第6話 イネちゃんとお父さんたち
「ごくろーさまでーす」
「君、今朝出発した子だったよね。もう帰ってきたのかい」
森の中、お父さんたちが使っていたロッジを中心に向こうの世界の基地のような、でも自然を壊さない最小限に作られた敷地の出入り口に立っている人と、イネちゃんは元気に挨拶をする。
お兄さんもイネちゃんのことを覚えていたようで、ちょっとからかう感じに聞いてきた。
「予想よりもちょっと消耗しちゃったから、補給に戻ってきたんだ。あ、それとね……」
イネちゃんが後ろを見ると、少し距離を置く感じについてきたヨシュアさんたちが立っていた。
「えっと、現地の人はあまりここに近づけないようにって……」
「いやぁ、ちょっと助けてもらって。イネちゃんが一度帰るって言ったらどうしてもついて来たいって。お父さんたちに合わせればイネちゃんが拒否しようとした理由で一番説得力あるかなーって」
お兄さんはイネちゃんの言葉に困った表情で少し考えると。
「じゃあちょっとここで待ってて、君は中に入ってもいいけど彼らには外で待ってもらう形にしてもらうけど」
「お父さんたち呼びにいくの?」
「そうだね、だから待っててね」
そう言ってお兄さんはロッジの中に走っていった。
多分通信機を使っているんだろうと思うけど、上の人と連絡しつつお父さんたちを呼ぶのかな?
と、それはそうとイネちゃんにはやるべきことがあったんだった。
まずはヨシュアさんたちに待っててもらうように言ってから、ロッジに入ってお父さんたちが用意してくれたロッカーから色々補給しなきゃいけないんだった。
イネちゃんはまず、ヨシュアさんたちが待っているところまで小走りで近寄って待っててもらうように言うと。
「うん、わかったよ」
とヨシュアさんは予想通りの返事をしてくれた。
「……疲れたのですが、あのロッジには入れないのですの」
「なんだか見たことのない建物の作りだし、やめといたほうがいいと思いますわよ」
キャリーさんとミミルさんはそんな会話をしたけどなんだかんだ納得してくれた。
「私は森にいるだけでテンション上がるし問題ない!」
ウルシィさんは本当にテンションが高そうな感じに叫んで木の上り下りを繰り返してるし、問題ないかな。
「それじゃあイネちゃんは補給してくるので、ちょっと行ってくるねー」
イネちゃんは手を振りながらロッジへと走り出した。
途中後ろを向いて手を振っていたから根っこに躓いたりしたけど、こけなかったけど。イネちゃんはバランス感覚も素晴らしいのである。
ロッジまで走り終え、中に入り受付の人に声を掛ける。
「すみませーん、イネちゃん……一ノ瀬のロッカーを開けてもらってもいいですか」
書類上イネちゃんはコーイチお父さんの戸籍なので、コーイチお父さんの苗字でロッカーを登録してあるのだ。つまり一ノ瀬イネがイネちゃんのフルネーム……イネちゃんは今のこの名前は大好きだよコーイチお父さんのこと尊敬してるし。
「えっと、はい身分証の提示をお願いいたします」
「はーい、これでよかったよね」
イネちゃんはマントのポッケから身分証を取り出して提示する。
イネちゃんはあっちの世界に行く時、両方の世界の偉い人たちがイネちゃんみたいなこっちの世界では迫害されると思われる子を保護する名目であっちの世界での身分を保証するために作ってくれたものだけど、そこには元のお名前と今のお名前、どっちも記載されててイネちゃんはお気に入りなのである。
ただ発行されたのはイネちゃんだけらしいけど、そうそうイネちゃんのような出来事は無いってことかな、絶対にありえなくはないし、今後増える可能性があるってことで制度として作った。ってお父さんたちから聞いただけだから、イネちゃんはよくわからないけどそういうことらしい。難しいね。
「はい、確認しました。ロッカーに名札が付いているので間違えないでくださいね」
受付さんがイネちゃんの身分を返しながら教えてくれた。
「はーい、ありがとうございます」
イネちゃんはお礼を言ってからロッカーに向かう。お礼は大事。
イネちゃんはロッカーを開けて、中からP90のマガジンと、今後の補給の手間を考えて弾薬パックを1箱取るとマガジンはマントに差し込んで、弾薬パックは脇に抱えたままロッカーを締めようとしたところで。
「うーん、お薬とかももうちょっと必要かなぁ……」
戻ればきっとヨシュアさんが一緒に冒険しようと誘ってくるだろうし、治療薬や抗生剤とかは多い方がいいよね。
イネちゃんは油断も慢心もしないのだ、そうと決まれば閉めかけたロッカーをまた開けて、お薬を弾薬とは逆の左側の小分けできるポッケに入れてから、改めてロッカーを閉めたところで。
「イネ!イネはどこだ!」
コーイチお父さんの声が受付のほうから聞こえてきた。
イネちゃんがロッカールームから受付へと戻ると、なぜか完全武装状態のお父さんたちが職員になだめられながら立っていた。
「おぉイネ!こんなに早く帰ってくるなんて何かあったのか!」
イネちゃんを見つけたボブお父さんが叫ぶような音量で呼びながら近づいてくる。
「狼さんとドンパチ賑やかしただけだよー、おかげで想定より弾を使っちゃったから補給に戻ってきたんだよ」
「いや、それよりもイネと一緒に男が居たと聞いたんだが、どんなナンパ野郎なんだ、早く挨拶させろ」
