第3章 あの日へ ⑤学校が、消えた

 津波の勢いは、まだ衰えない。

 体育館はいつの間にか屋根がかろうじて見えるぐらいになっていた。校舎も、水に浮かんでいるかのように、下半分が見えなくなっていた。

 信じられない。波が、あんなに高くまで押し寄せるなんて。

「屋上に、人がいるんじゃないか」

「ねえ、いるわねえ」

 その言葉に、私は目を皿のようにして校舎の屋上を見た――ホントだ、人影がたくさん見える。

「みんな、屋上に避難してるんじゃないか」

「なあ、そうだよな、きっと」

「子供だったら、足速いから、屋上まで駆け上がってるって」

「そうよねえ」

 みな、気持ちを落ち着けるかのように話していたが、声は上ずっていた。

 私は目を閉じて、祈った。

 みんな、屋上に避難してますように。みんな、助かってますように。

「大丈夫? お嬢ちゃん」

 おばあさんがそっと肩を抱いてくれた。おばあさんの声はかすれていた。

「見ないほうがええ。見ないほうがええ」

 おじいさんは震えた声で繰り返した。

 私はおばあさんにしがみついて、胸に顔をうずめた。ドキドキして苦しい、気持ち悪い。ああ、そうだ、私、さっき吐いたんだっけ。

 その日は、真っ暗な公民館で一夜を過ごした。

 電気はつかず、水も出なかったし、電話もつながらず、どこにも連絡をとれなかった。

 公民館の周辺に住んでいる人たちが、毛布や食料などを持ってきてくれた。私は子供だったから、みんなからずいぶん優しくしてもらった。毛布もまっさきにもらえたし、パンも水ももらえた。あのとき、あの場にいた人たちには感謝してもしきれない。

 暖房は広い部屋にストーブが3つあるだけだったから、寒くて寒くて、おじいさんとおばあさんと、体を寄せ合って毛布にくるまった。


 次の日も、下に降りられなかった。

 家に帰ろうとすると、おじいさんとおばあさんが、「下は危ないから、ここにいたほうがええ。父ちゃん達は迎えにきてくれるだろうから、ここでじっとしてたほうがええ」と必死で説得してくれた。二人は、何度も「大丈夫だあ」「もうすぐ来るからね」と励ましてくれた。

 確か、おじいさんとおばあさんも、息子さんのことを心配してた。海の近くの工場に勤めてるって、言ってた。息子さんは結婚して、お孫さんも二人いるって言ってた。

 きっと、不安で心配でたまらなかったと思う。でも、私を不安にさせないためか、二人はあまり深刻そうに話していなかった。

 ママとパパが迎えに来てくれたのは、その次の日だった。

 あちこちの避難所を回って、ようやく探し当てたみたい。

 私は泣いてママにしがみついた。ママも泣いていた。ママの涙を見るなんて、初めてだった。パパまで涙を流してたから、ビックリした。そんなに心配してくれてたなんて。

 おじいさんとおばあさんに、何度も何度もお礼を言って別れた。

「元気でな」「またね」

 坂を下りるとき、何度も振り返ると、二人はずっと手を振って見送ってくれていた。私も精一杯振りかえした。

 田久保のおじいさんとおばあさんは、仙台から引っ越す前に会いに行ったときは、仮設住宅で暮らしていた。息子さんのお嫁さんとお孫さんは無事だったけど、息子さんはまだ見つかってないって言ってた。おじいさんとおばあさんは、私の頭を何度もなでてくれた。

「お父さんとお母さんの言うことを聞かにゃあいかんぞ」

「ご飯、しっかり食べるのよ」

「元気でな」

「また遊びに来てね」

 泣きながら二人と別れたのを、今でも鮮明に覚えている。

 それから、ずっと暑中見舞いや年賀状を送り続けたけど、二度と会えなかった。おばあさんは5年前に亡くなり、おじいさんも後を追うように亡くなったって聞いている。

 もし生きていたら、今日、会いに行ったのに、ね。



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