第8話 宝の隠し場所
『み、水遥可殿? 何か……』
戸惑いつつ火鈴奈がとことこと近づくと、水遥可は微笑んだ。
「声をおかけしようと思っていたら、降りてきてくださって助かりました。……何か、迷っていらっしゃるの?」
『えっ』
ひるむ火鈴奈に、水遥可は穏やかな声で続ける。
「ヤエタ石は、研師の技を極めたいと願う者なら、誰でも手に入れたいような貴重品だと聞きました。でも、火鈴奈殿の様子が、他の候補者の方と違うようでしたので……」
『確かに、ヤエタ石は研師の憧れ。他の候補者に渡したくない、私こそが手に入れたい、と思ってしまうような石です』
火鈴奈は話しながら、少々苛立ちを覚えていた。
(そもそも、輝更義殿がこの人ではなく、さっさと他の狐を妻にしていれば。そうすれば、石とは切り離して考えられたのに。私も心おきなく、争奪戦に参加することができた)
その苛立ちが、つい、本心を声に乗せてしまう。
『でも、私は輝更義殿の妻になるのは嫌なので』
すると水遥可は、不愉快そうなそぶりどころか、納得のいったように大きく一つうなずいた。
「ああ、それで、見つけるのをためらっておいでだったのね。……理由をお聞きしても?」
『言えません』
言わなくてもいいことを言ってしまい、すぐに後悔した火鈴奈は、話を早く終わらせようとしてさらにつっけんどんになった。
『輝更義殿が悪いわけではありません。私の問題です』
しかし、水遥可はひるむどころか、むしろハキハキとこんなことを言いだした。
「わかりました。けれど、妃候補の話は別としても、候補者に石を渡したくないなら先に見つけなくては。わたくし、お手伝いしても?」
『え』
狐姿のまま、火鈴奈は身体を引くようにして水遥可を見上げた。
『で……でも、どうやって? ヤエタ石の匂いを追って、さんざん探しても見つからなかったのです』
「それなんですが」
水遥可は廊下で両膝をつき、庭から見上げている火鈴奈の方へ軽く乗り出すようにして声を低めた。
「おそらく、と思う場所があります」
『隠し場所が、おわかりに……?』
火鈴奈は驚く。
『失礼ながら、狐族ではない水遥可姫は香りを追えない。この城のことも、よくご存知ないはず。それなのに、どうしてわかるのです?』
水遥可はまっすぐに、火鈴奈を見つめた。
「火鈴奈殿が探すべきは、微かなヤエタ石の香りではありません。大事なのは、もっと……」
『お待ちを』
顔を離し、火鈴奈は水遥可をじっと見上げた。
『どうして、他の候補者ではなく、私に?』
「ナイロの町で助けていただいた時の、お礼をしたかったのです」
微笑んだ水遥可は、しかしすぐに困り顔になった。
「でも、火鈴奈殿が輝更義さまの妃候補にすらなりたくないなら、いったいどうしたものか……」
『水遥可殿』
火鈴奈は、ぴょん、ととんぼをきると、廊下の水遥可の前に人の姿で着地した。そして、片膝をついて言う。
「ヤエタ石ですが……あなたが見つけて、頭領のところに持って行っていただけませんか?」
水遥可は、火鈴奈と同じ目線で両膝をついたまま、目を見開いた。
「どうしてでしょう?」
「本当に水遥可殿が石を見つけることができたら、それも『縁』だと思うのです」
火鈴奈は水遥可の目を見つめ、続ける。
「まだ、輝更義殿には他の妃候補はいらない。あなただけでよいと……そういう、狐神の思し召しではないでしょうか」
「そ、そうでしょうか? でも」
ふと、水遥可はうろたえたように視線を泳がせた。
火鈴奈はその様子をいぶかしむ。
「水遥可殿……?」
「あっ、ええ、わかりました。その、輝更義さまとも相談してみます」
水遥可は少し口ごもりながら言うと、気を取り直したように声を明るくする。
「でも、わたくしより火鈴奈殿が先に見つけられそうなら、それもご縁。見つけてしまってくださいましね」
そして水遥可は立ち上がり、早足で廊下を去っていった。
(……輝更義殿にとって唯一の妃だと言われたら、玄氏の掟はどうあれ、女子としては嬉しいものだと思っていたが……)
