ダブル・インポッシブル!#3
──ブーッ ブーッ ブーッ……
船内に鳴り響くアラート音。大気圏内へと突入後、この上ない衝撃と揺れが襲い、それが収まるとスノオはムクリと起き上がる。
「……ラオ、生きてるか……?」
「…………ああ、なんとかな……ぐっ……!」
痛みにつられて頭に手をやると、血が付着した。
「こっちは何ともない。待ってろ、今荷物をとってきてやる」
スノオはすぐに倉庫へ向かうと医療キットを持ってきた。ラオの額は深く切れて、止め処無く血が流れている。ガーゼで拭き取って消毒すると、医療用の接着ジェルを塗り、包帯を巻いた。
「まさか惑星ごと近代武装化されているとは。原住民の仕業か?」
「……わからん。どうも嫌な予感しかしない……」
意識を鮮明にさせるため、ラオはここまでの事を思い返してみた。
突然攻撃衛星からの集中砲火を浴び、バリアーの出力を最大にして突破を試みた。小型宇宙船にはまともに応戦できる武器が装備されていない。なんとかビームの嵐を振り切って大気圏へ突入するも、今度は地上からの対空攻撃を受けてしまった。ラオの必死の操作も虚しく、舵の効かなくなった宇宙船は直撃を受け、墜落してしまったのだ。
「逆噴射したとはいえ、船体が潰れなかったのが不思議なくらいだ」
「動かせるのか?」
まだ電気系統が生きていたのでモニターを調べると、故障箇所が真っ赤に表示されている。
「……駄目だな、メインエンジンとブースターをやられている。バッテリーもいつまで持つかわからん」
「だからといってこの密林を闇雲に動くのは危険だぞ」
「墜落する寸前、宇宙船を発着陸させる滑走路のようなものが見えた」
「見間違いじゃないか? 俺には密林しか見えなかったぞ!」
「木の間からチラリとだけ見えたのさ。まるで上空から見えないように隠されているようにも見えたがな」
(なんて奴だ!)
スノオはずっと横でラオを見ていた。操縦桿を握りながら絶え間なく計器を確認していた様子からは、とてもそんな余裕など無かったように思えるのだが。
もしラオの言っていることが本当ならば、恐ろしく冷静かつ、とんでもない観察力である。改めて暗殺ギルドに所属し「グレイ・ビー」の名で通っていた者の鱗片を思い知らされた。
とにかく宇宙船が動かない以上、ずっとここにいても仕方がない。救援信号を発信しても攻撃衛星がある以上、望みはゼロに等しいだろう。例え誰かが救援に来てくれたとしてもミイラ取りがミイラになるだけだ。持てるだけの荷物を持ち、2人は外へ出ることにしたのだ。
「俺は滑走路の見えた方角へ向かう。目的もそっちを示していたからな。お前はどうする?」
防護スーツに身を包みながら、ラオが尋ねる。
「こっちには目的地があるわけじゃない、お前についていくさ。……しかし何だこのスーツは? 気持ち悪いな……駄目だ、動きづらくて敵わん! 俺はいいっ!」
「おい!? スーツを着ないと危険だ! 戻れ! 」
きっと内蔵されている冷却ジェルが気に入らなかったのだろう。話を聞かずに軽装のまま飛び出したスノオを慌てて追いかける。体感気温50℃を超える熱は確実に体力を奪う。更には毒を持った生物がうじゃうじゃいる環境だというのに!
……ところが、である。
「どうだ見ろよ? 何とも無いぜ? 少し暖かいくらいだ」
驚いてスーツの腕にあったデジタルを確認すると、気温45℃、湿度は70%を超えていた。
「すぐにへばるぞ! 蚊に刺されただけでも感染症にかかる!」
「この体になってから毒蜘蛛に噛まれたことがあったが平気だった。まぁ大丈夫だろ」
(……なんて奴だ!)
一体どうなっているのか? と、ここでカイの言葉が思い出される。
──だって貴方、ガンガルス星のリザルド人じゃないの?
(そうか! スノオはこの星の原住民の体質に近いのか!)
驚いているラオに対し得意となり、荷物を少し持ってやろうと言い出す始末。さも上機嫌に軽装のまま先を歩き始めた。
この後すぐ、彼の行動が裏目になるとも知らずに……。
名も知らぬ大きな草の生い茂る密林の中、道なき道を2人は歩き始める。慣れない土地をスーツを着て歩くのは容易なことではない。それだけでなく、体の各所を大分打ち付けたようで、歩く度に痛みが走る。
一方のスノオは荷物を持っているにも関わらず、ラオより先をひょいひょい進んでいく。
「余り先に行くな」
「日暮れ前に野宿できそうな場所を見つけんとな。後何時間で日没かは知らんが」
遠くでギャアギャア鳥の鳴く声がする。かと言ってそれが本当に鳥とは限らない。上の方から聞こえたのでそう感じたのである。
と、同時に少し離れた場所で物音がした。
ガサッ
思わず立ち止まり警戒する。獣でも飛び出してくるのかと思っていたが、その様子はなかった。見通しの悪い環境、常に注意を払うことを余儀なくされる。
そして、それから30分後──。
(おい、わかるか?)
