EP2 惑星大統領候補を暗殺せよ!

惑星大統領候補を暗殺せよ! 前編


 宇宙に点在する星系が、時として生命を育む星を保有することはあるが、それが常に星系内に1つだけとは限らない。ここエイブラ系では14の惑星が奇妙な公転運動を保ち、実に4つの星で人類が繁栄しているのだ。伝承によると昔は8つの惑星で知的生命体が存在していたらしいが、星間戦争が原因で今の4つに留まってしまったそうだ。これ以上隣人を失いたくないという思いからか、惑星ラズール歴3100年の現在に至るまで、星間の平和は長きに渡り保たれている。


 その4つの惑星のうちのラズールでは、惑星大統領の選出を今年一杯までに迫られていた。惑星大統領というのは文字通り星の代表であり、各惑星の首脳会談を開く際に顔となる存在である。去年、最も有力と思われていた候補が突如死去してしまったため、立候補者が相次ぎ事態が混乱するかと思われていた。


 しかし早期に有力候補は二名へと絞られる。先の選挙で次点、今回の出馬で2回目のラムル自由国家大統領『ドゥム・イルバーナ』。もう一人はアザルナ共和国の元学園都市市長であり、去年まで最有力候補と見られていた『ネルス・ハイネマン』の娘、『ミーティア・ハイネマン』。父親の死を受けての立候補であり、今回の選挙で初出馬となる。


 両候補の演説放送を控えた数日前のこと。アザルナ共和国にある学園都市郊外、ハイネマン邸の屋敷で奇妙なことが起きていた。


──ワンワンワンッ!


 深夜、庭にいた警備犬が突然吠え出したのだ。屋敷の警備員が監視モニターを確認するも、特に異常は見当たらない。念のために現場へ急行すると、警備犬の一匹が横たわっていた。


(撃たれたのか!? まさかサイレンサーで!?)


 身を潜めて辺りを探るも、人の気配は全く感じられない。恐る恐る警備犬に近づいて確かめると、息があり出血している形跡が見あたらなかった。苦しそうな感じも無く、むしろ気持ちよさげに寝息を立てているようにも見える。


(病気か? 奇妙なこともあるもんだな)


 警備員がこの奇妙な体験を報告したところ、念のために警察へ届けを出すこととなる。警察としても面子がある、これ以上祖国からの惑星大統領候補を失わせるわけにはいかない。屋敷周辺及び、市内の警備を更に強化させることを約束した。



 翌朝、学園都市近郊の農村にある廃線駅。今は使われなくなったその倉庫の中に、ラオはいた。仕事がらみの待ち合わせをしているのだが、大分約束の時間を過ぎている。時計を確認しながら横になっていると、不意に誰も居ない筈の倉庫から物音。


「……」


 警戒するも相手の姿が見えず、銃を忍ばせてゆっくりと立ち上がる。


「そっちじゃねぇよ」


 声に振り向き咄嗟に銃を構えると、男が立っていた。帽子を深くかぶりマスクをしたコート姿。この男こそが、ラオの待ち合わせていた張本人だったのだ。


「脅かすな。随分と遅かったがどうした?」

「予想以上の厳重さだった。庭に番犬までいて噛まれそうになった……が問題ない。それにしても久しぶりだな、ラオ」


 そう言って不気味な笑い声を上げ、男は帽子とマスクをとる。その顔は皮膚が堅い鱗に覆われた「蜥蜴とかげ」そのもの。常人では思わず肝を潰してしまうような姿が現れたのだ。

 この男『スノオ』は元々とある惑星の刑事だった。潜入捜査中に掴まってしまい、人体実験の材料にされこんな姿となってしまったのだ。会うことは少ないが、ラオが信頼できる貴重な仲間の一人だ。


「時間が惜しい。屋敷の見取り図を作ってしまいたいのだが」

「随分とあわただしいな。まぁほれ、このとおりだ」


 スノオから渡されたのはマイクロチップ。早速携帯コンピューターにセットすると、チップからハイネマン邸内部の画像が大量に映し出された。スノオがスパイカメラで撮って来たこの画像と証言を頼りに、屋敷の見取り図を作るつもりなのだ。


「以前ネットに屋敷内の一部が画像紹介されていた。ブログは今も公開されている」

「危機管理が薄い事だ。ま、ハイネマンは一介の市長に過ぎなかったからな」


 スノオの入手した画像と照らし合わせ、見取り図の空白が次々と埋められていく。彼は実に詳細に屋敷内部を調査してきた。それこそ屋上のヘリポートから地下への秘密通路まで。警備員の装備や監視カメラの位置まで正確に調べ上げて来たのだ。


