辞表②
「あの、神様、それは……」
ルシフェルは震える声で尋ねた。
いやまさか。まさかそんな。と心の中で繰り返す。
どこからとも無く降り注いでいた光はいつの間にか雲に隠れて、天界の鳥たちも巣に帰っていったようである。
「うむ。お前のために、ひとつこしらえてやったのだ。どうじゃ、これでわしと一緒に冒険とシャレこもうではないか」
神は、腕を組み、しみじみと語りだした。
「考えてみれば、わしだけこんな楽しんでいるのもおかしな話じゃ。お主も、ずっとわしばかり遊んでおるからあんなに邪険にしていたんじゃろうて。例の城攻めに負けて以来、わしは反省しておったんじゃ。わしは自分のことばかり考えて、お主らのことをちっとも考えておらんかった。そこでわしは思ったのじゃ。これからは、皆で一緒に楽しもうとなあ」
神は杖を振りながら、言葉を続けた。
「これからはひとりに一つずつパソコンをあてがおうかとも考えておるんじゃ。不平等があってはいかんからの。皆が一台ずつマシンを持って、ひとつずつ自分のキャラクターを持つ。そして、気兼ねなく皆で遊ぼうではないか。いや、決してわしのクランの戦力が足りんとか、そういうことではないぞ。純粋に楽しもうと言っておるのじゃ」
神はもこもこと床の雲を変形させて、机と椅子とを作り出した。その上に、さきほどのPCをぽんと置いて、ルシフェルに促した。
「ま。まずはお前からじゃ。ほれ、好きなようにやると良い」
神はほれほれ、と手で誘うが、ルシフェルはひどく暗い顔をしていた。
「いえ、その、私は……」
「なんじゃ、青い顔をしてからに。仕事ばかりしておるからそうなるんじゃぞ。そうじゃ」
神はポンと手を打つと、何か思いついたように自分のパソコンに向き直った。
「どうせ新しく始めるならな、せっかくじゃ。かわいい女の子でやったらどうかのう。ほれ、こういう感じでのう」
そう言いながら、神は自分のパソコンに、新規登録の画面を表示させた。そこには、セクシーな装備をした女戦士が映っている。
「いえ、あの……」
「なんじゃ? 見にくいか。よし、ならこうじゃ」
ぼわっと煙が舞い上がり、神の体を包み込んだ。煙が消えると、そこに老人の姿はなく、画面の中にいた女戦士が立っていた。
「ほれ、どうじゃ、いいじゃろ」
女戦士の姿をした神は、くねくねと腰を動かして、自分の体をルシフェルに見せびらかした。
「それにな、くふふ、こういうのもできるんじゃ」
にやにやと下品に笑いながらマウスホイールを回すと、それに合わせて胸のふくらみが大きくなったり小さくなったりした。ぐりぐりと動かすと、どんどん胸はふくらんでいき、これでもかと言うくらいの巨乳になって、それ以上大きくならなくなった。
「…………」
ルシフェルは、その光景をただ呆れた目で見るばかりである。
「まだまだ。こんなもんじゃないぞう。よし、ならこれは秘密なんじゃがの、ちょっとした修正プログラムがあるんじゃ」
神はぽちぽちとキーボードを操作すると、またにっと笑ってルシフェルの前に立った。
そして再びホイールを動かすと、胸のふくらみは先程の限界を超えて、際限なく大きくなっていった。
「どうじゃ。限界突破パッチなんじゃがの。面白いじゃろ」
そう言いながらも、二つの膨らみはみるみる大きくなっていく。そのうちに自身の大きさすら超えて、もはやそれが胸なのかなんなのか分からない大きさにまでなっていた。
ルシフェルは二つの肉のかたまりにつぶされるようになって、壁に押し付けられた。ようやくそれがしぼんで開放されたときには、ルシフェルはもはや抜け殻のように、すっかり無気力な様子であった。
(もうダメだ。限界です……)
限界でした。
「でな、他にも……なんじゃ?」
ルシフェルは、上機嫌にマウスをいじる神に、手の中にある書類を渡した。
「ええと、こりゃ……辞表? なんじゃ、お主、辞めてしまうんか」
「ええ……申し訳ありませんが」
「なんでまた」
「………………一身上の都合と言うことに、しておいてください」
ルシフェルの目のしたには、恐ろしいくらいにくっきりとクマがあらわれている。その疲れきった目で、ルシフェルは神にじとっとした視線を送った。
「ふむ、ま、お主がそう言うのなら止めはせんがのう。しかし、このご時世、再就職は辛いと思うがのう」
「……地獄へでもどこへでも、当たってみようかと」
「そうか。向こうは辛いとこだと聞くがのう」
「ここよりは……いえ、とにかく、お世話になりました。では――――」
ルシフェルはそう言って、天界を後にするのだった。
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