隣人愛④

「ども、初心者の方ですか?」

 画面のチャット欄に何者かからの発言が表示されている。ルシフェルは慌てた。


 ルシフェルのそばには、露出の多い装備をした女の子が立っていた。

 まさかいきなり人から話しかけられるとは思わなかった。とにかく、何か返事をしなければ。ルシフェルはキーボードの中からボタンを探して、文字を打ち込んだ。

「hai」

 うっかりアルファベットのまま発言してしまった。ルシフェルはあせった。変な奴だと思われたりしていないだろうか。このキーボードというのがいけないのだ。こんなに分かりにくく文字を配置しているおかげで、ずっと下を見ながらでないと文字を入力できないのだ。


 すぐに何かフォローせねばとキーボードを叩くのだが、出てくる文字列はでたらめで、どう修正したらいいのかも分からない。隣の席から、マスティマの笑い声がした。

「あっはっは。僕ですよ僕」

 マスティマのモニターにも、ルシフェルのキャラクターが表示されていた。そして向こうの中心に写っているのは、例の妙に露出の多い女の子のキャラクターである。


「ま、紛らわしいマネをするんじゃない」

「いやあすみません、つい。天使長、初心者なんですから、僕が案内してあげますよ」

「その申し出はありがたいが……仕事はどうした。遊んでいるのなら承知しないぞ」

「ま、そこは言いっこなしってもんじゃないですかね」

「…………」

 痛いところをつかれて、ルシフェルは押し黙った。

「百歩譲ってそれは許すとして、だ。なぜそんななよなよしい女の姿をしているのだ。大体そんな風に肌を見せて、天使としてその風紀はどうかと思うぞ」

「いいじゃないですか。ゲームの中なんだし。せっかくだったら、好みのキャラクターでプレイした方が楽しいでしょうよ」


 こういうのを乱れていると言うのだ、とルシフェルは思った。いや、しかしそこまでは言うまい。マスティマの言うとおり、ここはゲームの中なのだ。

 そんなところまでカリカリと言うのは、それこそゲームと現実とをごちゃごちゃにしている馬鹿のすることだ。



 マスティマの言うには、ここから東に行ったところに見える街が、初心者が滞在するのにちょうどいい場所なのだという。


 街までは短い道程であったが、その間に何度か敵モンスターとの戦闘があった。高レベルなマスティマといっしょにいたおかげでそれらとの戦闘に全く苦はなく、敵は二人の攻撃にあっさりと倒されるだけだった。


「なんだ。簡単なものだな」

「ま、最初ですから」

「地獄の悪魔どももこんな風に楽に始末できれば良いものだがな。奴らはいちいちしぶとくて嫌になる」

「現実じゃこう簡単にはいきませんからね。ま、そこがゲームってやつですよ。敵は倒されるために湧いてるわけですから、鍛えていけばどんな敵も倒せないハズがないんです。まあ世の中には勝つことに夢中になっちゃって、PKなんてやってる奴もいますけども」

「PK? なんだそれは」

「PK(プレイヤーキラー)って奴ですよ。モンスターじゃなくて、他のプレイヤーを倒して回ってる、まあゲームの中の殺人鬼ってとこですかね。天使長も注意した方がいいですよ。最近じゃ初心者狩りも増えてますから」

「ふむ」


 そんな話をしながら歩いていくと、すぐに街までたどり着いた。街の中には、多くのプレイヤーが集まっているらしく、人の流れが数多く見えた。


 しかし、不思議なことに街の入口付近にはプレイヤーキャラクターがほとんどいない。数人の戦士タイプのキャラクターがうろついているだけで、人の出入りというものが皆無なのだ。


 その様子を見て、マスティマがうげ、とつぶやいた。

「まずいっす。向こう側に回りましょう」

「なぜだ? ここから入ればいいじゃないか」

「いや、まさに今言ったあれですよ。初心者狩りの集団っす。このあたりはスタート地点のひとつですからね、何にも知らずに街に入ろうとするプレイヤーを狩ってるんですよ」

「分からんな。そんなことをして何になるというのだ」

「いや、得になるようなことは何にもありませんよ。経験値が入る訳でなし、アイテムを奪えるわけでもないし。単純に弱いものをイジメて自分のプライドみたいなものを満足させてるんでしょう」

 馬鹿馬鹿しい。と思うと同時に、ルシフェルの中でちょっとした正義の炎のようなものが揺らぐのを感じた。

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