第32話 イネちゃんと訓練

「2人で一体何をしていたんですか……それなりに長い時間だった気がするのですけど」

 ロッカー室から出て来るなりミミルさんがふくれっ面で聞いてきた。うん、何か変な想像してるっぽい。

 でもごめんね、ミミルさんに説明する前にちょっとだけ職員さんに聞いておきたいことがあるんだ。

「すいませーん、少し聞きたいんですけど」

 イネちゃんは職員さんを呼んで、ロッカー室でヨシュアさんと話しているときに出たあの問題について聞いてみる。

「えっと、護衛対象の人にこんな感じの単発式の銃を持ってもらうっていうのはダメかなーって……ダメならダメで諦めるんですけど」

「あぁ、こっちの世界の場合はそういった特殊な事例や、教会の人になら貸与は許可されるよ。譲渡は禁止だけどね」

 よし、言質取れた!

「ありがとうございます!……というわけでキャリーさんとミルノさんにこれを預けようと思います!」

 職員さんに確認をとってお礼を言ってからデリンジャータイプの銃を2人に差し出す。

「これは……?」

「すごく短い距離だけど、イネちゃんの持ってる武器の似たような攻撃を1回だけできるもの。今回の件に関しては2人が護衛対象でもあるから、念のためにね」

 イネちゃんの説明にかなり恐る恐るではあるものの、キャリーさんは受け取る。

 聞いた直後に受け渡しをしたことに職員さんは苦笑するも、OKと言った手前認めるしかないよねー。

「使い方はおいおい教えるけど、できれば使わないほうがいいし、使わないでいいようにイネちゃんも頑張るからね」

「これが……武器……」

 キャリーさんが恐る恐る触って確認している。撃鉄が降りてないから引き金を引いても大丈夫だけど、ちょっと危なっかしい感じ。イネちゃんも最初はそうだったよ、懐かしいなぁ。

「あ、そこを引き下ろしすと発射できるようになるから注意してね」

 撃鉄に指がかかったところで指摘すると、特にミルノちゃんはなんのことかわからないって感じの顔をしてイネちゃんの顔を見てくる。ミルノちゃんは一度も銃を見たことないだろうから仕方ないよね。

「危なっかしいなぁ、射撃場の使用は許可するから最低限でも教えておいたほうがいいと思うな」

 今の流れを見ていた職員さんが2人の銃の触り方を見て見かねたのか、そんな提案をしてきた。時間自体はあるし、問題なさそうではあるけど……イネちゃんはチームリーダーでは無いのでヨシュアさんのほうを見て確認を取らなければならないのだ。

「うん、いいんじゃないかな。僕も興味があるしね」

「要警護人だけですよ?」

 ヨシュアさんの興味があるって言葉に職員さんがすかさず割り込む。これはもっと危ないのを持ってもらっているっていうのは黙っておくべきだね、うん。

「じゃあとりあえず最低限だけ、これだけ覚えておけば自分や後ろを撃つことはないって感じだけ覚えていこうか」

 イネちゃんはそう言ってからロッジ備え付けのシューティングレンジに向かうと、明らかに人数の多い足音が後ろから聞こえてきた。皆興味津々過ぎないかな……。

 しかしそれにしても1つ違和感のある、重量感を感じる足音が混じっている気がするような……少し確かめようと、イネちゃんが振り返ったらそこには……。

「よう、イネ。元気だったか」

 ボブお父さんがイネちゃんの真後ろにピッタリとくっつくようにボブお父さんが立っていた。え、どこからどうやって瞬間的に出現したの。

 というか微妙に焦った感じするあたり、ゲートをくぐってこっちに来たところでイネちゃんを発見、驚かせようとすぐに動いたけどイネちゃんが振り返った。とかじゃないよね?

