第43話 イネちゃんと一時の別れ

「ちょっと、イネ?」

 ミミルさんに肩を叩かれてハッとした。

「な、なにミミルさん」

 とイネちゃんが振り返ると、ミミルさんがビクッって一歩後ろに下がる。どうしたのかな。

「イネさん、精神のほうを落ち着かせなさい、別にゴブリンが実際に確認されたわけではない上に、10年前のように後手には回らないのだから」

 と今度はササヤさんに諭された。

「まったく、貴女が10年前の生存者なのはケイティから聞いていたけど、ゴブリンがいる可能性が示されただけで目が笑わなくなるのはどうなの」

 そして呆れる感じに言われた。

 、今そんな顔になっていたのかな。

「私、そんな顔になってた?」

 と私が聞いたところで、今度はヨシュアさんたちも含めた全員が私の顔をじっと見つめてきた。

「イネ、やっぱり吹っ切れていなかったんだね。一人称が変わってるよ」

 ヨシュアさんが、そんなことを言う。

 えっと、私は今……あぁそうか。

「イーアとイネちゃんで気持ちが完全に一致したからかなぁ」

 イネちゃんとイーアは別人格という程離れていないと思う。

 ゴブリンに乱暴されていたのなら、完全に別人格で別れたとは思うけど、幸いその前にお父さんたちに助けられたから、実際のところ最初は友達って感じだったけど、その後は同じだよねってことで一緒になってたんだけど……。

「そっか、イネちゃんは俯瞰的だけど、イーアはやりたいんだ。イネちゃんも可能なら積極的にやるだろうし、うんだからなんだね」

 いやぁ傍から見たら完全に主人格のイネちゃんとイーアが違うって思うだろうなぁと我ながら思うよ。

 でもお互いがそれぞれが合わせてイネである。と定義しているし、イーアのほうもお父さんたちとの生活ならケイティお姉さんも含めて付けてくれたイネって名前のほうが良いと思って今の人格になってるわけで……。

 私もその辺、詳しくどうこうって言葉にはできないから、仕方ないんだよなぁ。

 なので説明できないので可哀想な人を見る感じの表情はやめてもらえないですかね、皆さん。

「んー私の推測になっちゃうんだけど、一度壊れた人格がギリギリのところで残ってて、改めて構築されたのが今のイネちゃんなんじゃないの?それなら基本楽観的なのも、ゴブリンに対して強い復讐感情があるのも説明できそうだし」

 お、ヒヒノさん多分それだ!

 確かにヒヒノさんの説明ならイーアとイネちゃんは別の感覚になるけど、一緒っていうのも説明できる。

「確かにそれならばさんが俯瞰、が積極的にという発言もわかりますね。流石ヒヒノです」

 とココロさんが言ったところで、ササヤさんがとあることを提案してきた。

「イネさん、まだゴブリンと確認されたわけではないのだけれども、あちらに戻って対ゴブリンの戦力としてギルド待機になってみないかしら」

 ……この話の流れでその提案は、かなりすごいものなんじゃないのかなってイネちゃんは思うよ。

「ゴブリンに対してのその内なるものと向き合う機会はイネさんに必要なものだと、私は思うのだけれども」

 そういう言い方するのか、卑怯だなぁ。

「ササヤさん、そういう言い方は!」

「あーヨシュアさん、いいっていいって。あの激甘なお父さんたちがなんでイネちゃんを1人でこっちの世界に来るのを許可したのかって考えると、概ね今ササヤさんの言った内容なんだろうなって感じるし。私本人も多分必要なんだろうなって思うから」

 思ったよりもそのタイミングが早く来たってだけなんだろうなぁ。

「でも……それで分かりましたって言えるほど僕は物分りがいいほうじゃないよ」

 ヨシュアさん食い下がるねぇ。

 ただヨシュアさんだけじゃなく、ウルシィさんたちもその言葉に首を縦に振ってるんだよね、これが仲間というものか……!

「ヨシュアさんがそこまで言ってくれるのは嬉しいけど、イネちゃんはササヤさんの言うとおり戻ってゴブリンに備えようと思うよ。一度も向き合えないのはそれはそれで辛いし」

「イネ……」

 悲しそうな声を出さないでよヨシュアさん……。

「ヨシュア様、イネさんについて行ってください」

 キャリーさん!?

「で、でもキャリー、君は今からこの街を……それは並大抵な労力じゃないはずではないか」

「それは勇者様がご一緒してくださいますし、何よりミルノがいます。私1人ではないのですから。そうですよね、ココロ様、ヒヒノ様」

 キャリーさんの言葉に勇者様は首を縦に振り、ミルノちゃんはキャリーさんの一歩後ろに寄り添うようにして移動した。これはヨシュアさん不利だね!戦いじゃないけど!

