scene72*「手紙」
結構純情?
【72:手紙 】
私たちは授業中にルーズリーフで手紙を交換する。
手紙といっても会話中心みたいなものだ。
その相手は同じ一番後ろの列の右隣に座るナベシマだ。
おしゃれ坊主で黒縁メガネの彼はいかつい見た目にヤクザなんて揶揄されているけれど、その実は見かけによらず優しくて面白いし、結構良い奴だ。
お互いいつもくだらない馬鹿話しかしないけど、おかげで隣の席になってから私は毎日が楽しい。
『ねぇ、ちょっと問4わかんないんだけど答え教えて!マジ当たる!!』
『お前進学?就職?大丈夫かよ』
『それどころじゃないっつーの!マジ教えてくださいお願いしますナベシマ様!!』
『しょーがねぇなぁ。あとでなんかおごって。答えは31』
げっ、今月はスマホゲームについ課金しちゃったからピンチなんだよなと思いつつも、答えを教えてくれた事に背に腹は代えられないので、とりあえずナベシマにサンキュ☆とお礼のジェスチャーをすると事なきを得た。
本当に学校に勉強しにきているはずなのに本末転倒だ。だけど私はこんなどうしようもないやりとりが楽しいし好きだ。
そしてベタなことに、ナベシマが好きだったりする。
毎日何かしら大笑いして、何でもよく話せる相手を好きにならないわけがない。
授業終わりのチャイムが鳴ると、私はナベシマに話しかけた。
「さっきの助かった。マジさんきゅー!」
「おー。おごってくれんの楽しみにしてるわ」
「マックのアップルパイでいい?」
「え、セットだろ?」
「おいおい!」
絶妙なコメントに絶妙なノリで返す。
口では辛らつな事をわざと言いあっているけど、本音のところでは卑しい事に私はそれ以上の変化を望んでしまってる。
私がナベシマの名前を言うたびに振り向かれる瞬間、胸の内側から小さくデコピンをしたようにトンッとわずかに心がはねる。
ナベシマにこの事を言えたらいいなと少しだけ思ってはいるけれど、逆に私が切り出したらどんなリアクションをするんだろう。
昼休み終わり、始業のちょっと前に仲の良いナオミと一緒にトイレに行った。女子特有の連れトイレ。
中学の頃は何で女子ってみんな連れだってトイレに行っているんだろう。ばかみたい。なんて冷めたように思っていた。
だけど高校に入りナオミと仲良くなってから、女子が連れだってトイレに行く理由がちょっと分かるようになった。それだけ大好きな友達とくだらない話を続けていたいってこと。
用を済ませ手を洗いながら鏡前でナオミがリップを引いた。
そのリップを見て「それどう?私こないだ買ったのが合わなくてめっちゃ皮むけた」と言うとナオミは唇をムーッと上下に合わせてパッと開く。
「これ結構いいよ。コンビニのコスメラインから出てるから美容液入ってる」
「マジで?私が買ったやつ外国のメーカーっぽいけど薬用成分の匂い強いし、何かダメだったなぁ」
「あー、分かる。ダメなやつホント唇悲惨になるよね。塗っても渇くし。これそんなに高くないからいいよ」
「じゃ真似する」
「しろしろ。あ、ミドリってさぁ、ナベと付き合ってるの?」
「え?違うよ」
「そなの?最近よく話してるし仲良さそうだからそうなのかなって。でもナベのこと好きでしょ」
声の大きいナオミに心なしか慌てた。
私は返事を濁しつつも、考えた末に白状しすることにした。
だってナオミ、女のカン鋭いもん。今のも私が言い淀んだ時点で完全に黒なのもバレバレだ。
「……ちょっとだけね」
本音言うと付き合いたい。
「でも、付き合いたいとまでは思ってないよ」
ソレ言っちゃうと、もうあのやりとりができなくなるかも。
そんなことを思ってつい付け足すように言った。
可愛くない事を言ってしまうこの口が憎たらしい。かといって、いつもの手紙で可愛い事を伝えられるはずなんてない。
ナオミの目は、それでほんとにいいの?って言っているような気がしたけど、私の心を汲んでか「へぇ。そっかそっか」とわざと興味なさそうに言って、それ以上は聞いてこなかった。
「ナオミ、ありがと」
「別に。何かあったらいつでも聞くし」
「さんきゅ」
ナオミのこういうところ、友達としてすごく好きだと改めて思った。
ナベシマを意識しながらも自分の本音にどう折り合いをつけて、これから過ごして行こうか考えていると、トントン、と机の右端を叩かれた。
そこにはきちんと折り畳まれたルーズリーフが置いてある。
ナベシマを見たら珍しく知らないふりをしていた。こちらを見る事もなく視線はまっすぐに先生の字で英文が書かれた黒板に向いている。
一体なんだろうと思って手紙を開くと、 飛び込んできた直球な言葉に、驚いて体が揺れそうになった。
『お前、好きな人いんの?』
気にかけてくれてちょっと嬉しい気持ちと、どうしいきなりこんな事を聞くのか怖いような気持ちが織り交ぜになって、ナベシマに何て言えばいいのか迷った。
私はしばらく考えて、迷ったけど正直に書くことにした。
『いるよ。なんで?』
先生の目を盗んでナベシマの机にさりげなく置く。
ついでに私もナベシマの真似で知らないふりをしたら、返事を書き始めたのが横目で分かった。そしてまた机の右側に置かれる。
『女子トイレ通りかかったら聞こえた。 そいつに告るの?』
何だか拍子抜けした。もしかして、相手が誰だか気づいてない?
