茶して全身筋肉痛状態だからあとでな。とりあえず転送陣の準備。全員シックに避難させるんよー」
ムーンラビットさんのその言葉に、リリアさんの後を追って出てきた、村の人やぬらぬらひょんの人、全員が固まる。
「え、でもそれって……」
まぁ、村を捨てるってことになるよね。イネちゃんは今完全に動けない状態だから口を動かすのも辛いくらいなので流れを見守るしかできないけど。
「私がいれば、確かに撃退し続けられるだろうけどねぇ。でもその度に畑や外壁を修復するん?毎回だよ?」
その言葉に、全員が口を紡いだ。
「何も未来永劫捨てろなんて言わないんよ。少なくともこういう自体がそうそう起きないように事態を収拾させるまでのお話。今回に関しては私が直接対処したんで、シックで説明する分にも説得しやすいかんな、人を動かしてさっさと帰れるように私は配慮するんよー」
ムーンラビットさんの言葉に、皆は静かに唇を噛んで手を拳にして握りこむのが見える。
「……司祭様のおっしゃることだ、ここは従おう。それに村はまた作れるが、人の命には変えられんしな」
おじいさんがそう言うと、皆が首を縦に振ってそれぞれが自分なりに自身を納得させて教会の中へと入っていった。
「で、傭兵団の……えーっとぬらりひょん?」
「ぬらぬらひょんです」
「あぁそうだった、ぬらぬらひょんの誰でもいいんだけど、この子の運搬を変わってもらっていいかね」
「……俺が背負う。俺が教会に行くために残ってくれた結果なんだから、俺がやるべきだ」
「別にそういうのはないと思うけどねぇ、まぁいいや」
そのやり取りがあって、イネちゃんはムーンラビットさんからティラーさんに渡された。
イネちゃんを背負った時、ティラーさんがちょっと重そうにしたけど、まぁ装備満載で合計100kg到達しててもおかしくないから、うん。決してイネちゃんだけが重いわけではない、はず。
「リリア、転送陣の準備は……まぁ急がなくていいからしっかり起動して皆を送るんよ」
ムーンラビットさんはそう言って踵を返す。
「ちょ、ちょっとばあちゃんはどこ行くつもりなのさ!」
「んーハルピーの嬢ちゃんがちょっと行方不明だから探しに。探知範囲に居ないんよなぁ。まぁつまみ食いはそこまでする気はないから安心しなさいな」
あぁ、そういえばキュミラさんが居ない。
ところでつまみ食いってムーンラビットさんは何をする気なんですかね。
「ほれ、捜索するんだからそんなにつまみ食いしまくる心配はしんでもええよ、早く村人と……イネ嬢ちゃんをゆっくり休める場所まで案内してあげな」
ティラーさんに担がれたイネちゃんには動作までは確認できないものの、ムーンラビットさんの言い方や今までの言動を考えたらなんとなく、動物とかを追い払うようなて感じに手を動かしたんじゃないかな、勝手な想像だけれど。
「……わかったよ、でも本当無茶しないでね。私はばーちゃんも心配なんだから」
「まだリリアに心配されるほどもうろくしているつもりはないねぇ。というかサキュバスってそのへんとは無縁だから安心してさっさと行きなー」
ムーンラビットさんはそう言ってから地面を蹴る音と、風切り音を鳴らして飛んでいった……っぽい。見えないから仕方ないね。
ムーンラビットさんが立ち去ってから少し間をおいて……。
「……よし、転送陣を起動するので、非戦闘員のお子さんから優先して転送します」
リリアさんが号令をかけると同時に教会の居間に土足のまま入る。緊急事態だから土足厳禁を守らないでもいいのかな。
まぁ確かに現時点でまともに戦闘ができるのはぬらぬらひょんの人だけだし、だからだとは思うけれど、色々あってもあまり取り乱したり、慌てたりしないリリアさんにしては珍しいような気もした。
「よし、イネちゃん。先に行ってもらうからな」
ティラーさんはそう言ってリリアさんの後を追うと、うっすら地面の光っている場所にイネちゃんを置いた。
「今の状態だと俺が一番戦えるからな、リリアさん、イネちゃんを頼んだぞ」
「う、うん。でもすぐに順番になるからそんなに気負わなくてもいい……です、よ?」
気迫十分な感じのティラーさんの勢いに、リリアさんは変な言葉使いになってたけど、正直うつぶせで寝かせられたイネちゃんは今、色々なものを確認することができない。ちょっと動かそうとするだけで全身が痛いっていうのは本当どういうことなのかまるでわからないんだけど。
ムーンラビットさんに運ばれているときはまだ少し動かせたんだけど、今は正直口を動かすのですらきつい。
「まぁ、実際もう俺が無茶をするような事態にはならないだろうが……マッドスライムがいないとも限らないから、気合はいれるぞ」
ティラーさんの声が聞こえた辺りで、村の人たちがイネちゃんの周囲に集まって来た。
「気をつけてくださいね。……じゃあ第一陣の転送を行います。できるだけ余計なことは考えずに心を落ち着けてください」
リリアさんの声が聞こえてきて、地面がほのかに緑色に発光する。
「繋がれ……!」
リリアさんの呟きに呼応して光が強くなると、意識が一瞬途切れて……。
「緊急転送を確認!早く送られて来た人たちを転送陣から退避させろ!」
男の人の叫び声に似たものが聞こえたと思ったら、周囲に居た人たちが光の外に出て、動けないイネちゃんは誰かわからないけれどお姫様抱っこで外に出された。
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