第56話 イネちゃんと出立準備
「なる程、長期護衛依頼になるのか……」
ギルドに戻ったイネちゃんたちは、キュミラさんの冒険者登録をヨシュアさんに任せて、イネちゃんだけがお父さんたちと話している。ちなみにこれはボブお父さん。
「そうか、ササヤさんのご指名か……くそっ拒否れねぇじゃねぇか!」
「別に拒否しても大丈夫だとは思うが、怖いのは確かだな……」
ルースお父さんとムツキお父さん、どれだけササヤさんが怖いのか……いや、有無を言わせない雰囲気と気迫は確かに凄いけどさ、ササヤさん。
「しかし保護者として覚悟をするべきだな」
コーイチお父さんが覚悟とか言い始めた。
ちょっとその覚悟って一体なんの覚悟なのか少し怖いんだけど。
「そうだな、俺たちの予想ではもっと後だと思っていたんだが……子供の成長は早いってやつか」
おや、ボブお父さんの様子が……。
「イネ、1つ聞かせて欲しい。お前はリリアさんの護衛依頼を受けるつもりがあるかどうかだ」
「ムツキお父さん……今はまだ少し悩んでる。でも今回のゴブリンのことで、イネちゃん自身の未熟なところを痛感させられたから、多少きつくてもイネちゃん自身のためになることはやりたいって気持ちはあるから、巡礼の旅がどの程度かはわからないけど受けてもいいかもとは思ってる」
まぁまずはヴェルニアの街まで行ってキャリーさんとミルノちゃんに会わないとだけど。
「そうか、……そうか」
ムツキお父さんはなんかもう涙目みたいに見えたんだけど。
「可愛い子には……なんだったかコーイチ」
「旅させろだな、ルース。本来の意味とは違うが、言葉のままになるな」
お父さんたちがみっともない感じに男泣きし始めたんだけど、まだ受けるとは完全に決めていないのに。
「冒険者登録したッス!今後ともよろしくッス……ってなんッスか、このむさくるしくって暑苦しい空間はッス!」
そこに冒険者登録を終えたキュミラさんがヨシュアさんたちと一緒に来たと思ったら第一声がそれなんだ。
いやまぁ4人のいい大人が全員男泣きしてたら、イネちゃんも当事者じゃなかったら同じ感想抱いていたと思うけど。
「イネ、受けることにしたのかい……」
ヨシュアさんは色々察したっぽい。
少しトーンの下がった声で聞いてくるけど、まだ前向きに検討している最中なんだよなぁ。お父さんたちが原因なんだけど。
「とりあえず、前向きに検討。かな。今回の件でイネちゃん、色々足りない部分が見えてきたし、ヴェルニア領の潜入のときでも判断の遅れで錬金術師と思われる人を逃がしちゃったから……」
正直、あそこで逃がしたのは今後響きそうなんだよね。
ヴェルニア領どころか、ゴブリンの巣付近にもあの謎生物が居たって点は結構致命的な失敗だったんじゃないかとも思えてくる。
まぁ悪かどうかわからないけど即断とか流石にやれない以上、致し方なかったんだけれども、今後大きな事件になったらイネちゃん悔やみきれる気がしない。
その辺りはもう後の祭りではあるのだけれど、せめてその悔いに対して向き合える程度には図太くなっておきたいし、対処できるだけの力をつけておかないとね。
「そうか……引き止めてもダメそうな感じかな」
「とりあえずはヴェルニアの街でキャリーさんとミルノちゃんとお話してからかな。色々すっとばしてゴブリン退治に来たわけだし、そのままいなくなるっていうのは流石に違うと思うしね」
イネちゃんは不義理さんにはなりたくないし、キャリーさんはお友達だからリリアさんの護衛を受けるにしても一度話しておきたいからね。
「よし!イネがそう決めたのなら俺たちは全力でサポートするだけだな!」
え、ちょっとルースお父さんついてくるとか言い出さないでね?
「とは言えできることは……ついてい」
コーイチお父さんがそこまで言った辺りで、イネちゃんの視線に気づいたらしく言葉を止める。
「できることはギルドを通じて弾薬の補充ができるようにしてやることくらいしかないな!」
「お、おう!まさかついていくなんてことは……うんしないしない!」
皆イネちゃんの視線に気づいたようで、大声で確認するように言った。ついてくる気満々だったのか……危ない危ない。まだちょっと怪しいけど。
「……ともかく一度ヴェルニアに行かなきゃだね、ヨシュアさん馬車って今どこに止めてあるの」
「……ニア」
ん、なんだかいやな予感するぞ。
「ヴェルニアなんだ、僕たちもヒヒノさんに送ってもらったから、馬車はあっちに停留させたままなんだ……」
いやまぁ、ヨシュアさんがこっちに来たのもかなり早かったし、扉の外にちらっとヒヒノさんが見えてたから、うん予想はしてた。
「徒歩だと最初に馬車で向かったときと同じくらいかな、となると2・3日かかっちゃうね、準備しないと」
馬車無しだと持てる食糧の量も限られるし、結構ギリギリのカツカツな道中になりそうだなぁ。と思っているところで。
「ヌーカベに乗ればいいんじゃないかな、荷物持ちにも移動の足にもなってくれるよ」
え、あのモフモフに乗れるの?大変そうなんだけどこの人数とか大丈夫なのかな。
「私も父さんの手伝いでヌーカベには懐かれてるから、うん多分平気。まぁ本気で走らせると流石に色々保証できないけど」
一体どれだけの速度が出るのか、気にはなるけど全方位的に素直なリリアさんがそういうってことはがっつり危険なんだろうなとも予想ができる分、自分が乗っている最中に確認したくはないと思う。でも今度見せてもらおう。
「でも巡礼の旅に、自分の足じゃなくていいのかな」
こらヨシュアさん、こういうところまできっちりしなくていいの!
