第42話 イネちゃんと女神様の眷属

「館と兵の詰所にも備蓄食料がほぼ無いなんて……」

 イネちゃんたちが館の執務室に入ると帳簿を前にキャリーさんがつぶやいていた。

 いやちょっと待って、結構な規模の街なのに備蓄が無いってそれ本格的にまずくない?

「あ、皆さん……お茶もお出しできないのがお恥ずかしいですが、どうぞ」

 今の呟きを聞いてお茶を要求する気分にはなれないかな。せめて水までだよ、うん。

「今、備蓄食料が無いって……」

 おっとヨシュアさんが切り出した。

「……はい、今ココロさんと一緒にミルノが確認のために街中を走り回っています」

 ココロさんも走り回るって、もしかしなくてもがっちりまずい状況だよね、衣食住のうち1個が担保できないと暴動どころの騒ぎじゃなくなっちゃうよね。

「一応ココロお姉ちゃんが街で確認してるけど、ササヤ叔母ちゃんがすぐに出発するってさっき連絡であったから、なんとかなるかも気がするけどなぁ」

 あの人をおばちゃん扱いしちゃうんだ……あぁいやうん、血縁なら許されるのかもしれないけど、イネちゃんは絶対さん付けで呼ぶよ、雰囲気すごいし。

「大丈夫である根拠は、いくらヌーリエ教会とは言えあの町の規模を考えると難しいのでは……?」

 あぁ確かに、キャリーさんの言うようにあの辺りは開拓中だし、食料農地のためにイーアの故郷の村の辺りも開拓しようかってお話してたもんね。

「あれは神獣に頼らずに開墾してるからだと思うよ、ヌーリエ様の眷属である神獣はいたずら好きだけど、五穀豊穣してくれるんだよ。成長時間とか無視して」

 え、なにその不思議生物。

「で、ですが神獣がいるとは思えませんでしたよ!」

「いえ、神獣ヌーカベは教会には必ず最低でも1頭、配属されます。タタラさんは特にヌーカベに好かれていましたから、複数頭居ても不思議ではありませんよ」

 あ、ココロさんお帰りなさい。ミルノちゃんもちょっと肩で息してる辺り本当に走り回ったんだろうね。

「とは言えいくら師匠でも、ヌーカベを連れて、その上当面の食料を運んでくるには数日かかる可能性はゼロではありません。あの人ならあと1時間以内に来ても私は驚きませんが」

 いやココロさん、その言い方だとササヤさんがあと1時間以内に来る可能性のほうが高いようにイネちゃんは聞こえたんですが。

「しかしもし、今すぐ来られたとしても平民街の困窮は今すぐ手を打たなければなりません。最悪私たちは2・3日1食にするにしても、オーサ騎士団の方々が補給線を確保していなかったようなので、彼らの食事は準備しなければならないので……」

 あの熊さん騎士団、足引っ張ってるなぁ。

 まぁインフラ整備に関しては、イネちゃんたちよりは確実に早いからいいのだけれども……いややっぱ良くないか。

「補給線の確保してないって、あの人たちは何しに来たの?」

 中隊規模で集まったのに補給線無しって全滅するか、現地略奪前提だよね。

「補給線を確保する部隊が、街の外に居たアレに集中して襲われたらしくて、近くの町までは確保出来てはいるらしいのですが……」

「いや、他の小隊が変われないって、そこまで専門性高いものじゃないし、軍隊としては欠陥レベルだよね」

「再編はするつもりではあるらしいのですが、元々13番隊自体が寄せ集めだったらしく……」

「もしかして熊さんも?」

「熊……?あぁベアクレンスさんのことですか。彼は正規兵ではあるらしいのですが、隊長の経験は今回が始めてらしく、しかも傭兵からの叩き上げのようで用兵などの知識に乏しいところが多いと感じましたね」

 うわぁ、新兵と傭兵上がりをかき集めた部隊だったのか、しかも新設の。それは色々抜けたりするよね、うん。

「これは勇者の特権を使ってシード・オーサに確認を取るとして、現状をどうするべきかですね。泣こうが嘆こうが現状のリソースが増えるわけでもありませんし、北部の農地区画で収穫可能なものを収穫し、当面の食事にするのが一番無難ですが……」

 ココロさんが地図を指さしながら、提案する形で皆に対して提案する。

 え、これってもしかしてイネちゃんたちも含まれてるの?

「え、僕たちも考えるんですか」

 ヨシュアさんが口にしちゃった。まぁ誰も言わなかったらイネちゃんが言ってたと思うけど。

「正直なところ、騎士団の方々は土木作業や開墾などの作業は任せられるんです。ですが何かを考えるという作業をするには、圧倒的に知識が足りないのです。ヨシュアさんとイネさんはそれ相応の知識がありそうですし、ミミルさんはエルフであるところから、人がまだ知らない植林技術などを知っていると思いますので」

「適材適所になるかわからないけど、ここはまぁお願い!」

 と勇者様が双子揃ってお願いしてきた。

 いやぁイネちゃんもそこまで知識がある方じゃないけどなぁ、サバイバルの知識と知恵はお父さんたちに叩き込まれたけど。

「正直、私ができるのは接木とかで……」

 これはミミルさん。エルフって接木するんだ、びっくりだよ。

 まぁイネちゃんも素直に言っておこう。イネちゃんは稲に通じる名前だけどそのへんできないからね!