「……少し、考える時間をくれないか。僕がどうするか、決める時間を」

 ヨシュアさん、すごく考える感じに館の中に入っていった。ミミルさんとウルシィさんもその後を追っていったけど、ちょっと申し訳なく感じる。

「イネさん」

「キャリーさん……なんだかごめんね」

「何故謝るのですか、イネさんは出会ったばかりの私にここまでのことをなさってくださったのです。ミルノと再開できたのはイネさんがいなければ叶わなかったことですよ。なので恩を返す機会を与えてください」

 与えてくださいって、私はイネちゃんがやりたいように行動しただけだから、特にそういう特別な何かってのは期待していなかったんだけど……。

 でも確かにミルノちゃんとの再開に関しては、イネちゃんがいなかったら可能性は低かったのかも。

 そしてイネちゃんはここまで言われたらあれこれいうことは無い、別にイネちゃん側に不都合とかないし、むしろヨシュアさんがいなくなることでキャリーさんのほうが心配なくらいなんだし……。

「はぁ、ゴブリン問題に関しては進展、もしくは襲撃があった場合ギルドを通じて連絡をしてもらうようにしてあるから、半日程度の滞在をしましょうかしらね」

「師匠、前もって言っておきますが、オーサ騎士団への連絡指示及び農業指導、治安維持やキャリーさんの補佐と私はやることが多いので修行はご勘弁願います」

「私がそこまで状況を把握できないと思っていたのかしらね、この駄弟子は」

「すいませんでした!」

 ササヤさんの気遣いはとても嬉しく感じるけど、その後のやり取りはテンプレなのかな、すごく綺麗な流れだったけど。

「……そうだね、急いで戻ってもやきもきするだけかもだし、ヨシュアさんの判断を待つことにするよ」

 イネちゃんの言葉に、その場に残っていた皆の顔がほころぶ。

 ……待機宣言するだけで表情が柔らかくなるくらい、イネちゃんは心配かけていましたかね。

 しかし、物事はそう都合よく、想定通り動かないのである。

「はぁ、はぁ、み、皆さん!」

 ギルドの……えーっと、アルクさんだっけ、何をそんなに急いでるのだろうか。

「け、ケイティさんから連絡がありまして……今朝ゴブリンと断定できる目撃情報があったと!」

 その言葉に場の空気が一気に緊張した。というか私の表情もかなり変わった気がする。

「キャリーさん、申し訳ないけどヨシュアさんには既に私たちは戻ったとお伝えください。予想以上に早く事態が動いてしまった以上返答を待つことができなくなりましたと」

 ササヤさんはそう言いながら、イネちゃんをお姫様だっこして。

「イネさんも連れて行きます。ヨシュアさん達も戻られるのでしたら、できるだけお急ぎください。それでは……」

「ちょっとストップストップ、スタァァップ」

 イネちゃんの叫びでササヤさんが走り出そうとしたところで止まる。

「キャリーさんとミルノちゃん、ジャクリーンさんの3人だけにでもとりあえず挨拶させて!」

「今生の別れでもないのだから……でもまぁ手短に済ませなさい」

 そう言いつつも、イネちゃんを降ろしてくれないんですね、割とシュールな挨拶になりそう。

「とりあえず、あれこれ言うことはないんだけどこれだけ……行ってきます」

 イネちゃんのその言葉の意味を汲んでくれたのか、キャリーさんは首を縦に振って。

「はい、再会を楽しみにさせていただきます」

 う、その泣きそうな顔はやめて、イネちゃんに効く。

「それじゃあ、今度こそ出発しますね。舌を噛まないように注意して」

 ササヤさんがそれを言い終わると同時、イネちゃんは人類の到達していはいけないんじゃないかと思われる体験をすることになった。

 走り出したササヤさんは上半身が揺れるどころか、頭の位置が上下することもなく足の動きだけで尋常じゃない速度で走っている、イネちゃんをお姫様だっこしながら。

「私は半分、人間ではないから魔力の質とかが不安定でね」

 とイネちゃんの表情を確認したササヤさんが何やら話し始めた。

「これはリリアは知らないことなのだけれど、リリアの祖母、私の母にあたる存在は大昔に魔王の側近をしていたほどの実力者でね」

 え、それってフィクションです、ノンフィクションです?

「まぁその魔王は当時亜人種を迫害していた貴族に対して宣戦布告した方だったから、今の時代では種族間の折衝役と知られている人だから、安心して聞いてね」

 あ、はい。こっちの世界の魔王の定義のされかたは知ってるからそのへんは大丈夫。

「それでそんな実力者の遺伝子が強かったらしく、私とリリアは母の力をそれ相応の形で発露しているの、私の場合は身体能力への転換が得意という形にね」

 あぁ、それでこの人外身体能力なんですね。

 でもそれだとリリアさんって……。

「リリアへの遺伝についてはまた今度、もうすぐ到着するわよ」

 しかし、森を抜けて最初に見えたのは、火の手が上がっている町の様子だった。

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