「よくここまで潜入できたな」

「このカメレオンみてぇな体質のおかげさ。元の体に戻りてぇが、意外と便利でたまに迷うこともあるくらいだ」


 冗談を言いながら片腕だけ無色透明にさせ、視界から完全に消してみせた。


 一時間後、ハイネマン邸の見取り図は完成した。一息付けるとラオはジュラルミンのケースを取り出す。中にはスノオに支払うための紙幣が入っている。キャンベラに無理を言って調達させた金の一部だ。


「約束の金だ。できれば引き続き協力して貰いたい」


 しかしスノオは中々受け取らない。少し考え、決心がついたように切り出した。


「……ラオ、お前は殺人ギルドを抜けたんだよな?」

「ああ」

「この手の仕事には首を深く突っ込まないのが筋……。だがこれだけは聞かせてくれ、お前の狙いはミーティア・ハイネマンなのか?」


「そうだ、と言ったら?」


 問いに対し、ラオはサングラスのかけた顔を微動だにさせず答える。


「誘拐目的か? 狙いは資産か?」

「暗殺だ。雇い主からの依頼、それ以上でも以下でもない」

「成る程な」


 蜥蜴男は煙草に火を付け、上を見上げると腕を組んだ。


「自由国家大統領、ドゥム・イルバーナは強硬派で知られている。この星で起こっている『デザイナー・チャイルド問題』は知っているか?」


 デザイナー・チャイルド──遺伝子が完全解析された事により、都合良く遺伝子を書き換えられて誕生した子供たちの事である。意図的に優秀な人材を生み出すことが可能になった反面、各分野で彼らが独占してしまう傾向にあったのだ。そのため各国ではデザイナー・チャイルドに対するバッシング、人種差別運動が頻発ひんぱつしていたのである。


「ラムルでは表面上人類平等をうたっておきながら、一方でデザイナー・チャイルドに対するヘイトデモや傷害事件が頻発化している。裏で手引きしている活動団体を辿ると、ドゥム・イルバーナに行き付くと聞いた事がある」


「何が言いたい?」

「ネルス・ハイネマンの娘、ミーティアもデザイナー・チャイルドだという話だ。ドゥムにとってこれ以上の邪魔な存在は無い。お前の仕事の依頼元も辿ると恐らくは……」


「どうでもいい。俺は与えられた仕事をこなす、それだけだ」

 

 そんな話か、と素っ気なくラオがスノオを突き放す。この一言にスノオが切れて、木箱の上に拳を叩きつけた。 

 

「お前は本気でミーティアを殺すつもりなのか!? まだ9歳の子供だぞっ!!」

 

 エイブラ系惑星大統領の資格条件は「言葉が話せる」という事以外、特に取り決めはない。ラズール星でも労働者又は大学卒業の資格がある者、というのが出馬条件であった。そして才女であるミーティア・ハイネマンは、去年飛び級で法政大学を卒業したばかりだったのだ。


「死に掛けている老人だろうが、何不自由なく育った子供だろうが、殺しは殺しだ」


「……」

「違うか?」


 拳を握り、歯をむき出して睨んでいたスノオだが、煙を吐き出し天井を見上げると大人しくなった。


「……ラオ、以前俺にこう言ったな。宇宙が限りなく広いように、他人の事情ってやつも限りなく複雑で理解しきれるものではない、と」


「……」


「こっちにも事情がある。お前の仕事の邪魔はしないが、手伝えるのはここまでだ。とてもじゃないが、身内に子供ガキがいる俺には荷が重すぎる」


「そうか」

「お前との付き合いも改めさせてもらう、あばよ」


 金をつめたカバンを手に取ると、代わりに何かのリモコンを置き、スノオは倉庫から出て行った。後味の悪い別れとなってしまったが、ラオは構わずモニターを睨み、屋敷への侵入経路を模索するのだった。



 夕刻、再びハイネマン邸。丁度屋敷前で止まるリムジンから降りたのは、余所行きの白いドレスに身を包んだ赤髪の少女。利発そうで整った顔立ち、クマのぬいぐるみを抱える彼女こそ、この屋敷の若き主『ミーティア・ハイネマン』だった。


