第2章 静かの海へ ①ふるさとの海

 私は、時々不思議になる。

 なぜ、この人と出逢えたんだろう、と。

 ここで、仙台で出逢ったのなら、まだ分かるけど。

 なぜ、東京の片隅で、あの地震を、あの津波を経験した二人が出会ったんだろう。

 それを私は、奇跡と言うんじゃないかって、ひそかに思ってる。

 あのとき、隼人と出会えなかったら、私はどうなってたんだろ。

 隼人と出逢って、ようやく私は、私自身を赦せたんだ。

 今、隼人は砂浜にしゃがみこんで、じっと故郷の海を見つめている。

 その背中。

 二人で過ごした夜、夜中にふと目が覚めると、隼人が背中を向けて寝息を立てていることがある。その背中を見つめながら、不思議な気分になるんだ。私は、よくこの人と巡り逢えたなって。

 この背中に守ってもらっている。そう思うと、私は満たされる。隼人の背中にギュッとしがみついて、安心して眠るんだ。

 隼人は、カッコいいとはいえない。本人が聞いたら怒るかもしれないけど。

 第一印象は、やさしそうな人。

 長身で、面長の顔に細い眼、長い鼻。髪は1000円カットの店で、いつも適当にカットしてもらってるって聞いた。

 前、隼人がどんな人なのかママに聞かれて、大きな電気屋さんの店員にいそうな感じ、って答えた。それを隼人に話すと、「なんだよ、それ」って、ちょっとぶーたれていた。

 多分、どこにでもいるフツーの人。

 でも、私にとってはかけがえのない人なんだ。


「名前さ」

 隼人がポツリと言った。

「ん?」

「そいつの名前さ。大地とか、陸とか、おっきな名前がいいよな。分かりやすくて、誰でも読める名前」 

 ああ――私はお腹を押さえた。この子のこと、ね。

「そうだね、簡単なほうがいいよね」

「だよな。キラキラネームみたいな誰も読めない名前なんて、嫌だよな。子供がかわいそうだし」

「うん、字の説明するの、面倒くさそう」

「やっぱ、簡単な名前だよな。簡単で、おっきな名前。ひらがなもいいかな」

「おっきな名前、かあ」

「親の初めての仕事って、それかな。名前つけるってこと」

 言ってから、隼人はハッとした表情で振り返り、

「あ、オレの仕事ってことね。美咲は、もう仕事してるよな。お腹の中で赤ん坊、育ててるもんな」

 と、あわてて付け加えた。

 隼人は、いつもこんな感じ。先回りして人の考えを読んでるような。

 きっと、それは養子として引き取られた家で苦労したからじゃないかなって、私は思ってる。隼人は、そのころのことは、ちょっとしか話さない。私も無理やり聞く気はないんだけど。

 私だって、摂食障害になってたころの話は、ちょっとしかしてない。

 誰にだって、親しい相手にでも話せないことはある。あのころの自分を、どう説明すればいいのか、分からない。


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