EP6 ダブル・インポッシブル!

ダブル・インポッシブル!#1


 ザァ────ッ…………


 惑星ムルグ、雨季になると地表に重金属の混じった酸性雨が降り注ぐ星。そのため星に住む人間の殆どが、地下にあるコミュニティーで生活している。地下資源もよくレア鉱物が産出されるため、他惑星への輸出で一財を築きあげた者も多い。しかし、それはあくまで地下のみ話だ。

 

 地上に存在するスラム街は、地下に馴染めぬ者、事業に失敗し落ち延びた者、犯罪に手を染め脱獄した者たちの巣窟だ。

 雨季になると、ここは特に悲惨だった。酸性雨に強い建物があるにはあるが、壊れても修理できる者が殆ど居ない。自給自足などできる環境ではなく、正式な市民権を持つ者がいないので、政府からの食料配給などはなされない。かろうじて街中に一つ、小さな共同発電所があり、生活用に電気が使えるだけマシであった。


 そしてラオは次の仕事までの時間を利用し、この星のスラム街を訪れていた。


──コンコン


 一軒の粗末なアパートの扉を叩く。暫くすると入り口が少しだけ開けられる。


「スノオ、俺だ」


「……ラオ!? どうしてここに!? いや、入ってくれ!」


 首を出した蜥蜴男は、急かすように客人を入れるとすぐに扉を閉めた。二人は水気を飛ばすために玄関に設置されているエアー・シャワーを浴びる。


「傘もマスクもせずに来たのか? 生憎だが浄化ポンプが壊れて水は使えないぞ」

「安心しろ、レイン・バリアーをしてきた。流石に生身でこの星は歩けんからな」

「ならいいが……。まぁいい、何か飲むか?」


 さっきバーで飲んできたからいいと断るラオ。このアパートの場所もそこで聞いたのだろう。早速本題に入りたいと言うと、隣の部屋へと案内された。


 部屋には就寝用のカプセルがあり、中には男の子が寝ていた。一見男の子はラオと同じヒューマノイドタイプだが、白髪で異常なほどに肌が白く見える。


「お前の息子か?」

「いや違う。だがアクィラは家族同然で、何より俺の命の恩人だ」

「なるほどな」


 ラオがここに来た切っ掛けは、スノオからの一本の無線だった。


──身内の子供が重体になった。どんな難病も治せる医者を知らないか?


 この時のスノオは随分と慌てた様子だったが、暫くして容態が落ち着いたから様子を見ると再び通信が来る。ラオは手遅れかもしれないと思いつつも、念のためこの星を訪れたのである。スノオは貴重な協力者だ、できることなら力になってやりたい。


「彼は何の病気なんだ?」


「先天性のRV型白皮病、かなりのレアケースだ。地下の医者にも見せたが、この星での治療は不可能だと突っ返された。かろうじてこの子は準市民権を持っていたが、それでもな……」


 そう呟きガラス越し、寝ているアクィラの顔を見て目を細めた。


 何年前のことだろうか。スノオの体がまだヒューマノイドタイプだった頃、刑事

としてこの惑星へとやってきた。この星の起業家が某軍事惑星高官と癒着しているとの情報を入手し、その証拠を探るために単身で潜入捜査を試みたのだ。

 しかし結果は失敗、見つかりスノオは捕まってしまう。皮肉なことに発見しようとしていた生物兵器の工場へと運ばれ、新兵器の検体という形で利用されてしまった。やがて実験途中で死んだと判断され、地上の処理場へと廃棄された。


「……俺もほとほと悪運の強い男だ。こんな化け物みてぇな体になっても生きていやがった。そして次に目が冷めたとき、こいつが目の前に居た。俺のこんな姿を見ても驚きもせず、あろうことか自分の家に招き入れたんだ」


──気にしないで、僕は友達が欲しかったんだ。


 聞けばアクィラも、かつては地下で何不自由無い生活を送っていたらしい。しかし工場事故で両親が他界、天涯孤独の身となってしまった。色々あって地下の正式な住民権も剥奪されてしまい、僅かに残った遺産を削りながら地上に住んでいるのだという。


