終末②
そして、何よりも彼らの不安をあおるのが、神の不在だった。
「こんなときだと言うのに、神様は天使たちを置いて一体何をやっているのだろう……」
「まさか我々は見捨てられたのではないか……」
「俺たちに何が出来るっていうんだ……うう、死にたくない」
ひそひそとそんな声がルシフェルの耳にも届いてきた。
ルシフェルはこれを重く見ると同時に、これはもしかしたら最後のチャンスなのかもしれないと思った。悪魔との戦争が始まるのだ。さすがにこれならば、神とてかろんじることはできないだろう。
ルシフェルは、そして神の部屋へと赴いた。
「神様、ご報告いたします。現在、悪魔たちの戦力は百数十万。大勢力となっております。天使たちは敵の数に恐れをなしているようです。どうか、御自らの手で我々を勝利にお導きくださいませ」
ルシフェルはパソコンの前に座る神にひざまずいてそう言った。神のために戦う無数の天使たちのために、どうか、どうにか動いて欲しい。ルシフェルの必死の懇願であった。
だが、神はあいかわらずもってゲーム画面から目を離そうともしないのである。
「神様!」
ルシフェルは再び激昂した。しかし、それでも神は完全に無視を決め込んでいる。
「今重要なときなんじゃ。あっち行っておれ」
しっし、と手を振って、神はルシフェルを遠ざけた。
「何が重要ですか! 悪魔が攻め込んでいるこの時に?」
「こっちだって攻め込まれとるんじゃ」
ゲーム画面には、大きな城と、そこで戦う無数のキャラクターたちがひしめき合っていた。これまでにルシフェルが見たこともないような大規模な戦闘のようである。
「城攻めなんじゃ」
「城攻め……?」
「二年かけてやぁっとな、わしらのクランが城を持ったんじゃがの。こうやって一週間ごとに別のクランが城を奪いに攻めこんでくるんじゃ。これに負けるとまた城を取り替えさにゃならん。ここが正念場なんじゃよ。分かるか? しばらく週末は話しかけんでくれんかの」
「それがなんですか。こっちは命がかかっているのですよ?」
「うるさいやつだのう! わしらは遊びでやっとるんじゃないんじゃ。これは真剣勝負なんじゃぞ。分かっておるのか。皆の信頼がかかっておるんじゃ。命なんぞ、ここにおる連中はみんなかけておるわい!」
神は一度だけ振り返り、すさまじい剣幕で言い切った。しかし、操作が忙しいのか、すぐに向き直り、戦いに没頭した。
狂ったように忙しくキーを打つ神の背を見ながら、ルシフェルはがっくりと肩を落とした。もはや、あきらめの気持ちすらない。ルシフェルの中にあったのは哀れみである。
―――― ああ、少しでも期待した私が馬鹿だったのだ。初めから分かっていたじゃないか。
ルシフェルは何も言わずに振り返り、部屋をあとにした。そのときに、不意に涙がこぼれそうになっていたことに気が付いて、それをごしごし拭いた。
私がしっかりしなければならないのだ。
天使たちの元に戻ると、そこにはちょうどひと仕事終えたミカエルが、ルシフェルを待ち構えるようにして立っていた。
「よお、どうだった?」
ルシフェルは、ミカエルの顔をちらりと見た。ミカエルは、ルシフェルがぼろぼろに泣いているのを見てぎょっとして身を引いた。
「ああ……うん、なんだ、がんばれ」
ミカエルの呼び掛けに、ルシフェルはこくんとうなずいた。
そしてルシフェルは天使たちの前へ立ち、なかばヤケクソに声を上げた。
「皆の者! 神は我々を信じ、この戦い全てを私どもに任された! 気負うな、飛べ! 怖気づくな、走り抜けよ! 勝利は我々の手にあるぞ!」
槍を掲げるルシフェルに続き、天使たちが声を上げた。
戦は、ルシフェルの一騎当千に値する働きで、無事天界軍の勝利で幕を引いたということである。
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