ダブル・インポッシブル!#4


 小屋の中に入るとミケ同様に、破れた服装の男たちが数名、座ったり寝そべったりしていた。いずれも髭と髪がボウボウに伸び放題、目がうつろで生気は感じられない。まるで浮浪者の収容所のようだ。


 ラオがスーツの頭だけを脱ぎ、ツンとくる匂いに顔をしかめる。恐らくここに居る者たちは、何日も風呂に入っていないのだろう。皆、アーリアフロントから派遣されて来た社員なのだろうか?


『……おい、この星の外から来たのか?』

『本当か!? 助けが来たのか!?』

『船はどこだ!? 食い物、食い物をくれっ!』


 顔を確認するなり、ラオたちへすがるかのように近づいてきた。これに対し、ラオは銃を向け一蹴する。


「勘違いするな、助けに来たんじゃない。この星の状況を聞きに来ただけだ」


「あ! 銃はいけない! 止めて下さいっ!」


 慌ててミケが止めに入る。


「集落内の威力行為は厳禁、ラオパオ族の掟です! 彼らに追い出されます!」

「……」


 手を上げゆっくり後ずさる彼らに、ラオは銃をしまった。


…………


 部屋中央に集まり、ラオとスノオは簡単な自己紹介と、ここまでの経緯を話す。

 宇宙船が攻撃を受けて壊れたことを話すと、皆、落胆した様子だった。


「そうでしたか……。私はミケ・セレーズ、アーリアフロントの社員ですが、今はこの通り拠点を奪われ、ラオパオ族の集落に身を寄せています。私だけではありません。こちらは中南カンパニーのガラス局長、そしてこちらはエオルド貿易名誉取締役のヒリップ代表。いずれも謎の武装集団に拠点を追われ、逃げてきたのです」


「紹介を受けたガラスです。会社の緊急マニュアルから外れた事態にまで陥り、難儀しています。ここまで逃げて来る間、社員が数名命を落としてしまいました」


 そう言ってガタイのいい中年の男が頭を下げる。

 次に隣で頭をかいていた若い男が、面倒臭げにこちらを向いた。


「俺がヒリップだ。それより食い物持ってんだろ? さっさと寄越せ。それでさっき銃を向けたことはチャラにしてやるよ」


「なんだと?」


「それとも金が欲しいか? いくらでも払ってやるぜ、ここから俺が助かったらな」


 このふてぶてしい男を2人は思わず睨みつける。金を払うと言っているが、性格の歪んだ金持ちの口約束など信用できない。


「何を言ってるんです! 彼らの食料は今後彼らに必要な物だ!」


「ミケっつたかお前、勝手に仕切ってんじゃねぇぞ。帰ったらパパに言いつけてお前んとこアーリアフロントとの取引は無しにするからな」


「ぐっ……」


 これでは話しどころではない。仕方なくラオが荷物からキャロリーメイドを取り出すと、テーブルの上に投げて寄越す。これに男たちは我先へと群がった。


「離れろクソ野郎共! こいつは俺のモンだっ!」

「ふざけるな! 公平に分配だ!」


 呆れたもので、先程まで落ち着いた様子だったガラス局長までもが奪い合いに参加している。ミケだけは手を出さなかった。


「暫くまともな物を食べていないので……。お恥ずかしい限りです」

「今のうちに話してくれ。一体この星で何が起きている?」


 ラオに促されると、ミケは静かに語り始めた。


 約2000時間程前のことである。ミケはアーリアフロントから出張してきた形でこの星に滞在していた。いつものように収集した植物の管理をしていた時、施設内に警報が鳴り響く。何事かと思う間もなく、施設は第三者からの攻撃を受け、同僚たちと命からがら逃げてきたというのだ。


「黒い鎧のようなスーツを着て銃を持った奴らでした。現場責任者は彼らに殺され、我々は逃げてくるのがやっとでした。あんな奴ら、この星では見かけたことがありません。恐らく我々同様、星の外から宇宙船でやってきたのでしょう」


「この星には侵入者を防ぐ攻撃衛星があるんじゃなかったのか?」


「なんですって!?そんなものありませんよ! ……くそっ! きっと奴らの仕業だ! 道理で救援が来ないわけだ!」


 ガンガルス星にはアーリアフロント以外にも他惑星企業の施設が幾つか存在した。しかし数は少なく、密集していたので瞬く間に全て占拠されてしまったという。


「その時に救援は呼べなかったのか?」


「管制室を占拠されてしまったので。小型通信機で近くの星に救援を求めましたが、返答があっただけで到着していません。攻撃衛星に追い払われたか、撃ち落とされてしまったのでしょう」


