第4章 灰色の街へ ②大嫌いな家族
父ちゃんの父ちゃん、つまりオレのじいちゃんは役所に勤めていた。ばあちゃんは教師をやっていた。
父ちゃんも母ちゃんもオレも、この二人が大の苦手だった。正月やお盆に遊びに行くと、必ず伯父さんの自慢話を聞かされる。学生のときにもんのすごく勉強して東京の大学に行ったんだとか、東京でいい会社に入ったとか。地元の星だとか言っていた。
そして、必ずオレや真吾に向かってこう言うんだ。
「今からたくさん勉強しておかないと、お父さんみたいになっちゃうぞ」って。
父ちゃんや母ちゃんが近くにいても、平気でそんなことを言うんだ。
ばあちゃんはばあちゃんで、母ちゃんに「この子達、ちゃんと勉強してるの? あなたじゃ勉強を見てあげられないでしょ。うちに住まわせてもいいのよ?」とか、言うんだ。
オレは父ちゃんと母ちゃんの顔をまともに見られなかった。
父ちゃんは、最初のころは二人に怒ってたけど、途中であきらめたみたい。二人はじいちゃんとばあちゃんからバカにされたとき、無表情になって、無言になる。言い返すこともなければ、笑って聞き流すこともない。ロボットのようになるんだ。何も感じてないかのように。
オレはそんな父ちゃんと母ちゃんを見るのがイヤで、「行くのやめようよ」って、出かける前によく言った。
父ちゃんも母ちゃんも、本当はそうしたかったらしい。でも、じいちゃんが父ちゃんの仕事の得意先を見つけてきてくれるから、たまには顔を見せないと……っていうようなことを、母ちゃんが話してくれた。
そのころのオレは小さかったから、話の意味がよく分からなかったけど。今なら、何を言われても黙っていた父ちゃんと母ちゃんの複雑な気持ちが分かるような気がする。
帰りの車の中では、いつも父ちゃんと母ちゃんは、疲れきった顔をしていた。
真吾は気づかないみたいで、大声で歌ったり、二人に「ねえ、お腹すいた。家、まだ?」なんて、平気で話しかけていた。
オレは、二人のうなだれた背中を見るのは辛くて、窓の外を黙って見ていた。外に広がるのは、灰色の空。今にも雪が降り出しそうな、空。
父ちゃんと母ちゃんが結婚するとき、じいちゃんとばあちゃんに反対されたらしい。
その理由が、母ちゃんが片親だったからだって聞いた。
だから駆け落ち同然で結婚して、オレを産んだんだって、幼稚園に通っていたころだったかな、母ちゃんはアルバムを見ながら嬉しそうに話していた。あのころは、確かに幸せだったんだ。
父ちゃんが職探しを諦めたのは、いつごろなのか分からない。
学校から帰ると、父ちゃんは寝転がってテレビを見てるか、ゲームをしていた。
父ちゃんは、オレと真吾には優しかった。一緒にゲームをしてくれたし、遊んでくれた。
でも、お酒を飲むと人が変わった。
おもちゃを出しっぱなしにしておくと、おもちゃを外に投げ捨てられた。真吾はそういう時、泣いて母ちゃんにしがみつく。母ちゃんへの甘え方がうまいんだ。
「もうっ、やめてよ、後で拾わなきゃいけないんだからっ」
母ちゃんが文句を言うと、父ちゃんは「うるせえ」って、その辺にあるものを投げたり、蹴ったりする。食器が割れて、ふすまが破けた。テレビのリモコンなんて、何回買い換えたか分からない。ものを投げつけられた壁は、あちこちへこんでいた。
真吾はますます泣いて、母ちゃんはますます怒り狂う。
そうなると、父ちゃんは家を出て行った。いつものパターンだ。そして、その夜は帰ってこない。
その後、決まって怒られるのはオレだった。
「もう、隼人がちゃんとしまっとかないから、父ちゃんが怒るんじゃないっ」
真吾は同じことをしていても、なぜかいつも怒られない。
オレが「真吾だって出しっぱなしだったのに」と不満を言うと、「あなたはお兄ちゃんなんだから、真吾にもちゃんと片付けさせなさい」とピシリと言われる。
真吾は母ちゃんの後ろから、ちょっと得意そうな顔でそれを見てるんだ。まるで、ボクは怒られないもんね、と自慢しているみたいに。オレは殴りたい衝動を必死でこらえていた。
こんな家族、大っ嫌いだ。
オレは、早く大人になりたいと思っていた。大人になって、早くこの家から出て行きたいって。
今、オレは美咲の大きく膨らんだお腹を見つめながら思う。
オレは、生まれてくる子を愛せるだろうか。
生まれてくる子を幸せにしてあげられるんだろうか。
もし、父ちゃんのように仕事をなくしても、それでもこの子を守ってあげられるだろうか。
子供に八つ当たりしない親になれるんだろうか。
子供に、哀しい思いをさせない親でいられるんだろうか。
そんな不安がムクムクと頭をもたげる。
だけど、同時に思うんだ。
オレのもとに生まれてくるこの子を、誰よりも幸せにしてあげたいって。
いつも笑顔でいられるように。
いつも満たされているように。
全力で幸せにしてあげたいと、心から思う。
オレがいつ死んでも、この子は、自分は愛されていたのだと感じられるように。
そのためなら、オレはなんでもする。なんでもするんだ。
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