魔女裁判

上山 詩生

魔女集会:0

 彼の国には『魔女』がいる。


 魔法、或いはそれに類する術を扱う者のことではない。此の世に生まれる者は大小の差こそあれ、すべからく平等に魔力を体内に保有している。魔女、ないし魔法使いとは至極当たり前の存在であり、態々呼称するまでもないのである。子どもたちは貧富の差に関係なく支援を受けて就学し、魔力の制御や魔術における基礎を身に付け、適正に合わせて錬金術、占術、魔具生成など多数の分野へ学を深めていく。また、魔法でどうにもならない分野においては蒸気機関技術によって補われ、暮らしを支える基盤となっていた。


 では、『魔女』とは何か。


 王政国家ビュルレンシフェールにおいて、『魔女』とはふたつの意味を持つ。

 ひとつは古より伝わる儀式に基づいて神官により制定される、至高の存在としての『魔女』。国に仕える彼らは男女関係なく『魔女』と共通して呼称され、『魔女』の中から更に選出された四名の『長』を中心に、集会サバトと呼ばれる会合が定期的に開かれる。けれど例外の時を除いて、彼らの立場が公に晒されることはなかった。

 何故なら『魔女』とは監視であり、抑止となるべき存在。まことしやかに語られる『忌避されるべき伝説』の再現を阻止するものとして定められているからだ。


 その『伝説』に登場するものこそ、ビュルレンシフェールが『魔女』と呼ぶもうひとつの存在。しかし、その仔細については何一つ分かっていない。

 口伝されている『魔女』とは、厄災を招き、滅びを振りまき、世界の理そのものを壊すもの。回避しなければいけない試練のカタチそのものである、ということ。そして国の破滅を謳う『予言』。


 『伝説』と『魔女』に縛られた国。それがビュルレンシフェール。しかし、国の成立から幾百年の時が流れた現在、『忌避されるべき伝説』は民の記憶から失われ始め、国仕えとして定められた『魔女』たちすら『伝説』は空想上の御伽噺だったのではないか、と訝しみ始めていた。



そんな、折だった。



「―――王が身罷った」


 たったひと言。告げられた言葉に、集会の場に集まった者たちにさざ波のような動揺が広がった。

 そこは広間のような空間だった。蝋燭の炎によって仄かに照らされる空間は薄暗く、窓はない。黒いローブを纏った人影が集まっていることも相俟って、その全容は判然としなかった。

 そして周りよりも一段ほど高くなっている中央部には、円形の白いテーブルが置かれており、周囲と同じように黒いローブを纏った四人の『長』が腰かけていた。

 ある『長』は姿勢正しく、

 ある『長』は腕を組み、

 ある『長』は顔を伏せ、

 ある『長』は気だるげに。

 まるで、玉座に座る王のように。


「まずは黙祷を。我らが王への手向けとして」


 指鳴りの音と共に中空へ出現した十字架へ向け、祈りの言葉と礼が捧げられた。


「……それで?」と、おもむろに口を開いたのは『長』のひとり。


「王が死んだのは何故?」

「いや、詳しいことは分かっていない。ただ、老衰と病死ではないだろう。王はまだ年若く、先週の定期検診の折に診た時点では、生命力も魔力も枯渇するには程遠い状態だった。他殺だろう」



 ―――でなければ、あんな無残な死に方になるものか



 王の亡骸を唯一見た『長』の沈痛な言葉に、他の三人は押し黙る。はっきりと亡骸の状態を口にしなかったことに動揺したのだろうか、周囲の『魔女』たちは死の原因をそれぞれ憶測して囁き合い、空間に漂う魔力を揺らした。


「静粛になさい。とはいえ、王の突然死とは……。まるで予兆ね」

「予兆とはあの、厄災の『魔女』が与えるという試練のことでしょうか……?」

「有り得ない、とは言えんな。王自身は優れた人とはいえ、御子息の方には不信点が多すぎる」


 ああ、と頷いたのは誰だったか。


「第二王子、シオン・ビュルレンシフェール・アルナイルズ。あの『暴君』ね」

「ああ。実の弟である第三王子と第四王子を相次いで処刑……城の女中たちの間では、六年前の第一王子暗殺も第二王子の手引きだったのではないか、と噂されている。王妃も三年前に心を病んで自殺した。あまりに死に塗れすぎている」

「そして、第二王子の行動には……『伝説』の『予言』と合致する箇所が、随所にみられます」


 ざわり、と集会が揺れた。


「王が亡くなったことにより、その座は『暴君』が継承する。これもまた、忘れかけられた『予言』の一部だ。我ら『魔女』の立場としては、決して軽視できるものではない」

「……『北』の長よ。まさか王に反旗を翻す、と?」


 懸念が周囲の『魔女』からあがる。

 彼ら『魔女』は『伝説』の監視・抑止となるべき存在として選出される。秘匿されているとはいえ、役目の遂行が最優先。だが、仕えているのは国であり、そして王だ。王族が『忌避されるべき伝説』に記された『魔女』であったのなら、役目を遂行するときには敵対する。

 それはつまり、国に対して大罪を犯すことと同義。


「諸君の懸念もわかる。決めつけるのは時期尚早……よって、暫くは『観察』だ。他にも不確定要素が存在するしな」

「と、いいますと……?」

「それは『西』の長である私から申し上げます」


 何処か悲壮な響きを滲ませた声が静かに告げる。


「先日、王城の騎士団から何者かが侵入したとの通達がありました。王が亡くなる直前のことです。城の衛兵によると、交戦の末に侵入者は城から逃走、東の方へ逃れたとのこと」

「つまり、不確定要素とはその侵入者のことですか?」

「ああ。侵入時期が王の死ぬ直前、というのも気にかかる。よって最優先されるのは侵入者の特定、その目的だ」

「ええ、心得ています」


 姿勢正しく腰かけていた『長』が立ち上がる。

 そして、纏っていた黒いローブを取り払った。


「侵入者が逃げたのは東の街。ということは、私の出番です」


 年若い少女だった。肩までの明るい茶髪は艶やかで、よく手入れされている。双眸は煌めく琥珀の色。纏うのは町娘然としたやわらかい素材のスカートだが、むき出しになった腕は革の防具で覆われている。

 彼女はくるりと一回転し、丁寧に頭を垂れた。


「役目を賜るのは、大変喜ばしいこと。『東』の長、そして『魔女』の一員として、まずは精一杯、務めを遂行いたしますね」




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