黒薔薇の女


ドンドンドン!


 乱暴に叩かれるドアーの音で、ラオは目を覚ました。ベルを鳴らせば良いものを、こんなロートルで自己主張の強い客は一人しかいない。

 ソファーから手を伸ばし、リモコンでロックを解除してやる。無言で入って来たのは、やはりラオの雇い主「マダム・キャンベラ」であった。背は低く、ブクブクと太った体にブランド物の服を纏い、葉巻を持つ指にはこれでもかというくらいに宝石をはめている。ラオは寝起きに一番見たくない顔を拝んでしまい、思わず目を背けようとした。


「何してんだい? 早くお入りよ」


 雇い主の第一声はラオへの挨拶ではなく、連れへの急かしだった。言われ入って来たのはカバンを持つ黒いメイド服の女。異様に肌が蒼白で目がギラギラしている。


「あんたに会いたいと言うから連れて来てやったのさ」

「俺にアンドロメイドの知り合いは居ない」

「だとさ。ロゼ、挨拶しておやり」

「……イエス、マム」


 ロゼと呼ばれたアンドロイドらしき女は、人間の肉声と変わらぬ声で返事をすると、床へとカバンを置いた。

 その刹那、殺気を感じたラオは素早くソファーを倒し、自らもその陰へと隠れる。深々と突き刺さる投げられたナイフ。一体どういうつもりだ、仕事の話に来たのではないのか? ソファーの陰から転がり出ると、素早く女にハンドガンを向ける。目の前には同じようにこちらへ銃口を向けたロゼの姿が。そして、ラオは見た。


(──ブラッディ・ローズ!?)


 ロゼの握っていた銃は、見覚えがある銃だったのだ。かつて自分がある組織へ在籍していた際に、同僚だった女の所持していた銃である。宇宙に一つしかない、ここに存在する筈の無い銃。流石のラオも驚きを隠せなかった。


パンパンパンッ


「そこまでにしな。睨み合ってたら明日になっちまうよ」


 手叩きしながらキャンベラは、双方の射線上に割り込んで場をいさめる。ロゼが銃を仕舞うと同様にラオもそれに習い、立ち上がった。


「これで気が済んだろ? 車を回しておきな」

「イエス、マム」


 ロゼは刺さったナイフを引き抜き、倒れたソファーを直すと出て行った。一方のキャンベラは、カバンをテーブルの上に置き、勝手に対面へと腰掛ける。


「さてと、朝の運動が終わったところで仕事といこうか」

「今の女は誰だ?」


 ──流石に食い付いて来たか。マダム・キャンベラは少し驚いた表情を見せるも、内心はニヤリとしていた。無感情な男の慌てる様を見て楽しんでいるのだ。


「新しく雇ったメイドだよ。家事から殺人までしてくれる」

「あの銃はシーラの……ホワイト・ローズの愛銃だった筈だ!」

 

 ラオが以前所属していた組織は殺人ギルドだった。ギルドの中でも五本の指に入る人物の中に「ホワイト・ローズ」という異名を持つ女がいた。同じギルドのメンバーを信用しないラオも、この女の腕だけは信用し、何度かチームを組んで仕事をこなしていたものだ。

 だがとある任務からの帰還途中に、運悪くシーラは命を落としてしまった。他人に同情などしないラオも、この時だけは違った。せめてとばかりにシーラの身内を訪ね、報酬の一部と形見の銃を彼女の妹に手渡し、唯一の姉が死んだことを告げた。

 シーラの妹、メイリィの表情は今でも目に焼き付いている。姉が普段していることに勘付き、いつかこうなるだろうと感じていたのかもわからないが、それでもたった一人の家族を失った事には違いない。声を上げ泣き崩れるメイリィに、ラオは黙って屋敷を後にする他無かった。


「その妹、メイリィが今の『ロゼ』さ。体は殆ど機械化しちまってるけどね」

「なんだと?」


 ホワイト・ローズ──そう呼ばれた姉の後を追うように、メイリィは暗殺ギルドへ属した。ラオがギルドから身を引く直後の事であり、全く気づけなかった。

 数年も経たぬうちにプロとしての頭角を現したメイリィだったが、あくる日与えられた任務に失敗してしまい、その報いを受ける。ホワイト・ローズの再来かと期待されていただけに、組織幹部の失望も大きかったのだろう。暗い拷問部屋で全身を引き裂かれ、生死もわからぬままに放置されていたのを見つけたのがキャンベラだった。


「処分されちまう直前にあたしが拾ったのさ、因果なもんさね」

「……」

「そんな目でにらむでないよ。うらむのはあたしじゃないだろ」

「……シーラはこんなことを望んでいなかった」


「色々事情がおありの様だが、そんなのあたしの知ったこっちゃないさね。これ以上女の過去に触れるのは下衆げすの極みだよ。それよりは仕事の話だ」


「……」


(ちと、やり過ぎたかね)


 キャンベラの声が届かず、うわの空といった様子のラオ。表情からは読み取れないが、当こたえているようだ。生半可な同情がかえって裏目に出てしまい、一人の女の人生をガラリと変えてしまった、無理も無いことかもしれないが……。