「始めはこの体を受け入れられず、死んじまっても構わないとさえ考えていた。だが理由が何であろうとこいつに命を拾われたには違いない。もう元の所轄へと戻れないことを悟った俺は、生活に不自由してるこいつの手足になった。そして気が付けば家族になってたんだ。他人の目から見ればさぞかし馬鹿げた滑稽話だろう。特にお前側から見ればな」


 スノオは刑事だった頃、殺人ギルドの事件を捜査していたことがある。ラオのことも手口から捜査線に浮かび行方を追ったこともある。かつての二人はそういう関係にあった。


「俺はそうは思わん」


「……まぁ何にしても、俺は家族と認めた人間を絶対に死なせはしない。例えそれが先天性の病気で寿命だったとしても、だ。足掻くだけ足掻く、俺も、アクィラも」


 足掻くだけ足掻く、ラオはその言葉に今の自分との重なりを見出す。そして今一度スリープ・ポッド内のアクィラを見た。

 スノオにとって、この少年アクィラは生きがいも同義なのだろう。できることなら今すぐ助けてやりたいが、人の命を左右する事だけあって慎重になるラオ。命は奪うよりも、助けるほうが何倍にも難しいことを、彼は嫌という程に知っていた。


「アクィラを外へ出し、ステーションへ連れて行くことは可能か?」


「外出用の移動式ポッドがある。それに移してやれば可能だが、どうする?」


「ネヴァ=ディディアの大手医薬企業に僅かばかりコネがある。名医を紹介してくれるかはわからんが、何かしら解決策は講じてくれるはずだ」


「本当か!? すまん、恩に着る!」


 スノオはスリープ・ポッドの扉を開けるとアクィラを抱き上げ、すぐさま家を出る準備をするのだった。


 ラオの個人用宇宙船の中で、スノオはずっと寝ているアクィラの様子を見ていた。水を差すようで気が引けたが、それでも聞いておきたいことがあり声を掛ける。


「念のために言っておくが……」

「金だろ。アクィラが助かればいくらでも払う」

「……」


 ラオは「アクィラが必ず助かるとは限らない」と、そう言おうとしたのだ。それをスノオは勝手に勘違いして答えた形となる。柄にもなく相当焦っているのだろうか。


「何ならお前の借金を半分持ってやろうか?」


「馬鹿言え。国一つ買えるほどの額が残っている。それに何時増えるともわからん」


「それでもこいつが助かるのなら安いものだ」


 再び寝ているアクィラに視線をやるスノオに、黙ってラオはオート航行へと切り替える、いつものようにサングラスを掛け寝そべるのだった。


 

 数時間後、ラオたちは無事にネヴァ=ディディアへと着いた。


 ステーションに設置されているモニター・フォンでアポを取ろうとしたが、先方の受付嬢から居留守を使われそうになる。ラオが来るのを快く思っていないカイの仕業だろう。


 それでも特に支障なく、同グループ内の病院へとアクィラを搬送できたのは……。



タッタッタッタッタッ!


「ラ~~~オ~~~~~!!!」

「うおっ!」


 二人がアーリア製薬にある休憩所で待っていると、突然廊下から走ってきた人物にラオは抱きつかれた。小柄な身体に青い髪、この会社の極秘被検体でもあるフィリーである。

 

