終末①

 結局、ルシフェルはあれ以来ゲームに触ってもいない。


 というよりも、神を説得すること自体を諦めてしまったように見える。

 マスティマの言うとおり、あんな様子では誰の言葉も聞きやしない。それはルシフェルも身を持って知ったと言っていいだろう。


 諦めの中で、ルシフェルはただ、時間が過ぎるのを待つだけとなった。

 人間たちの世界は決して永遠ではない。ゲームですら同じだ。いつか神自信が飽きてくれるか、そうでなければゲーム自体が世間から飽きられて、サービスが終了するのを待つのが、受け身ながらも近道のように思えた。それが何年後になるかはまだ分からないが、毎日をピリピリしながら過ごすよりも、ただ自分にできることをして待つ方がはるかに気持ちが良いと言うものだ。


 ルシフェルは今まで以上に勤勉に働いた。神が働かない分、自分に回ってくる仕事は、より意欲的に取り組むようになった。いつか神が復帰した時に、スムーズに受け渡すことができるよう、そして子天使たちに自分の仕事量のしわ寄せが行かないよう、ひたすらに丁寧に、全ての仕事を請け負っていった。

 小天使たちから見てすらも、そのある種異常な程の働きようは明らかだった。


「ル、ルシフェル様、少しは休まれた方が……」

「なに、大した事はないよ」

 ルシフェルはそのたびにくたびれた顔で笑顔を作り、心配させまいとするのだった。



 ある時、天使たちが騒々しく集まっているのが見えた。

「どうしたのだ」

 とルシフェルが聞くと、天使たちは青ざめた様子で口々に、

「あ、悪魔たちが……」


 どうやら、地獄から悪魔が攻め込んできたようである。前哨基地に配備した天使が、悪魔たちの軍団の動きを嗅ぎつけたのだ。その数、ゆうに百万近く。前回の大戦からはや幾百年、悪魔たちも戦力を整えていたのだった。ルシフェルはすぐさま天使たちに戦闘準備をするようにつげ、他の上級天使たちにもその旨を伝えた。


「いやー、腕がなるな! 何年ぶりだろうな!」

 ミカエルは実に嬉しそうに腕を振った。そして部下の兵を引き連れて、さっそうと槍を持って前線へと向かっていった。戦いがあるごとに大きな成果をあげているミカエルらしいことである。


 ルシフェルら他の上級天使たちも、手早く自分の部下を集め、戦闘の準備をした。弓兵、槍兵、天馬にまたがる騎馬兵、様々武器を持ち、天界中の天使たちが秩序立って隊列を組んでいる。彼らを指揮し、勝利に導くのが天使長たるルシフェルの役目だった。


 だが、そこにあってルシフェルはひとつの不安を感じていた。

 それは天使たちの「士気」である。


 大規模な戦闘において重要なのは、ひとりひとりの力量や技術ではない。むしろ、隊全体の「やる気」のようなものがものを言うのである。敵を前にしておじけづくようでは話にならない。自分たちが間違いなく正義であると盲信し、躊躇なく敵を打ち倒す気合が必要なわけである。勢い、と言っても間違いではない。そのために戦いの前にはときの声をあげるのであるし、人間界の戦ではプロパガンダが重要になってくるのだ。事実、戦力で圧倒的に上回っていながら、虚をつかれて敗戦する話というのは、人間の世界では枚挙にいとまがないものである。


 こういう時に、もっとミカエルのように好戦的な天使たちが多くいれば、とルシフェルは思う。さすがに常日頃からミカエルのようであっては困るところだが、しかし元来は人間たちの平和のために働く天使たちである。みな戦いへの不安を隠せないようだった。

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