「イネちゃんもできるのは生き残るサバイバル技術がメインで、あっちの世界基準の基礎知識しかないんだよね、つまり無い袖は触れないとしか言えないかな」

 唐突に食べ物を出す技術なんてないからね、仕方ないね。

「そうですね、騎士団のほうが再編をするのでしたら、お手伝いができるかもです。要は食べる人を少なくして、外部からすぐに食べ物を調達できればいいんですよね」

 おや、ヨシュアさんの様子が……。

「確かに、ですがその人員減らしのために補給部隊を肥大化させれば本末転倒ですよ、行軍速度が落ちるなんてものではありません」

 ココロさんが正論にしか思えないね、人数が増えれば増える程足は遅くなるからね。

「そこですよ、街道整備の部隊はに拠点に置いてもらうんです。何も必ずこの街から伸ばさなければならないなんてことはありませんしね」

 あ、そういうことか。

 ヨシュアさん以外その事に気付かなかったのか、執務室の時間が止まった感じに会話の間が開いた。イネちゃんはその間ちょっと開いた口を閉じるのを頑張ってたから少し恥ずかしい。

「なる程、確かにそれならば騎士団の人員全員の食事を用意する必要はありませんね。そしてかなり多くの人員を駐留部隊から外せるのは大きいですし、治安維持に関してはギルドに教会発として冒険者の方に来て頂く形にします。無論安定するまでは私とヒヒノが滞在しますがね」

 名案って感じにココロさんが語るけど、その横にいるキャリーさんがまだ浮かない顔をしてる。

「キャリー、どうしたんだ?」

「ウルシィさん……、いえ、確かにヨシュア様とココロ様の仰る案は素晴らしいと思うのですが、オーサ騎士団の方々が私たちの意見を聞き入れてくださるか……それが心配で」

 あー確かに、今この場に隊長である熊さん居ないもんね。

 隊長すら居ない場所で決められたことをちゃんと受け入れてくれるかって、最初からヴェルニア家所属の騎士団ならいいけど、熊さんたちはオーサ騎士団。別の貴族さんに忠誠を誓っている人たちだからねぇ。

「そうですね、一度話しを通す必要がありますが……できる限り早くこの案を実行できなければ、本格的に師匠に急いでもらわなければならないことに……」

 ココロさんが少し、頭を抱えるような仕草をしようとした、その時。

 ――ヌゥゥゥ

 館の外から何か聞こえて来た。

「み、三つ目の四足のば、化物が!」

 オーサ騎士団の人かな。綺麗な軽鎧を着た男の人が執務室に飛び込んできた。

 ところで三つ目の四足って何、その生物。

「……もう到着したんですか。それは敵じゃありません、むしろ攻撃したら教会への敵対行為とみなされますので注意してください」

「私はむしろ、なんで知らないのかが知りたいかな。ヌーリエ様の眷属である神獣ヌーカベなのに」

 神獣なんだ……イネちゃんちょっと見てみたいかも。

「オーサ領は教会の協力をできるだけ受けないという政策をとっていましたので……特に学ぶ機会が得られなかった方々は名前すら知らないことも珍しくは……」

 キャリーさん説明ありがとう。

「そういえばそうだったね、じゃあ私とココロおねぇちゃんが出迎えに行くとして……」

「あ、イネちゃんも行きたいかも。ヌーカベ見てみたい」

 危ない危ない、こういうのはヒヒノさんがお話を進める前にちゃんと意思表示しておかないとね。

「いやぁ皆も来るか聞こうと思ったけど、見たい人がいるならついてきていいよ。ヌーカベって人がいっぱいいるほうが好きだし」

 へぇ、可愛い動物っぽい感じなのかな、こうチワワとかみたいな感じの。

 いくら三つ目だからってなんでも化物にするのはいけないよ、まったく兵士さんひどいねぇ。

「それじゃあ、僕たちもついて行ってみようか。僕も見てみたいし」

 ヨシュアさんがそう言ったら、後はもう早いよね。

 ミミルさんとウルシィさんもイネちゃんの予想通りヨシュアさんの意見に同調して、キャリーさんとミルノちゃんは領主としてお出迎え、ジャクリーンさんだけまだよくわからないけどついてくるみたい。

 そうしてイネちゃんたちはココロさんとヒヒノさんの後ろについて、館の玄関前に一同で向かい出たところで、一言。

「でかぁぁぁぁぁぁい!」

 うっかりコーイチお父さんの持ってた漫画のセリフを言いかけたくらいに大きい、三つ目四足のもふもふがそこに2匹いたのだった。

「あら、イネさん。と、皆さんも出てきてしまったので、ごめんなさいね」

 館が3階建てであるのに対し、ヌーカベの背中に乗っていたらそのまま2階に窓から入れちゃいそうな大きさにも関わらず、ササヤさんはそう言いながら当然のように飛び降りてきた。

 ササヤさんも、目立ってないだけで普通にとんでもないことするよね。

「じゃあ私は物資とヌーカベを運んできただけだから、早く帰るわね」

「え、師匠……いくらタタラさんがいないからってそれは……」

「公的に動いたのだから流石の私もそこまでではない」

 あ、ココロさんが玄関まで吹っ飛んだ。

 本当デタラメなんだなぁ、この人……。

「じゃあなんで、お茶くらい飲んでいけばいいのに」

 ヒヒノさんもココロさんにべったりなのにこの反応ってことは、いつもの光景なんだろうなぁ。

「10年前にゴブリンが確認されていた洞窟に、またゴブリンらしき姿が確認されたから、だからこっちの仕事をできるだけ早く終わらせて帰らないといけないのよ」

 ササヤさんの、ゴブリンらしき姿が確認された。っていう言葉に、イネちゃんは自分でもわかるくらいに、体がこわばったのがわかった。

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