「なになに!? 急に訪ねてきたりして! もう私が恋しくなっちゃったとか?」

「こんな場所でふざけるな!」


 この思いもよらぬ状況にスノオは半場驚き呆れている。


「ラオ、お前にそんな趣味があったとはな。一昔前なら任意同行対象だぞ」


 てっきり女とは無縁だと思っていた男が、まさか子供に手を出していたとは。……まぁそうでないとは思うが、いいからかいの種ができたことに違いはない。


「冗談は寄せ! 以前仕事で一緒になっただけだ!」


「またつれないこと言ってー。……って、私こう見えても一応成人なんですけどー。ねぇ、この人誰? まさか恋人?」


 ラオの首にぶら下がりながらも、口を尖らせてムッとするフィリー。

 帽子とマスクとサングラスを取るよう促されると、それにスノオは笑いながら従い、脅かし気味に両手を振り上げた。


「どうだ? ラオの恋人は美人か?」

「キャー! こわ~い! 食べられちゃう!」

「お前らいい加減にしろ!」


『全くだわ。不躾に病人預けて何を遊んでいるのかしら』


 この会社の名誉代表兼研究責任者、カイの姿がこちらを睨んでいるのだった。



 別室に通されたラオとスノオは、カイから入院に必要な書類を手渡される。既に医師の診察は終え、治療方針について保護者の意見と同意が欲しいとのことだ。


「ここは製薬会社だし、次回からは直接あっちの病院へ行ってよね。今回はちょっと事情もあるし私が聞いて伝えとくわ。患者をどの程度まで回復させたいの?」


「全快に決っているだろう」


 カイは正面に座ったスノオをちらりと見る。


「現時点でそれは難しいわね」

「先天性の病だからか?」


「冗談、アーリアフロントグループなら余程のレアケースでもない限り治せない病気は無いわ。……ただね、治療するための薬、厳密に言えば薬の原料が無いのよ」


 カイの話では、薬の原料は熱帯惑星ガンガルスに咲く花から抽出して作られるらしい。しかしここ最近、ガンガルスから物資が届かない問題が発生している。警察にも届け出たが、中々調査が捗らない。

 理由はガンガルス星が辺境にあり、余り宇宙船が行き交わない場所だということ。過酷で原始的なこの惑星と交易する星もかなり限られている。RV型白皮病の薬の原料であるサーリスの花も、病自体がレアケースな上に他の惑星の植物で代用がきく。要は後回しにされてしまっているのだ。


「その代用品の薬で治療できないのか?」

「うちとしては却下したいところね」


 代用薬はアーリアフロント製ではなく、他の製薬会社からの外注品となるらしい。この会社で作られていないのは、代用の薬は作るのが極めて面倒な上に副作用が酷いのが理由。患者への負担が大きくなり治療の成功率も格段に低くなるとのことだ。

 尤もこれは建前で、カイの本音を言えば自社の薬品の成功例を一つ増やしたいのだろう。なんせレアケースの皮膚病、また治療に成功したとなればそれなりの宣伝効果が見込める。


「そこでね、提案があるのだけれど」


 カイは眼鏡を正し、改めてスノオを見る。


「直接ガンガルス星に行ってサーリスの花を採ってきてくれないかしら。それともう一つ、何故サーリスの花がこっちへ届かなくなったのか調査してきてほしいの」


「俺がそんな冒険大好き野郎に見えるか? だとすれば偏見だな」


 皮肉気味にスノオがそう言うと、隣で聞いていたフィリーが吹き出しそうになった。


 と、ここでラオが助け舟。


「直接花を採ってくれば治療費を只にする、そういうことだな?」


「ちょっと何勝手に決めてるのよっ! ……でもまぁ、それは調査の結果と病院側との交渉次第ね。貴方なら簡単なことだと思うけど?」


 貴方なら簡単、この言葉にスノオは声を張り上げた。


「だから何故そう思うんだ!? 大体、そんな星見たことも聞いたことも無いぞ!」


「え? だって貴方、ガンガルス星のリザルド人じゃないの? 随分言葉が達者だなとは思っていたけど」


「……」

 

 どうやらカイは、スノオをガンガルス星の原住民と勘違いしていたらしい。この言葉にスノオが苦虫を潰したような表情となり、今度はラオも吹き出しそうになるのを堪えた。


 と、ここでラオの小型受信機から緊急の呼び出しである。


「少し席を外す」

「あ、私も行くー」


 ラオに続くようにフィリーまで部屋を出ていくのだった。

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