第40話 押しかけ

 次の日、珍しくノックの音で目が覚めた。

 いつもはナルとメルに起されるから、ちょっと特別な朝だった。

 

「はい、どうぞ」


「シロー様、早くから失礼します」


 声を掛けると、入ってきたのはメイド長の犬人女性だった。

 確か名前はモリーネさんだったはず。

 メイド長といっても、まだ二十代半ばだろう彼女は、とても恐縮した様子だった。

 俺は朝が弱い。それを知っていて起こしたのだから、よほどのことがあったのだろう。

 

「どうしたの?」

 

「それが、シロー様にお客様が……」


「ええと、今日はそんな予定なんかないはずだけど」


「はい、お約束のないお客様かと」


「わかった。すぐ行くよ」


 ◇


 表玄関の扉を開いた俺は、地べたに平伏した虎人を目にすることになった。

 ドラバンだけならまだ分かるのだが、十人ほどの屈強な虎人がずらりと並んでいるのだ。

 

「英雄殿! どうか我らを配下に!

 お仕えすることをお許しください!」


 ドラバンはそう叫ぶと、額を地面に打ちつけた。

 他の虎人も同じようにしたので、ごつごつという音が続いた。


「シロー様、この男たちは?」


 騒ぎを聞きつけたのだろう、屋敷の中からピエロッティが出てくる。

 長身の彼は、すでに執事らしい黒服をピシリと着こなしていた。


「はい、これ」


 彼に魔道具の点ハリセンを手渡す。

 当然、俺も同じものを手にした。 


「みんな顔を上げて」


「で、ではっ! 我らを配下に――」


 ぱこーん!


 たわ言を口にしたドラバンの顔面をハリセンで殴る。

 痛みは全く与えないのだが、彼の身体は勢いよく草原の彼方へ飛んでいった。  


 ぱこーん! 

 ぱこーん!

 ぱこーん!

 …………

 ……

 …


 ピエロッティと二人で、十人ほどの虎人全員を野に返した。


「ふう、イイ朝の運動になった。

 先生、アイツらがまた来たら放っておけばいいですよ」 


 俺がピエロッティを「先生」と呼ぶのは、彼が翔太の魔術教師だからだ。


「わかりました。この武器は?」


「どうぞ、それは差しあげますよ。

 ああいった手合いが来たら、また役に立つでしょうから」


「そ、そうですか?」


 ピエロッティは、見慣れない形の「武器」をためつすがめつ眺めている。

 

「史郎君、どうしたの?」


「ああ、舞子。起こしちゃったかな?

 騒がしくしてごめんね」


「なにがあったの?」


「ドラバンがまた来ちゃったんだ。

 しかも、なぜか虎人が十人くらいに増えてた」


「もう許してあげたらいいのに。

 英……もう、変な呼び方はしてないんでしょ」


 俺はがっくり肩を落とした。

 ほら、舞子も「英雄」なんて呼び方、変だと思ってるんじゃないか。

 

「呼び方も問題だけど、俺の配下になるなんてふざけたこといってるんだよ、そいつら」


「配下って、子分のことでしょ。

 いいじゃない、配下にしてあげれば。

 虎人の子たちの護衛なんてどう?」


「……だけど、きっと、子どもたちのほうが、あいつらより強いよ」


「せめて試すだけでもしてあげたら?」


「う~ん、どうだろう。

 まあ、君がそう言うなら。

 ピエロッティ先生、あいつらがまた来たら、俺に教えてください。

 次はハリセンしなくてもいいですから」


「はい、そうします。

 しかし、あんなことがあったわけですから、もう来ないのでは?」


「いや、虎人っていうのは、思いのほか執念深いからね。

 きっと諦めないと思うよ」


「そうですか。

 では、彼らがまたやってきたらお伝えいたします」


「ありがとう」


 そして、俺の予想通り、すぐ次の日には虎人たちが舞子の屋敷にやってきた。


 ◇


 元は町長の住居だった聖女の屋敷は、北と西に草原が広がっている。

 俺とルルたちは、虎人の子どもたちを連れ、西の草原に来ている。

 もちろん、ドラバンとその仲間の虎人も一緒だ。

 彼らには、もし子どもたちに勝てるようなら配下にすると告げてある。

    

「では、審判は、この私ピエロッティが承ります。  

 武器を使わない。頭部、急所を攻撃しない。

 この二つを守ること。

 有効打は、私が判断します。

 初め!」 

 