『お帰りなさいませ、お嬢様』


 幼い主を出迎えたのは、ずらりと並んだ屋敷の従者たち。玄関の前には老婆が一人立っている。先代から仕える従者長のメルザだ。


「心配しておりました、お嬢様。この時期外を出歩くのはお控えください」

「ごめんなさい、ばあや。どうしても外せない用事だったの。それに大丈夫、市内はパトカーが一杯でとても安全だったわ」


「左様でございましたか。すぐに夕食となりますのでお着換えの方を」

「うん、ありがとう」


 ミーティアが自室へと赴き、着替えてくると大広間での夕食となった。分厚いカーテンの閉められた部屋にはシャンデリラが吊るされ、長いテーブルには銀の燭台が明かりを灯している。豪華な料理はどれもがミーティアのためだけに専属コックが腕によりをかけ、厳選された食材で調理したものばかりである。

 しかし、彼女の心はいつも満たされてはいなかった。それはテーブルの向こう側に座っていた優しい父の存在の居ないことが大きい。ミーティアは父の死因について、病死と聞かされていた。不自然な父の死に彼女は疑問を持ち、やがては何者かによって消されたと覚る。

 悲しんでいる暇があるのなら父の遺志を継ぐべきだ。そう考えた9歳の彼女の選んだ道が、惑星大統領選への立候補。孤独で幼い少女の戦い。唯一の救いは、メルザという頼れる存在が、常に隣にいることだけだった。


「ところでばあや、ジェルドの具合はどうなの?」


 ジェルドというのは、昨日庭で倒れていた警備犬の名前だ。


「病院から戻ってきました。特に別状ありませんが、倒れていた原因が分らず、今後を考えるに引退させることになるでしょう」


 また同じことが無いとも限らない。もし病気であるならば、警備犬にとって致命的な問題だ。


「そんなのダメ! ジェルドは一番賢くて勇敢なの! それにまだ若いじゃない!」

「ですがお嬢様……」

「ジェルドだってもっと働きたいと思ってるわ。お願い、引退などさせないで」


 悲しそうな表情で必死に懇願するミーティアに、メルザも仕舞いには折れた。


かしこまりました。では再検査を受けさせた後、そのように取り計らいましょう」

「ありがとう! ……あぁよかった」


 自分のことのようにほっと胸を撫で下ろすミーティア。そのやり取りを眺めていたメイド服の侍女たちは、見合わせた顔をほころばせるのであった。


 夕食が済み、部屋に戻ろうとしたミーティアにメルザが紙を持ってきた。


「お嬢様が居ない間、TV局の方から資料が届きました」

「演説の会場リハーサルについてだわ。シャワーを浴びた後に確認するわね」

 

 受け取ろうとした時、屋敷内から破裂音が聞こえたのだ。


「な、なに?」

「一体何事です!?」


 部屋に居た者たちは一斉にミーティアを庇おうと駆け寄る。部屋の外では幾人もの悲鳴が聞こえ、少しして従者の一人が入って来る。涙目で口元にハンカチを当てていた。


「催涙ガスがっ! 早くお嬢様を!」

「何者です!? 向こうの数は!?」

「不明です! 警察には連絡……ごほっ!」


(屋敷内から!?)


 外からと言うならともかく、何故内部から催涙ガスが発生したのだろうか。考えられるのは、何者かによって事前に仕掛けられていたということだが……。


「早くお嬢様に防毒マスクを! それと銃も持っておいで!」


 メルザは侍女たちに指示を飛ばし、ミーティアを連れて部屋を出ようとした。幸いまだこちらまでガスは来ていないようだ。ここで黒服のボディーガードが二人、防毒マスクと機関銃を持ってくる。急いでマスクをミーティアに被せた。


「さ、急ぎましょう」


 ここで更に破裂音、かなり近い!

