第3章 あの日へ ③3月11日、14時46分

 それから、私はしばらく眠ってたみたい。

 目を覚ましたとき、「ここはどこ?」と、しばらく白い天井をぼんやりと見上げていた。

 ああ。そうだ、私、吐いちゃったんだっけ。

 ゆっくりと起き上がる。壁の時計を見ると、2時を回っていた。

 ママは来てくれたかな。

 ベッドから降りて仕切りのカーテンを開けると、おばさん先生が「あら、起きたの。気分はどう?」と雑誌から顔を上げた。

 ママの姿はそこにはなかった。

「お母さんの職場に電話をかけたら、仕事で外を回ってるって言われてねえ。一応、迎えに来るよう伝言しておいたけど。どうする? お母さんが来るまでここで寝てる? もう大丈夫なら、家に帰って休んでもいいけど」

 すぐに帰れるよう、楢坂先生が着替えとランドセルを持って来てくれたみたい。それはありがたかった。クラスに戻ってみんなの顔を見るのは、絶対に嫌だったから。

 私は一人で帰ることにした。

「気分悪くなったら、途中で休むのよ。学校に戻って来てもいいからね」

 不気味なぐらい優しいおばさん先生が、校門のところまで見送ってくれた。おばさん先生を見たのは、それが最後だった。

 私はトボトボと家に向かった。今にも雪が降り出しそうな灰色の空。私の心は、その灰色以上にどんよりと曇っていた。

 どうしよう。明日学校に行ったら、絶対、みんなにいじめられる。

 とくに今野。あいつは、絶対いじめる。

 今野以外の男子も、一緒になっていじめる。

 そうしたら、みんな私に近づかなくなるんだろうな。

 一緒に帰ってるさっちゃんも、きっと私と一緒に帰るのを嫌がる。

 摩耶ちゃんたちだって、私の味方じゃない。

 いつも男子に「もう、やめなよ」って怒ってくれるけど、「美咲ちゃんも、自分でちゃんと嫌だっていいなよ」って、私にもピシッと言う。摩耶ちゃんは強いし、カッコいいから言えるかもしれないけど、私にはムリだよ。その一言さえ、摩耶ちゃんに言う勇気は私にはなかった。

 楢坂先生だって、今野にいじめられているのを見ても、ちゃんと叱ってくれないし。 

 誰も。誰も私の味方じゃない。

 私、一人ぼっちだ。日本の中で、ううん、世界の中で一番、一人ぼっちなのかも。

 そう思うと、涙が出てきた。

 死んじゃおうかな。

 首を吊って死のうかな。学校の屋上から飛び降りようかな。

 そしたら、みんな後悔するかも。悪いことをしたって思ってくれるかも。

 そんな悲しい想像をしたら、涙が止まらなくなった。道路に涙がポタポタこぼれる。

 みんな、だいっ嫌い。死んじゃえばいい。

 今野もほかの男子も、摩耶ちゃんもほかの女子も、楢坂先生も。

 みんな、みんな死んじゃえばいい。

 そしたら、こんなに苦しまないのに。

 立っていられなくなって、路肩にペタンと座りこみ、膝に顔をうずめて泣いた。

 そのとき。

 グラリと、地面が揺れた。

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