 それだけではない。小型通信機を使用すると電波を傍受され、奴らが追いかけ回してくるのだそうだ。生き残ったミケは同じように他の施設から逃げてきた人間と合流し、原住民のラオパオ族に救援を求めた。

 しかしそのラオパオ族も、今はリザルド族と交戦の真っ最中だったのだ。特に諍いなく共存してきた彼らだったが、ついこの間ラオパオ族の族長が大怪我を負い、事態は緊迫しているとのこと。理由はわからないが急に襲ってきたとのことだった。


「じゃあなんだ? 俺がラオパオ族に襲われたのはそれが原因か?」


 自分を指差すスノオに、ミケは思わず苦笑い。


「多分そうでしょうね。よく似てますので」

「何故リザルド族は急に攻撃してきたんだ?」

「わかりません。詳しい話はパメラの父親である族長ド=ゴーラに聞いて下さい」

「パメラ?」

「頭に角をつけた女性がいたでしょう? 彼女がパメラ、族長の娘ですよ」


 先程助けてくれた勇ましい女か。思わず納得する。


 ここで一旦話を整理してみることにした。


 ラオはキャンベラの依頼でフリージア王家の指輪を探しに、スノオはアクィラの病を治す引き換えに、サーリスの花が入手できなくなった理由を解明に来た。

 2人の目的地ガンガルス星は何者かに占拠され、孤立を余儀なくされていた。相手は大勢いるようで外の星から来たらしい。原住民であるラオパオ族は、それまで共存してきたリザルド族と交戦状態に入っていた。時期的に見て2つは関係があるのかもしれない。


「謎の武装集団か……。戦うにしても援軍が呼べない上に、宇宙船すら無いとなると厳しいな。どうするラオ? 族長の話も聞いておくか?」


「うむ……ん?」


ゴゴゴゴ……


 外から轟音が聞こえ、ミケは突然身をかがめる。


(声を出さないで! 動かないで下さい!)

  

 皆、言われた通り身動き一つせずに硬直した。すると屋根の上の更に上、通過していく巨大な影が、小屋の隙間から入る光までも遮る。巨大な影と轟音が過ぎ去ると、ただ一人だけ気にせず水瓶の水を飲んでいたヒリップが声を出した。


「ケッ、ビクビクしやがって。どうせ見つかりっこねぇよ」


 貴重な水を勝手に飲まれた事も手伝い、ミケは思わず声が荒ぶった。


「その油断が危険だと言っているでしょう! 今までに何人の仲間が死んだと!?」


「だから何だ? 見つかって殺されたら俺のせいだってか? 違うだろ、もし見つかったらこいつらのせいだろうが。奴ら墜落した宇宙船を追って探してるに決まってる」


「……行くぞラオ、付き合いきれねぇや」


「あ、待って下さい!」


 呆れ出ていくスノオとラオ。2人を追うようにしてミケも外へ出るのだった。



「何なんだあのヒリップとかいうガキは! いい性格してるじゃねぇか!」


 外に出て開口一番、スノオがミケに食って掛かる。


「彼の父親はエオルド貿易社の最高責任者で、かなり有力な人物なんです」


「ここは孤立した惑星の密林の中だ。死は平等、地位も権力も関係ない」


「それを一番わかっていないのが彼でして。いつもトラブルメーカーですよ」


 ラオの言葉に苦笑しながらミケは答える。ここまで逃げてくる間にも、ヒリップが原因で何度か危ない目に遭っていたのだとか。集落に着いた後にも、住民たちと喧嘩になりかけたことも一度ではないらしい。流石に皆は腹に据えかね、今度何かあればヒリップを見捨てることが暗黙の了解だそうだ。

 

 間もなくして、大きな小屋の前に到着した。


「ここが怪我人を収容している場所です、少し待ってて下さい」


 ミケが入ろうとすると、中から角を生やした人物が出てきた。パメラだ。

 パメラはミケと2,3言葉を交わし、ラオたちを睨んで向こうへ行ってしまった。


「大丈夫、彼女が族長たちへ話をしてくれたようです。入りましょう」


 中に入るとオイルランプに照らされた小屋の中は明るく、思ったより清潔感があった。何より外と比べてひんやりと涼しい。ミケに言わせれば、ラオパオ族の知恵と外星からの技術の結晶なのだそうだ。