(囲まれているな)
(隠れるのが下手な奴らだ、木の上にまでいやがる)
(向こうの出方を見よう)
小声で確認し合い、一歩踏み出した途端、飛んできた物が行く手を阻んだ。
ダンッ!
それは投射され地に刺さった槍だった! これを皮切りに周囲から異形の姿をした者たちが、奇声を上げながら姿を現す。この星の原住民ラオパオ族である。褐色の肌に化粧を塗り、4本の腕で武器を持ちながら声を上げる。たちまちのうちに2人は周囲を包囲された。
「舐めた真似しやがって」
スノオは刺さっていた槍を引き抜くと真っ二つにへし折り、ラオパオ族らに対して叫んだ。
「エイッ、アオラオンッイッジス!!」
一時シンとなるも、すぐにラオパオ族たちは盾を高く掲げ騒ぎ出す。
綺麗に隊列を組み、槍を突き立てグルグル回り始めた。
「今なんて言った!?」
「奴らの言葉で『かかってきやがれ、カマ野郎共!』と言ったのさ」
「馬鹿野郎! すぐに取り消せ!」
「残念だが他に憶えてこれなかった」
自前のアイアンロッドを手に、スノオは戦う意思満々である。
『エイ! リザルドッ!』
『リザルド! リザルドッ!』
その様子に呼応してか、ラオパオ族の動きも激しさを増す。周囲を取り囲みまるで一つの生き物のように波打ち、無数の槍を突き出してきた。多勢に無勢、これでは埒が明かないとラオが閃光銃を高く掲げた時、突如咆哮!
アォォォォォーンッ!!!
ビリビリと空気が震えるような声に一同はビクリとなる。ラオパオ族は互いに顔を見合わせた後、盾を構えたまま後ろに下がり始めたのだ。やがてその間からリーダーらしき者が前に出てきた。褐色の肌に化粧を施しているのは一緒だが、頭には巨大な3本の角が生えている。
(女か!?)
膨らんだ胸とは裏腹に、悠然としたその態度に2人が驚いていると、突然スノオに近づき、匂いをかぎ始めたのだ。
「な、なんだ!?」
「……オマエ、コトバハナス。リザルド、チガウ」
逆にスノオを一蹴するように睨むと、今度はラオに近づいて舐めるように見る。
「オマエ、ミケトオナジ。アーリアカ? ソラカラキタカ?」
「アーリア……。そうだ、空から来た!」
「コイ! ミケノトコロ、ツレテク!」
再びリーダーの女が叫ぶと、周りの者もそれに応じて歩き出す。ラオとスノオも、彼らに連れて行かれるように歩き始めた。
歩きながらスノオがラオに小声で話し掛ける。
「驚いたな、こいつらがアーリアフロントを知ってたとは。交流があるのか?」
「遊園地に向かっている訳じゃない、油断するな! さっきの様な挑発は無しだ!」
「わかったわかった、悪かったよ」
怒った口調のラオに対し、肩を竦めるスノオ。流石に少々やり過ぎたと反省したようである。まだまだ開拓の進んでいない惑星、僅かな油断が命取りとなるのだ。
それから暫くして一行は、集落のような場所に着いた。丸太を立てて作られた長い壁に驚くも、もっと2人の目を引いたのは、壁の下にずらりと並んだ土饅頭の数である。ご丁寧にも土饅頭には棒が突き刺さり、髑髏が乗っている物まであった。
(こいつはえらい場所に来ちまったな……)
(…………)
壁の一角が開くと入るよう促される。小さな入口を潜ると2人は目を見張った。
そこは樹の葉の天井を持つ小さな村だった。成る程、こうすれば直射日光を避けることができる。しかし四方が壁に覆われており、さぞかし蒸し暑いだろうと温度計を見るも、驚くべきことに26℃で保たれている。
映画などにある大きな焚き火や楽器を鳴らし踊る者などはいない。代わりに木の実を叩いて粉にしている老人や、石を磨いで武器を作る若者の姿はあった。
「コイ!」
リーダーの女は目移りしている2人を大きな小屋へと連れて行く。入り口に立つと中を覗き、声を掛けた。
「ミケ、キャクダ!」
呼ばれて出てきたのは、ボウボウと髭と髪を伸ばした男。ラオパオ族とは違い腕は2本しかなく、服はボロボロのシャツに短パンという風貌である。
男はスノオを見るなりたじろいだ。
「リ、リザルド人!?」
「違う! こんな星の原住民と一緒にするな!」
「あ、これは失礼! ……え、えと、あっ! そのスーツは我が社の!?」
今度はラオを見て驚きの声を上げる。反応を見るに、男がアーリアフロントの社員ということが察せた。
「そうだ。アーリアフロントの社員ではないが、ネヴァ=ディディアから仕事でこの星に来た。これは一体どういうことだ? 攻撃衛星を展開させ対空砲まで打ち上げるとは、ボイコットにしてはやり過ぎだろう。乗ってきた船を撃ち落とされたぞ」
「おかげで死にかけたぜ! まさかお前らの仕業じゃないだろうな!?」
2人の言葉に、男は飛び上がって驚く。
「攻撃衛星ですって!? ……成る程、いつまで経っても救援が来ないのはそういうことでしたか……。どうぞ中へ、詳しい話を致します」
ラオとスノオは小屋の中へと案内された。
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