 最初に登場したのは、虎人の中でも特に背が高い男だ。

 ひょろりとした体は、リーチが長い。

 一方、虎人の子どもたちから出てきたのは、冒険者ギルドでも先鋒として戦った、最も小柄な女の子だ。

 一見、女の子の方が不利に見えるが……


「ちいっ、ちょこまかと!」


 のっぽの男が長い腕を振りまわすが、その手はあと少しのところで少女に届かない。

 運などではない。少女が男の動きを見切っているのだ。


「く、くそっ!」


 本気で振りまわした男の腕が、またもや空を切る。


「はいっ!」


 攻撃後の隙を突き、少女が滑らかな動きで男の背後に回りこむ。そして、背中にトンと手を当てた。


「勝負あり!」


 審判役のピエロッティが、すぐさま少女の価値を宣言した。

 のっぽの虎人は地に膝を着き、草をむしって悔しがっている。

 その肩に仲間が手を置き、言葉をかけていた。 


「次の方、用意して」


 次は、がっしりした虎人の男と少年の試合だった。

 

「始め!」


 開始の合図と同時に、少年の体が虎人の懐に潜りこむ。

 少年を見失った男が周囲を見回した瞬間、下から伸びた拳がその顎に触れた。 

「勝負あり!」


「そ、そんな馬鹿な、俺はまだ……」


 虎人の男が少年に手を伸ばす。

 しかし、すでに勝負はついていた。

 ピエロッティが点ハリセンで男の腕を押さえた。 

 

「ま、また負けたのか……」

「そんな、まさか……」

「おい、ウソだろ……」   

 

 仲間がたて続けに負け、虎人の男たちに動揺が広がる。

 

「なにかの間違いだ!

 俺がそれを証明してやる」


 ドラバンが、その巨体をゆすり草原を踏みしめる。

 並みの大人ならビビることまちがいない。

 だが、一人の虎人少年が平気な顔でその前に立った。


「俺はどうしてもシロー殿に力を示さねばならん。

 手加減できぬかもしれんぞ」


 ドラバンに話しかけられた少年は、黙って静かに立っていた。

 それはまるで、草原に生えた一本の草だった。


「三試合目、始め!」 


「ドラバンさん、油断するな!」

「相手は小さいがスピードがあるぞ!」

「侮るとやられるぞ!」


 虎人の男たちが大声でドラバンを応援する。

 一方、ルルたちはといえば、微笑みさえ浮かべ、静かに試合を見守っていた。


「むん!」


 ドラバンが、バスケットボールほどもある拳を勢いよく突きだす。

 少年の体は風を受けた草のように揺れ、ドラバンの腕に絡みついた。


「ぐわっ!」


 丸太のような腕を少年が宙で抱えている。

 関節技が極まったのだ。


「があっ!」


 ドラバンの顔が苦痛に歪む。彼は自由な方の手で、少年の背中を軽くぽんぽんと叩いた。

 

「勝負あり!」


 よほど悔しかったのだろう。ドラバンが吠え、何度も拳を地に打ちつけた。

 続く試合すべてにおいて、虎人の少年少女が圧勝した。

 試合後のドラバンたちの様子は、まさに敗残の兵といったふうだった。

 俺は彼らの横に立ち、話しかけた。


「約束どおり、これで配下の話はナシだな」

 

 さらに落ちこむ男たち。

 ナメクジに塩といったところか。 

 

「あのう、シローさん。

 あのおじさんたち、よければ雇ってもらえませんか?」


 遠慮がちにそう発言したのは、先ほどドラバンと戦った少年だった。

 

「君、そうは言ってもね……」


「史郎君、私からもお願い」


 舞子がドラバンたちの援護にまわる。

 

「お兄ちゃん、いいんじゃない? 

 雇ってあげようよ」


「コルナ、君もヤツらの味方かい」


「うーん、私はちょうどいいと思うんだけどなあ」


 なにがちょうどいいんだ?

 コルナには、なにか考えがあるのかもしれない。


「シロー、私も雇っていいと思う。

 今の彼らならきっと大丈夫だろう」


 ほう、勘の鋭いコリーダがそう言うなら、問題ないのかもしれない。


「シロー、あの人たちなら、きっと役に立つと思うわ」


 ルルも賛成するのか。

 これはもうしょうがない。

 まあ、元々、彼らを仲間にしようとは思ってたんだけどね。


「君たちを雇おう。

 だが、配下ということにはしないよ。

 君たちはあくまで『ポンポコ商会』の社員だ。

 この街にも支店がある。

 ここからすぐ近くだから、明日になったら来てくれ。

 そうだな、正午少し前がいいだろう」


「し、シロー殿!」

「え、えいゆ――」

「馬鹿っ! シロー殿にその呼び名は禁句だぞ」

「シロー殿、ありがとう!」

「感謝いたします!」


 虎人の男たち、なんか声が大きいんだよな。

 ちょっとうるさい。うっとうしい。


「(*'▽') さすがご主人様、容赦がない」


「え? そうかなあ。俺って彼らに優しくない?」


「(*'▽') ぜんっぜん優しくなーい!」


 ちょ、それって言いすぎじゃない、点ちゃん。

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