 暫しミーティアを庇うも、急いで隠しエレベーターのある部屋へと向かう。目指すは地下にある機密フロア。そこからリムジンに乗り外へと出られるのだ。


「……ばあや、ヘリは飛ばせる?」

「え? えぇ、パイロットは屋上にいると思いますが、今は地下から逃げましょう。このエレベーターでしか地下には下りれないので安全です」


 ドアノブを開けようとしたメルザの手に、ミーティアが手を置いた。


「犯人は屋敷内部を熟知してるわ。ガスは爆風で屋上に舞い上がる筈。もしかすると地下へと私たちを誘い、待ち構えてる罠かも知れない。だから屋上へ行きましょう」


 この状況下で冷静に判断を下す主に驚くも、メルザとボディーガードたちは頷き、屋上へと続く階段へ向かうのだった。


 最上階に着き、ボディーガードが警戒しつつヘリポートへの扉を開ける。そして、目の前には思いもよらぬ光景が待ち構えていたのだった。


「あぁっ!」


 そこには黒いコートを纏った防毒マスク姿の男が、ヘリのパイロットに銃を突きつけ立っていたのだ。羽交い絞めにされたパイロットはミーティアの姿を見つけるなり叫ぶ。


「来てはなりません! 私に構わずお逃げくださいっ!」


 抵抗しようとするパイロットを、男は更に締め上げる。


「ミーティア・ハイネマンに用がある」


「……私よ! その人を放して!」

「いけません! お嬢様!」


 ミーティアは震える体を落ち着かせ、勇気を振り絞り前に出た。メルザたちが囲んで抑えようとするも、彼女は更にそれを制して前に出ようとする。その姿にコートの男はパイロットを放した。


「……お嬢様、面目めんぼくの次第もございません……」


 声を震わせ、おぼつかない足取りで歩くパイロットはボディーガードに保護された。すぐさまメルザたちの銃がコートの男に向けられる。


「銃を下ろせ! お前に逃げ場はないぞ!」


 言われ男は銃を床に置き、防毒マスクを取る。ラオだ! ポケットから取り出したサングラスをかけ、手に持ったリモコンを高く掲げて見せる。


「銃を下ろすのはお前たちの方だ。今度は催涙ガスじゃない、本物の爆弾だ。屋敷ごと吹き飛ばされたくなければ言う事を聞け」

「な、なんという……」


 屋敷にはまだ大勢の従者が残されている。中には催涙ガスで身動きが取れない者もいるかもしれない。


「……みんな、この人の言う事を聞いて。誰も酷い目に遭わせたくないの」

「お、お嬢様……」


 メルザたちが銃を置いたことを確認すると、勇気を振り絞り前へと歩く。


 ……怖い、恐ろしくて堪らない。目の前のこの男は、間違いなく自分の命を奪いに来たのだ。だがもしここで逃げ出しては自分の信念を曲げたことになる。そんな情けない者を、一体誰がラーズル星の代表だと認めるだろうか?

 気丈にも首をもたげ、やがて立ち止まると防毒マスクを脱いだ。風になびく赤い髪の間から現れたのは、まさに真剣そのものの表情であった。


「私一人が命を差し出せば、皆は助けて頂けますか?」

「約束しよう」


(お嬢様……)


 メルザたちは気を強く持ち、事の成り行きを見守るしかない。


「最後に教えてください。どうして私が屋上へ来るとわかったのですか?」


 こんな状況で……いや、こんな状況だからかもしれない。不可解に感じた疑問が、自然とミーティアの口から出ていた。


「お前は高所恐怖症らしいな」

「え…?」

「ブログにそう書いてあった。普通ならばヘリで逃げずに地下に逃げ込むのが筋と考えるだろう。だがお前は敢えてその裏を突くと予想した。そして、それは的中した」


「……もし、私が地下へ逃げていたら?」

「そのことも踏まえ、地下に大量の爆弾を仕掛けた。だが予想通りここへ来たのは、お前が余りにかしこ過ぎたからだ」

「……」


 もしミーティアが年相応の子供なら、ヘリポートへ向かうことになってもダダをこねて嫌がっただろう。賢いというのは本来誇れるべき長所だが、まさか仇になる日が来るとは思いもよらなかった。


「いずれにしろ、お前を屋敷から逃がすつもりは無かった。ここへ来たのはある意味正解だったかも知れん」

「──!」


 ラオの拾い上げられた銃が向けられると、ミーティアは世界が壊れていくような錯覚を受けた。そこは何も無い空間が広がるだけで、不思議と恐怖はどこかへと吹き飛んでいた。それどころか今まで自分の知らなかった世界の扉が、今目の前で開かれた気すら覚えたのだ。


(パパ……私ここまでみたい……ごめんね……)


 感情があふれ、気が付けばミーティアは泣いていた。寂しさからか、悔しさからか。死に直面した恐怖からか、自分への不甲斐なさからか。理由はわからないがとにかく泣きたかった。そんな少女へ、ラオは非情にも銃口を向け続けた。


「お嬢様ぁ────っ!!」


 叫ばれたメルザの声に反応するも、ミーティアの声は届かない。拾われ抱えられたマシンガンが撃たれるより早く、ラオの銃は引き金が引かれていたのだ。


――ヒトゴロシッ!

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