「大丈夫ですよ、そもそもヌーカベの取り扱いに慣れる必要もありますし、神官や神官長なら少なからず関わるので巡礼で乗ることも許可されています。それに、貴族領の大きさ的に徒歩では食糧調達が現実的ではない場合も多いですから、ヌーカベに荷物を持ってもらう前提だったりするんですよ」
巡礼の旅自体が全部ヌーリエ教会の神官修行っていうことかな。
あっちの世界でも昔はそういうのがあったらしいし、こういうのは世界が違ってもあまり変わらないのかもね。
「なる程……でもそれなら教会で準備が必要だったんじゃ」
とヨシュアさんがツッコミを入れたタイミングでギルドの扉が開いた。開いたのに外の光がほとんど入ってこなかったけど。
「広場での配給の際に連れてきたヌーカベでいいのなら連れて行くといい」
「父さん!」
「ここ数日、ササヤからリリアの聖地巡礼について話を聞いていたからな。今日のゴブリン滅却においてのリリアの配置について考えれば、勢いのままに出発もありえると思ってギルドに顔をだしたのだが、よかったようだな」
そう言ってタタラさんはリリアさんの頭をポンポンとすると。
「巡礼の旅は危険も付きまとう。できれば守ってやりたいが……」
「立場上できないでしょ。大丈夫、父さんのその気持ちだけでも私は十分だから」
なんだろう、リリアさんの顔がかなーり緩んでるんだけど、こう親子って感じがしないね!見た目とかは完全に親子なのに不思議!
「そうか……なら神官長としてではなく、父親からの選別は渡させてもらおう。旅に必要なものはヌーカベに積んでおくぞ」
「父さん、ありがとう!」
やり取りの最後はリリアさんがタタラさんに抱きついたところで終わった。
いやぁササヤさんがあれこれ漏らしていたのはこういうことなんだね、うん。
「それでは私は一度教会に戻り荷物を積んでこよう、リリアと皆さんは少し休まれるとよい」
タタラさんはそう言ってリリアさんから離れ、ギルドを後にした。
「じゃあイネちゃんはひとまず補給かな、しばらく満足に弾薬補給もできなくなりそうだし」
ヌーカベがどれだけ荷物を持てるのかはわからないけど、大半は食糧になるだろうし武器弾薬に関しては自分で全部持つくらいの気概でいかないといけないと思うし、ヨシュアさんも頼れない……なにか忘れているような気がする、なんだっけ。
「……うん、私もちょっと心の整理つけないと。しばらく父さんと会えなくなるわけだし」
父さんと。なんだね、リリアさん。
「じゃあ私はなにか食べてていいッスか?正直お粥は美味しかったッスけどお腹にたまらない感じでちょっと物足りなかったッスから」
「あ、私も食べたいかも。お粥だけだったからまだ全身に力が入らない感じがして……」
キュミラさんとウルシィさんは腹ペコ同盟かな?
もしかしたら獣人属の種族は全員そんな感じなのかもしれないけど。
「ははは、じゃあミミルは2人が食べ過ぎないように見ていてくれないかな、僕はイネと少し話しがあるから」
イネちゃんが階段を登ろうとしたところで、ヨシュアさんがそうミミルさんにお願いしながら駆け寄ってきた。
「部屋に行ってもいいかな、イネ」
えー……。
「女の子の部屋にふたりっきりになるってそれ……」
と言ったらヨシュアさんは顔を真っ赤にして。
「あ、いやそういうわけじゃ!……ごめん。でも話すことがあるのは本当だから」
今の慌て方はちょっと可愛いと思ってしまった。
そしてイネちゃんに耳打ちする形でヨシュアさんが。
「イネから預かっている銃のことなんだけど……」
「あぁ、それか!」
ついうっかりと大声を出してしまった。
なる程、忘れていたのはヨシュアさんに預けてある2丁の銃だね、M25とXM109。後者はディメンションミミック産だけど。
「……M25に関しては受け取る。そっちはイネちゃんが受け取ったっていうのをお父さんたちが知ってるし、流石に持っていないと色々と、ね?」
お父さんたちが口利きしてもお目こぼしは流石に無いと思ってはいけないよね、それにM25の有無って結構大きいんだよね、今のイネちゃんには長距離射撃手段がないからなぁ。
「ヨシュア君、イネに何を言ったのかな?」
ニコニコしたお父さんたちが4人、ヨシュア君の肩に手をおいていた。
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