火鈴奈は不思議に思いながらも、もう一度変化して狐の姿になり、城の中を探し始めた。
シラビ城の白壁は、茜色に染め上げられている。あちこちで篝火が焚かれ始めた。
庭に面した大広間には、候補者の娘たちがしおれた様子で集まっていた。
「なんだ、誰も見つけられなかったのか?」
大広間の奥であぐらをかいた冴数貴は、ニヤニヤと笑いながら立ち上がった。
「仕方のないことだ。とりあえず、隠し場所から出して望楼に戻してくるか」
そこへ、輝更義が冴数貴に向き直った。
「頭領、どうでしょう。水遥可を加わらせては?」
彼の後ろで、水遥可が頭を下げる。
冴数貴は動きを止めた。
「何だと?」
「それでもし水遥可が石を見つけたら、まだ俺には水遥可だけでよい、ということなのでしょう。いったんこの選抜は白紙に。玄氏駐在の研師もいったん火鈴奈に戻し、一年後の神事の際に再び選抜を行う……ということではどうでしょう」
輝更義ははっきりと言い切る。
「今は結ばれていない縁でも、時が経てば、ということもあります」
「お前は水遥可殿、水遥可殿、だな」
鼻を鳴らした冴数貴は、またニヤリと笑った。
「まあよい。候補者が今まで見つけられなかったのだ。水遥可殿に見つけられるものなら、見つけてみるといい」
冴数貴の挑戦的な口調に、水遥可は少し困ったような表情を見せたものの、おっとりと答える。
「心当たりがございますので、見て参ります。そこになければ、きっと研石とのご縁は、他の方の上にあるのでございましょう」
彼女は立ち上がり、広間からするりと廊下へ出た。
輝更義がすぐ後ろに続く。
「こ、心当たり?」
気になるのか、冴数貴も立ち上がった。素氏の狐たちがざわつく。
「本当に見つかるのかな」
「どれどれ」
「行ってみよう!」
基本、お祭り好きの素氏の狐たちが動き出したので、玄氏の狐たちも誘われるように続いた。候補者たちも、火鈴奈も、顔を見合わせてから立ち上がる。
城の中、水遥可を先頭に、廊下をぞろぞろと進む一行。
その一行は城の裏手に回っていき、裏庭で商談中だったガラカイの商人たちがぎょっとして「……狐族の嫁入り行列……?」とつぶやいた。
やがて水遥可がたどり着いたのは、城の台所だった。
「ど、どうなさったのですか!?」
水遥可が申し訳なさそうに声をかけた。
「お仕事の邪魔をして、ごめんなさい。ヤエタ石を探しに参りました」
「ヤ、ヤエタ石!? あの、候補者が探している……ここも探すんですか!?」
狐たちは戸惑っている。
候補者の娘たちが、顔を見合わせて肩をすくめた。
「ここにいる狐たちが、隠し場所を知らないなら……ねぇ」
「そうね。石の匂いもしないということでしょ? ここにはないのよ」
「待て」
声を上げたのは、火鈴奈だ。
「わずかだが……異なる香りがする」
狐族の全員が、鼻を上げてくんくんさせた。その様子に、水遥可が思わずと行った様子で、袖で口元を隠しながら笑う。
火鈴奈が振り向いた。
「あれか!」
台所の隅に、大きな陶器の
水遥可が土間に降りようとすると、料理人があわてて止めに入った。
「おみ足が汚れます! 私が!」
「では、あの瓶をこちらに持ってきていただけますか?」
「はいっ」
彼がよいしょと瓶を持ち上げ、水遥可のすぐそばまで持ってきた。
水遥可が、瓶のふたを取ると――
香しい、花の香りが広がった。
火鈴奈がつぶやく。
「……これは、花茶……?」
「ヤエタ石は、ほんのりと香りがします。そのまま隠しても、素の一族の候補者たちはすぐに探し出してしまう」
水遥可は火鈴奈を、そしてその場の皆を見渡した。
「そこで、素の頭領さまは、こうお考えになったのではと拝察いたします。もっと強い何かの香りで、ヤエタ石の香りを隠してしまえばよい、と」
彼女は瓶の中に手を差し入れ、そして、「ああ、ありました」とそれを引き上げた。
青磁色に艶めく、ヤエタ石だった。
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