 敷布の上に並ぶ、負傷した男たち。だがスノオを見るなりやはり驚いて目を丸くしている。こんなことならスーツの頭部だけでも被ってくるんだった、とスノオが呟いた。


 小屋の一番奥の壁際、長い髪に髭面の四本腕が瞑想しながら座っていた。きっと彼が族長のド=ゴーラなのだろう。


「ウカム、ニタパウロラー」


 ミケがラオパオ語で話しかけると、族長は刮目し、低い声で答える。ラオたちを見ると白い歯をむき出し手を組んだ、彼ら流の挨拶なのだろう。ラオとスノオは顔を見わせると、やはり手を組みその場に腰掛ける。


「聞きたいことを言って下さい、私が通訳します」

「彼らの抗争に干渉する気はないが、襲われた時の状況が知りたい。変わったことが無かったか……そうだな、例の武装集団が近くにいなかったかどうか」


 ラオは武装集団とリザルド人が組んだのではないか、と見ている。時期的に見ればそう考えるのが自然だ。だが武装集団がリザルドと組んで、この星に駐屯する理由がわからない。


 目的はこの星に落下した王家の指輪の捜索か。

 それとも他に理由があるのか……。


 取り出された地図を元に、族長ド=ゴーラはリザルド人と決別した日のことを話し出した。

 蜥蜴のような姿をした彼ら『リザルド人』はこの星に古くから住む原住民だ。言葉を話すことはないが、唸り声や簡単な身振り手振りで意思疎通し、取引することもあったのだという。取引目的は彼らの住んでいる高山植物、薬の原料になるのだという。


「ちょっと待て。その植物は『サーリス』というんじゃないのか?」


 スノオが聞くと、ミケは少し驚いたようだ。


「はい、サーリスも彼らの住んでいる場所に生息してるんです。我々はラオパオ族を通じ、リザルド人からサーリスの花を手に入れていたんです」


「俺がここに来た理由は、その花が届かなくなった原因を調べるためだ」


「成る程、そうでしたか。確かにサーリスの花は貴重で調合が難しく、それ故に取り扱っている所も我が社以外では聞きませんからね」


 ここで一瞬何か考えるミケの表情を、ラオは見逃さなかった。スノオも元刑事だ、流石に気が付いたようである。もしや何か話したくないことでもあるのか?


 族長の話は続く。

 いつものように族長が一族の若者を引き連れ、リザルド人の住む山岳の麓まで来た時のことだ。既に取引場所にいたリザルド人に話しかけようと、族長が近づいたその時、山岳の方から飛んできた光の矢に撃たれたというのだ。それを皮切りに咆哮を上げ襲って来るリザルド人から、族長たちは命からがら逃げたという。

 聞けば本来リザルド人らは侵略などは行わずに、原始的な生活を営む比較的温厚な種族らしい。だが今回信じられないことに、その場にいた数名のラオパオ族が犠牲となり、命を落とした。また出逢えば交戦は免れないだろうとのことだ。


「光の矢、とは何だ?」


 ラオが尋ねると、族長は肩に巻かれていた包帯を解き、その傷跡を叩いてみせた。見るなりスノオが声を上げる。


「レーザーガンの銃創じゅうそうだ! 武装集団とリザルドは間違いなく組んでやがるぞ!」

「リザルド人が温厚な種族なら、尚更わからない。何故そんな輩と組んでいる?」


 ラオはミケを見た。


 お前なら何か知っているのだろう? そう問いかける目で。

 するとついに観念したのか、ミケは決心したかのように口を開く。


「……これは社内秘なので、決して口外しないで下さい。実はサーリスの花からは、一部の種族に有効な幻覚薬を作ることができるのです。それも依存性の強い……」


 つまり、サーリスの花は、使い方次第では麻薬の原料にもなるというのだ。


「じゃあリザルドの奴らは麻薬で操られてるってのか!?」


「いえ、それは考えられません! 花から作れるのはリザルド人に有効な幻覚剤では無いからです。それに発見した直後、社内での研究はご法度となりましたから」


 慌てて取り繕うミケだが、言葉に他意はないようだ。


 しかし妙だ。麻薬で操られていないのならば、一体何のために? 双方利害が一致することがあるのだろうか? 謎は深まるばかりであった。

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