「そ、その目はやめてくれよ。ゲートをくぐった直後にイネを見つけたからちょっと驚かせようとしただけだよ」

 多分今のイネちゃんはすごい顔してたんだろうね、ボブお父さんが慌てて弁明を始めるけど、イネちゃんの予想と完全一致とかどう反応していいのかちょっと困る。

「……まぁそれはいいけど、イネちゃんは今から要警護人に最低限の扱い方を教えるところなんだけど、出入り口塞がないでね?」

「すまないすまない、初めて見る顔もいるが全員イネの仲間か?」

 ボブお父さんが振り返ったと同時にミルノちゃんがビクッと体が動いたのを、イネちゃんは見逃さなかったよ、ボブお父さん2メートルくらいだもんね、身長。

「と、急に振り返るのは怖がらせたか。俺はボブ、イネの保護者の1人だよ。よろしくなお嬢ちゃん」

「よ、よろしくです……」

 ミルノちゃんが微妙に挙動がおかしいなぁ。いやまぁイネちゃんとはさっき会ったばかりだから当然な気もするけど。

「しかしそうか訓練か、銃の扱いを教えるのなら丁度いい、イネに教えた時くらいの教え方でいいならすぐさま使えるようにするぞ」

「いや、最低限でいいから。イネちゃんの時のようにやったらしばらく動けなくなりそうだし、バラして整備して組み立てるとかまで入れなくていいからね、デリンジャータイプの操作ができれば十分だからね」

 ボブお父さんのすぐって、前のお仕事している時の感覚だから2週間とか1ヶ月なんだよね。軍人さんを教育する立場だったらしいからだろうけど、基本的なことを全部できるようになるまでが最低限なんだよね、うん。

「じゃあ民間人が身につけておけばいい程度なのか……」

「残念そうにしてもダメだからね、ボブお父さん。それにキャリーさんのほうは魔法が使えるから銃は本当に緊急時の備えだから」

 ついでに言えばデリンジャーだし、密着状態前提だから本当緊急用だよね。発砲音が小さいものならイネちゃんが使えば一応ステルス用に使えるけど、確実を取るならナイフだし、やっぱり非戦闘員が持つ武器だよね。

 言い方がおかしいかもだけど、実際そういう意図で運用されることが多かった武器だからね、うん。

「じゃあ簡単にレクチャーしてやろう、興味がある奴には教えてもいいだろ、なぁ」

 ボブお父さんが職員さんに雑に聞くと……。

「できれば誰にでも教えるというのはやめてほしいんですが……」

「……ではこちらの世界代表として私が許可を求めます。勇者の名前でならば誰も文句は言わないと思いますよ」

「本物である証明は~……先ほどのアレですかね、まぁ教会の神官長の奥様もいましたから最低限の保証はありますか」

 ココロさんのお願いに職員さん折れちゃった。

 こっちの世界での勇者様っていうのはそれだけ影響大きいんだろうなぁ。

 以前にどこかの国がこっちに攻め込んだときに対応したのが2人の女の子だって情報があったし、該当要件は多いもんね。ササヤさんは町の神官長の奥さんっていうのも信用って面で大きいんだろうけど、もう帰っちゃったしなぁ……。

「教会のほうに連絡を入れて勇者様の頼みで行ったことを情報共有はさせてもらいますよ、こっちも上はお役所なんですから」

「はい、それで構いません。まぁ私も興味があるというのが大きいですが……」

「ココロお姉ちゃん、前戦った時にすごく興味津々だったもんね」

「それはそうですよ、魔法や弓以外の手段であれだけの速い攻撃ができる武器は初めてでしたからね。どういう原理なのかとかは対峙した身としては知っておきたいです」

 うん、勇者様は以前戦ったって言ってたもんね、その上で無双したっていうのもしっかりと覚えてるよ。

「……結構な部隊だったと昔の伝手で聞いていたんだが、お嬢ちゃんが対峙したのかい?」

 ボブお父さんが怪訝そうな感じで聞いてる。まぁ見た目じゃわからないよね、ココロさんもヒヒノさんも小柄で細身だし。

「はい、ヌーリエ様から神託を受けた勇者として対峙しましたよ」

 『勇者』って単語にボブお父さんが少し固まってる。コーイチお父さんの持ってる漫画やゲームに登場してくる単語だってのは知ってても、実際出会ってみるとこうなるよね、やっぱり。