 だがキャンベラからしてみれば、ひるんでいては今後の仕事など無理だと考える。宇宙は広大であり、莫大な報酬の依頼が次々と彼女の元へ舞い込んでくるのだ。そのどれもが一流のプロフィッショナルですら、一目で無理だと投げ出す内容。これからラオに与え続けるのはそんな仕事ばかりなのだから。


「……随分と賑やかだね」


 先程から外の様子が騒がしい。ラオが立ち上がりカーテンの隙間から外を伺うと、モーテルの前がサンドモービル(砂上用バイク)に乗ったチンピラ達でひしめき合っている。その中央、改造されて前方に巨大なローラーの付けられた悪趣味なバスの上で、大柄な体格に仮面をかぶった半裸の男が立っていた。すぐ横には昨日ラオを襲ってきたローブ姿の男が並んでいる。


『昨日は仲間が世話になったな! たっぷりと礼をしてやるから出て来やがれ!』


 耳をつんざくようなスピーカー音声が、早朝の裏路地へ響き渡る。付近の住民らは何事かと顔を出すも、状況を察してすぐ戸を閉めるのだった。


 と、ローブの男がラオの姿を見つけて指差す。


「親分! あの部屋ですぜっ!」

「おい野郎ども! 撃ち込めー!」


 親分の号令と共に、ラオのいた部屋へ無数の銃弾が放たれた。ここでようやく太ったモーテルのオーナーが外へ出る。


「やめろ! けっ警察を呼ぶぞ!」


 するとチンピラの親分はバスから飛び降り、オーナーに向けて銃口を突きつける。


「面白れぇ、お前の頭が吹っ飛ぶのとどっちが早いかやってみろ!」

「ひ、ひぃぃ!」

「店ごと消されたくなきゃ今すぐ客を全員連れ出せ!」


 尻を蹴飛ばされ、オーナーは命からがらモーテルへ逃げ込む。一方部屋では銃声が止み、物陰に隠れていた二人がゆっくりと窓に忍び寄った。


「随分とお友達ができたじゃないか。けど次はもう少し相手を選びな」

「降りかかる火の粉を払っただけだ」


 その時チンピラ達の前方から白いホバーリムジンが近づいて来て止まった。ロゼの回してきたキャンベラの車である。


「ありゃ、タイミング悪かったね」

「……」

「おっとお待ち。いいから見てな」


 立ち上がり外に出ようとしたラオは、腕を掴まれ制止させられる。身を屈めながら外を見ると、チンピラ数人がリムジンから降りてきたロゼを囲んでいた。


「あんだぁ? おめぇはよぉ?」

「邪魔です。どきなさい」

「聞いたかぁ!? この姉ちゃんが俺達にどけだとよぉ!」

「忠告はしました」


 ロゼの右手が振り上げられると、次の瞬間、チンピラたちから鮮血が飛び散った。斬られた本人たちは痛みに悲鳴を上げて転げまわる。皆、何があったのかわからず唯々ポカンとするも、仲間がやられたことに気が付き一斉に銃を撃ち込んだ。

 するとリムジンの扉が自動で開き、飛んで来る銃弾を防ぐ。素早く身を屈め、ロゼはリムジン後方へと回り込んだ。そして、一旦銃声が止んだ隙に現れたのは、肩からガドリングガンを下げたメイドの姿だったのだ。

 砲身が回転し始めた時にはもう遅い。重い砲声を響かせながら、ロゼはチンピラ共を肉片と血飛沫ちしぶきに変えていく。全弾撃ち尽くすと、立って目の前にいる者は一人としていなかった。