ルースお父さんがライフルを構えながら言う。どんな挨拶をやろうとしているのか予想がつくあたり、さっき職員になだめられていた理由も想像ができる。
「落ち着け、まだたらし野郎とは決まっていない。最もイネの他に3人女を侍らせていたと聞いたから備える必要はあるがな」
ショットガンのポンプ部分をガシャっと動かしながらボブお父さんが言う。
「いや、お父さんたち。一応ヨシュアさんはイネちゃんのピンチを助けたんだからそういうのはやめてね?それにイネちゃんとしてもヨシュアさんはそこまで好みじゃないから安心してね」
イネちゃんも職員さんと一緒にお父さんをなだめるように優しい感じに言う。でもお父さんたちは……。
「そうか、ヨシュア君か。たーっぷりとお礼をしないとなぁ」
指の骨を鳴らしながら言っても説得力が無いよ、コーイチお父さん。
「もう、とりあえず銃はきーんし!でないと口きかないよ!」
イネちゃんの口きかないは、お父さんたちに対しての必殺技である。
「わ、わかった……銃はほら、職員さんに預けるからそんなこと言わないでくれ!」
「おう、ほら皆イネの言うとおりに銃はやめるぞ!」
とイネちゃんの怒った口調の言葉は、お父さんたちにはクリティカルヒットしてとりあえずヨシュアさんがいきなり銃でぶっぱされちゃう心配はなくなった。
さて、次はロッジの外……というか検問所の敷地の外にいるヨシュアさんのところまでお父さんたちを連れて行かなければいけない。
「でヨシュアさんはここに入れないから、お父さんたちも外に出ていいですか?」
職員さんに聞いて見ると、現地の人達を立ち入りを許すことができない以上仕方ないという感じの話し合いが聞こえてきて、許可が降りた。
「それじゃあ行こうか、お父さんたち」
こうしてロッジの外にお父さんたちを連れ出すと、ずっとロッジを見ていたのかヨシュアさんと目があった。
だけどヨシュアさんの顔がすぐに青ざめるのが確認できる。お父さんたち、多分すごい顔して見てるんだろうなぁ。
イネちゃんはそんなことを思いながら、ヨシュアさんのところまで小走りで近寄ったのであった。
「お待たせー、この人たちがイネちゃんのお父さんたちだよ」
「どうも、イネの父Aです」
「父Bです」
「パパCだ」
「I’m father.」
ボブお父さんは何故母国語?と疑問に思いながらも皆バラバラで簡単な紹介をした。
「あ、ど、どうも……冒険者のヨシュアといいます。こっちの金髪の子はキャリー、こっちの人狼族の子がウルシィ、エルフの子がミミルです」
「女を3人はべらすとはいい度胸しておりますねぇ、でうちのイネにもツバつけとこうというところですかい兄ちゃん」
ヨシュアさんの紹介にルースお父さんが、完全に映画に出てくる三下なチンピラさん口調で言う。
「い、いえそんなつもりは……ただ女の子一人は危険だと思いますし、僕としても仲間が多いほうが冒険が楽しいと思って……」
「ほう、ならなんで男が他にいないんだろうかねぇ!」
もう、ほかの3人が完全に怯えちゃってるよ……こうなったらイネちゃんとしては怒らざるを得ないのだ。
「ルースお父さん!怒るよ!」
「だ、だがなぁイネ。よくわからん馬の骨と一緒に旅するなんて……」
「こっちの世界はあっちの世界と違って危険が危ないんだから、女の子だけのほうが危ないでしょう!とりあえずイネちゃんはヨシュアさんに感謝はあるけど好きって気持ちはないから大丈夫だって!」
イネちゃんははっきりと怒るのである。
ルースお父さんも傭兵としてこっちの世界で活動していたから、イネちゃんの言うことも正しいと理解しているからテンションを下げつつも黙ってくれた。
でもなんでヨシュアさんもがっかりしているんだろう。
「……まぁ仕方ないさルース。イネの言うことは正論すぎる」
ムツキお父さんがルースお父さんの肩に手を置いて慰める。
「そうだな、とりあえずヨシュア君。イネの安全のためにも君のことを信頼しておこう。これは親愛の握手だ、俺たちの世界では手をつなぐことで親愛を示す文化だから合わせてくれ」
ボブお父さんがそう言って右手をヨシュアさんに差し出すと、ヨシュアさんも「はい」と短く答えて手を握った。
うんうん、これでいいんだよ。こっちから歩み寄らないと永遠に平行線ってね!
でも今すっごくヨシュアさんが痛そうな顔してるけどどうしたんだろうね。
「さて、挨拶も済んだことだし……選別にこのパンをやろう」
コーイチお父さんがヨシュアさんに、お店の大きな袋を渡す。
ヨシュアさんが中を見ると袋一杯のパンが入っていた。いたけど、イネちゃん知ってる。これ売れ残りだって。
廃棄にもお金がかかるって言ってたし、この量なら毎日やってる子供食堂とかにも影響無いから持ってきたんだね、コーイチお父さん。
「それじゃあイネちゃんたちはそろそろ行くよ、ちょっと多めに弾とお薬持ったから今度は一週間くらいかなー」
「一週間……だと……」
イネちゃんの予定を伝えるとお父さんたちは絶望的な表情をする。
どうやら、お父さんたちのイネちゃん離れはまだまだできそうにないみたいだね。
「じゃあ行こ、ヨシュアさんたち」
そう言ってヨシュアさんたちを引っ張って敷地を出ると、イネちゃんは一度振り返り。
「お父さんたちーいってきまーす!大好きだよー!」
お父さんたちは満面のだらしない笑顔で見送ってくれた。
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