「ということは某国の部隊相手に女の子2人で、カトゥーンやゲームのような立ち回りをしたっていうのはあんたたちか」

 あ、お嬢ちゃんからあんたたちに呼び方が変わった。

 まぁボブお父さんのことだから体面よりも驚愕のほうが上回ったとかそんなところだろうけど。

「いやぁ、女の子とは聞いていたが実際に会う事になるとはな……」

「がっかりした?」

 ボブお父さんの言葉にヒヒノさんが下から覗き込むような感じに聞く。これが世に聞くあざとい行動って奴ですか?今度イネちゃんもやってみよう。

「いや、こっちの世界では性別での体格や筋肉量の差が決定的な強さにならないのは知っているからな、特に教会の神官長の奥さんとか……」

「あぁ、師匠のことですか……」

「あの人が師匠か、なら納得だ。あの人も銃に興味があるとか言って自分に向かって撃ってこいとか言って、お偉いさんの立ち会いの元行われたんだが……制圧射撃も全部避けてたからな、あれを見たら納得せざるをえないだろう」

「お父さんたち、そんなことしてたんだ……というかササヤさんと知り合いだったんだね」

 本当、お父さんたちは落ち着くまで何をやっていたんだろうか……。もちろん何をっていうのはお仕事以外のことね。

「それはそうと、この武器の使い方をご教授頂けるというのは……」

 キャリーさんがボブお父さんに聞いた。そういえば話題がそれていたね。

「おぉすまんすまん、職員側の許可も降りたし短期間で使えるようになる訓練をするから、お嬢さん方は覚悟するように!」

 あ、これは……物腰柔らかそうな口調してるけど、ボブお父さんはきっとやらかすかな。

 ルースお父さんに聞いたことがあるけど、ボブお父さんは昔軍人さんだったときは鬼軍曹とか言われてたとか。イネちゃんに訓練をしてくれたときも端々でそれっぽいのが出てたから、今回も出ちゃうんじゃないかなぁ……。

 そして始まったボブお父さんの訓練は……。

「よし、最高だ!君はもう銃を持たないほうがいい、味方を殺すことになるぞ!」

「よかったな!君に適した武器はその単発銃だ。だが狙撃銃は持つんじゃないぞ!」

「ほう、全種適応できているようだな。だが反動は殺しきれないようだから威力の高い銃を持つんじゃないぞクソ虫!」

 最後のほうは、完全にそれっぽい単語が出続けた訓練になりました。ミルノちゃんが涙目になったところで終わったけど。

 ちなみにクソ虫と言われたのはミミルさん。魔法が一番らしいけど、なんだかんだ射撃武器ならある程度扱えるように精霊さんが囁いてくれるんだって。そのおかげで軍曹モードのボブお父さんに罵倒されたけど。

「つい、昔のノリでやってしまった。すまない……」

「あ、いえ……私も泣いてしまってごめんなさい……」

 ボブお父さんとミルノちゃんがお互いに謝るのが続いているところで、ココロさんが。

「いやまぁ、軍隊の教官をなさっていたのならわかります。私も師匠に……」

 あ、フォロー入ったと思ったら遠い目に。

「えっと、そろそろ出発しないと町に着くのも日が落ちた後になるのでその辺で……」

 収集がつかなくなってきたところで、ヨシュアさんが提案すると皆がハッとして。

「そ、そうだな……それじゃあイネ、気をつけていけよ」

「す、すいません。私またご迷惑を……」

 と2人が言ったところでシューティングレンジから出て、ボブお父さんと別れて一旦町に戻ることになった。

 キャリーさんとミルノちゃんがある程度銃の扱いができるようになったのはいいけど、結局オーサ領へ出発するのは明日になっちゃったね、皆ごめんね、ボブお父さんが本腰入れちゃったから……。

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