「やりやがったな!! ぶっ殺してやるっ!!」


 親分は改造バスへと乗り込みバックし始める。勢いを付けてリムジンを押し潰そうというのだ。ロゼはガドリングガンを投げ捨て、再びトランクから何かを取り出す。


「クソアマがぁ!! 車ごとペシャンコになっちまいなっ!!」


 改造バスは巨大なローラーを回転させながら、倒れた仲間ごとリムジンを潰すべく迫ってくる。これを迎え撃つに、ロゼの肩に担がれたのは対戦車ロケット弾だ。


「うおおおおっ!?」


 発射された弾頭はローラーの右前方に着弾。爆風でバスはその軌道を変え、建物に突っ込んで動かなくなった。

 様子を伺っていたラオとキャンベラは、モーテルから出てくるなり素早くリムジンへと乗り込む。


「すぐに出しな! この騒ぎだ、只飯食らいの警察も黙ってないだろうからね!」

承知しましたイエス・マム


 リムジンは町の外へ出るべく、来た道を後ろ向きに走り出した。



「全く、とんだとばっちりだよ。予定を変更して軌道エレベーターへ行きな」


 砂埃を舞い上げながら、荒野をホバーリムジンが進んでいく。ルームミラーで後方を確認すると、いくつもの影が迫って来ているのがわかった。恐らく先程のチンピラたちだ。


「早いな。追いつかれるぞ」

「もっと速度をあげな!」

「限界です。部品の手配が間に合わず防塵ぼうじん装備しかほどこせなかったようです」

「パーカーの奴だね! 帰ったらあのトロマは一ヶ月トイレ掃除専門だよ!」


 見る見るうちにサンドモービルの集団は追いついて来た。その後ろからは、あのローラーの付いた改造バスが。重鈍そうだが馬力があり、信じられない加速を生み出している。


「迎撃します」

「こんなことならミサイルでも積んどくんだったよ!」


 リムジン後方の防弾窓が、更にシャッターで覆われる。ここでロゼは運転を自動に切り替えると、自ら身を乗り出し銃を構えた。狙うはすぐ後ろに迫って来た二人乗りのサンドモービル。その運転手に向けて引き金を引いた。

 チンピラたちは砂上の戦いに慣れていた。後部に乗っていた男が金属の盾を持ち出し、運転手をカバーする。しかしロゼの持っていた銃はあのブラッディローズだ。盾ごと運転手の眉間が撃ち抜かれると、コントロールを失ったモービルは迷走した挙句に倒れ、後方からやってきたローラーの下敷きとなってしまった。それを見て他のチンピラ達は我が身とならぬよう散開し始める。


「しゃらくせぇ! これでも食らいやがれ!」


 改造バスの屋根に登っていた親分がミサイルランチャーを取り出し、リムジンに向け発射した。ロゼが撃ち落そうとするも間に合わずに一発撃ち漏らす。急いで運転を手動に切り替えると大きくハンドルを切った。

 辛うじてリムジンは直撃を避けることが出来たが、爆風で強い衝撃を受ける。横転しかけ何とか持ち直すも、車内にはエンジンの出力低下を告げる音が鳴り響いた。


「くぅぅっ!ちょいとラオ! 女が一人で戦ってるんだよ!それを物見かい!?」

「ボディガードの報酬を要求する」

「せこい事言ってんじゃないよ! 元はと言えばあんたの客だろうがっ! 弾代くらい出してやるから何とかしなっ!」

「今はそれで手を打とう。……おい、車をあいつの右横へもっていけるか?」


 マガジンへ弾を込めながら、ロゼに向かってそう告げる。一瞬驚いてロゼはラオの顔を見るも、うなずくとサイドミラーを確認した。速度の落ちたリムジンを飲み込まんと、改造バスのローラーがどんどん大きくなっていく。


「今だっ!」


 合図でロゼはブレーキを踏み込み手早くハンドルをさばいた。僅かにローラーへリムジン後部が接触するも、何とか右側へと逃れる。


──その刹那。


(どんなに頑丈でも、無反動弾の直撃を受けて無傷で済む筈がない──)


 開けられた助手席の窓からすれ違い様、ラオはローラー右部の支え軸に向け3発の銃弾を撃ち込んだ。巨大なローラーが外れ、バスの車体がガタガタと揺れ始める。


 リムジンから離れるようにバスは車体を回転させ、やがて大爆発を起こした。


「やれやれ、とんだ災難だったよ」


 他のチンピラ達は親分がやられたのを見ると、町へと引き上げていった。烏合の衆である。


「銃は火力だけじゃない。時に直感とテクニックも必要だ」


 ロゼが横目で確認すると、そこにはサングラスをかけて何事も無かったかのように振る舞うラオの顔があった。


「……」


 あの日……姉の死を告げに来た時と何一つ変わらぬ表情。この男の失態で姉は死に追いやられたのではないか。一時は疑惑と憎しみすら覚えた人物であるが、今は神業としか思えぬ腕を見せつけられ、『姉の死後殺人ギルドから逃げた男』という先入観が吹き飛んでいたのだ。ガラスの埋め込まれた眼球へその姿を焼き付けると、ロゼは再び前を向いた。


 

 天へと伸びる軌道エレベーターは、遥か大気圏を突き抜けてそびえている。ようやくそこへ辿り着くと、キャンベラはラオにカバンを手渡した。


「次の仕事はさっき言った通りだよ。内容の詳細と宇宙パスポートはこの中だ」


 無言でカバンに手を掛けようとすると、キャンベラに掴まれた。


「……決して逃げるんじゃないよ。次の仕事で男を見せな」

「……」


 そう言ってカバンを放すと、キャンベラは立ち去って行く。ロゼの方は何か言おうとしていたが、思い止まり主人の後を追うのだった。ラオはそれを無言で見送ると、宇宙シャトルへ向かうべくエレベーター乗り場へ足を運んだ。


 数時間後シャトルの中でカバンの中身を確認するラオ。資料を見ると、目的の場所はかなり離れた星系の一つにあり、ワープを駆使しないと辿り着けないようだ。


 そして、仕事の内容は要人の「暗殺」であった。


──ヒトゴロシ!


(俺はこれから遠方へとおもむき、また人を殺さねばならんのか)

 

 ターゲットとなる人物の写真を見るなり、ラオは眉間にしわを寄せる。

 彼の無間地獄の様な戦いは、まだ始まったばかりだ。


...to be next

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