少女傭兵の活動日記
水森錬
第1話 イネちゃん、大地に立つ
私は以前、ゴブリンに襲われた村に住んでいた。
大人は皆ゴブリンに殺されて、お父さんとお母さんも例外じゃなかった。
ゴブリンは特殊な例を除いて、メスに当たる個体が存在しない。私のような、ゴブリンと体躯が似たような女の子はそのまま巣に連れ去られ、男の子は……私は気を失っていたのでわからないけど、基本的には餌にされるらしい。
他の女の子たちがゴブリンに連れて行かれるのを怯えながら見るしかできない日々が続いて、遂に私一人になった翌日、私は助け出された。
私を助けた大人の男の人は4人で、なんでも週末に現れて町の周辺の害獣駆除依頼だけを受ける変な人と、最初に預けられたところに居たお姉さんに聞かされた。
そして、私はゴブリンの子を宿しているかもしれないから、この町に居られないということも……。
このままでは私は一人、どこか遠い場所に行くか、最低限の装備だけで町を追い出される。
でもそんな心配は、助け出された一週間後に全部吹き飛んだ。
私を助けてくれた4人の男の人が、私を引き取ると言ってくれて、私の新しいお父さんになってくれた。
でもお父さんたちは本当は私の世界に来ちゃダメって言われていたのに来てたみたいで、私はしばらくの間、お父さんたちがこっちの世界で使っていたロッジに住むことでごまかしていたらしいんだけど……。
今から5年くらい前に二つの世界の偉い人たちが話し合った結果、決められたところでの行き来をするのがいいことになった。
その時に私たちのところに、お父さんたちの世界の偉い人たちが来て色々怒られたらしいけど、私がいたことで特別に許してもらったらしい。
そんなこんなで私が助け出されてから10年後、今私ことイネちゃんは……。
「傭兵イネちゃん爆誕!お父さんたちほら写真!」
二つの世界の知識を存分に持った傭兵として、生まれた世界に降り立ったのである。
意気揚々とはしゃぐ私に、お父さんたちは皆心配そうな顔で大丈夫かと聞いてくるけど、ただの過保護だということはイネちゃんは知っているのだ。
「で、でも17歳の女の子が一人で傭兵だぞ。お父さん心配しすぎてパンが焼けないよ!」
こんなふうに心配してくるお父さんはコーイチお父さん。
私を助けたときは会社員……っていうのをやってたらしいけど、今は脱サラってのをしてパン屋さんをやってる。
「ただ可愛い子には旅をさせろとも言うし……あちらの世界ではとうに成人年齢なわけだからなぁ」
こうして理解を示してくれるお父さんはムツキお父さん。
じえーかんっていうお仕事で、他のお父さんからはよく首にならなかったよなとお酒を飲むといつも言われている。
「でもよでもよ、やっぱり心配じゃね?最初は俺たちでサポートするのはいいと思うんだ。うん、我ながらいいアイデアだと思うぜ」
このちょっと軽い口調のお父さんはルースお父さん。
アメリカって国の軍人さんだったらしいけど、任期が終わると同時に帰化してコーイチお父さんと一緒にパン屋をやってる。
「いや、それじゃあ意味が無いってイネに散々言われただろうが。気持ちはわからんでもないが」
この大きくて冷静な感じのお父さんはボブお父さん。
ルースお父さんと一緒で軍人さんだったらしいけど、退役っていうのをして今はコーイチお父さんのパン屋さんの隣で雑貨屋さんをやってる。
ボブお父さんにはイネちゃん以外にも家族がいて、ボブお父さんのお嫁さんはイネちゃんにとってもお母さんみたいな存在。
「イネちゃん、本当に大丈夫?」
この心配してくれる女の子は、ボブお父さんの娘さんでステフっていうの。
ステフお姉ちゃんはイネちゃんにとってお姉ちゃんみたいな存在、心配そうな顔を見るのはちょっと苦しいけど……。
「うん、イネちゃんはお父さんたちに教わった技術で、生まれた世界を見て回りたいの。お父さんたちから教えてもらったことをちゃんと守るし、無茶はしないから大丈夫だよステフお姉ちゃん」
「でもイネはお調子者だからなぁ」
ステフお姉ちゃんはそう言いながらも、イネちゃんと目があったところで笑う。
もちろんイネちゃんも一緒のタイミングで笑う。
こんな感じに仲のいいステフお姉ちゃんと別れるのは寂しくもあるけど、やっぱりイネちゃんの意思は変わらない。
「このままだといつまで経っても出発できないから、もう行くね。どのみち定期的に帰ってくる予定なんだし」
イネちゃんの装備は、お父さんたちが調達してくれた銃とナイフ。それ以外は教わりながらイネちゃんが自分で作ったグレネード。
服は学校に行けなかった私のわがままでセーラー服を用意してもらって、その上に特殊部隊でも使うっていう外套……っていうのはなんかカッコ悪いから、マントに全部保持できるようになってる。
銃はお父さんたちがアレコレいじったP90っていう名前の銃で、それのマガジンも一杯マントに差せるようになっていて、簡単にリロードができるように何度も練習したし、万が一の近接戦闘もナイフ戦と素手での戦闘、両方お父さんたちに叩き込んでもらったんだから大丈夫。
無論銃なんだから弾がなくなったら帰ってきて補充しなきゃいけない。
あっちの世界では、いくらお互いの世界の行き来が認められてるとは言っても物流までは認められていないのだから仕方ないのだ。
その代わり本来銃をもっちゃいけない国なのに、イネちゃんの生まれた世界と行き来できる場所で、イネちゃんのような傭兵をやる人達には特例として許可されて、入手自体も国の偉い人達が用意した物からお金を払って買うことができるようになったんだって。
お父さんたちがそう言ってただけで、イネちゃんは詳しくは知らないけどできるのなら大丈夫なんでしょ、多分。
「じゃあイネちゃんはもう行くよ。お父さんたち、お母さん、ステフお姉ちゃん、行ってまいります」
ビシッとムツキお父さんがお仕事でやっているらしい敬礼をして、走り出す。
お父さんたちが叫んでいるのがわかるけど、一度走り出したイネちゃんは止まらないのだ。
お父さんたちとステフお姉ちゃんの声が聞こえなくなった辺りで、森の木々しかなかった視界が開ける。
「イネちゃん、大地に立つ!」
イネちゃんはそう叫びながら、森から出た街道に躍り出たのだった。
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