とりあえずここで相手はあんただなんて書いたらきっとビックリするだろう。私はギリギリまで伏せて見る事にしてみた。
『告らない……と思う。告れない。』
『なんで?お前なら大丈夫じゃん?顔も結構可愛い部類だし』
『もし失敗したら気まずくなるのいやだから。』
『でも彼女になれたら幸せなんじゃねーの?』
『友達でいれる楽しさ&幸せってあるでしょ?それなの。だから言えない。』
『そいつ誰?』
ナベシマの切り返しがグイグイくるので、自分の手の平が少し汗ばんで気持ち悪かった。これでは白状せざるを得ないじゃないか。
蓋を開けたら天然だなんて、ナオミよりも強敵だ。
『ひみつ。でも、もし仮に、誰かから告白とかされたら、ナベシマはどうする?』
書き終わると今までの中で一番心臓がバクバクした。私の質問にナベシマもちょっと考えているようで、しばらくして手紙が再び机に置かれる。
何だか不毛なやりとりだなと苦笑しそうになるも、ナベシマの返事に思わずどきっとした。
心臓がはねあがったのは、嬉しさからくるものじゃない。
『断る。俺今好きな子いるし。』
ちょっと……いや、かなり落ち込んだ。その返事。
これ完全詰んだわ。
だって『断る』とまで書いてあるのを私に教えるだなんて、完全に脈なしの証拠じゃん。私だったら好きな相手にそこまで書けない。だって「もしも」に賭けたいならそれで相手が諦めちゃったらショックだもん。まぁ、それは脈あり前提になっちゃうけど。
私は震える手がなるべくバレませんように、と祈りながら「友達」としての同意意見を書いた。
『でしょ。友達として気まずくなるじゃん。だから私は言わないんだ。』
完全玉砕の脈なしの恋と分かったら、もう返事なんか書きたくなかった。何て書いたらいいか分からないし、何を書くにも「やっぱりダメだったか」と内心泣きたくなるに違いないから。
ぶっきらぼうに手紙を置いて、ナベシマのほうにも向きたくなかった。それなのにしつこくも返ってきたナベシマの返事は、一転してた。
『でもそれが好きな子だったら断らねー。』
なんなんだ。苛々して、投げやりな気持ちで続けてやる。
『ちょっと、じゃあ好きな子教えなさいよ。』
『じゃあお前も教えろよ。』
『やだ。言いだしっぺが先に白状すんのが筋でしょ』
しょうもない押し問答と化してきた手紙をやめてしまいたくなる。
初めてこのやりとりを嫌だと思った。もう次のでやめようと思ったらナベシマが、こっそりと私に話しかけてきた。
『わかったよ。仕方ねーな……お前、自分のノートにテキトーでいいから矢印書いてみろ。』
なぜかうんざり気味のナベシマ。私は言われたとおりに真っすぐ。それも、ナベシマがいる右向きに書いてみた。確認したナベシマが言う。
『その矢印を時計の6にむけた方向が、俺の好きな女子の席。』
私は時計回りに、ゆっくりとノートを回転させた。
6時。……あれ?
私は一番後ろの席。誰もいない。
私しかいない。
思わずナベシマを見ると、黒板のほうをじっと向いていた。赤い顔してた。
……こいつって結構純情?
信じられないような気持ちで、嬉しくて、授業を教えてくれる先生の言葉なんてすっとんでた。
たまらなくなった私はこそっと話かけた。
「(ナベシマ……)」
「(なんだよ)」
「(実は私もナベシマと同じ方向の男子が好きかも)」
するとナベシマは、また手紙に何かを書き出した。
乱暴に何かを書いたと思ったら雑に手紙を畳んで置いた。私はそれを手にするとそっと開く。
書かれていたのは、サインペンでご丁寧に、それもぶっとく「好きです。俺と付き合って。」の文字。
まさにラブレターだ。
私は、返したくないと思って新たなルーズリーフまるまる一枚に、ペンケースに入ってた筆ペンで返事を書く。
「私もだいすきです。私とつきあって。」 と──……。
勿論私の返事を見たナベシマは、もっと真っ赤な顔をした。
教室内で外見がヤバいって言われている男の、こんな顔に気付いているのはきっと私だけだろう。
照れ顔のナベシマと目があった瞬間に、授業終わりのチャイムが鳴り響いた。
( 授業中の純情恋模様 )
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