第35話 ケーナイでの出来事(上)

 瞬間移動でタイゴンを発ったシローたちは、ケーナイ郊外にある屋敷の庭に現れた。

 陽の光に映える、まっ白なドレスを着た小柄な舞子と、その背後に立ちならぶ、メイド服を身につけた犬人の女性たちが出迎える。


「史郎君、いらっしゃい」


 舞子が、花のような笑顔でシローに駆けよる。

 彼女の屋敷とアリストの『くつろぎの家』が特別なポータルで繋がってからは、週の半分以上を彼と一緒に過ごしている舞子だが、それでもこうして会えると嬉しいらしい。

 虎人の子どもたちは、人目をはばからずシローに抱きつく美しい女性に戸惑っている。


「舞子、紹介するよ。

 話してあった虎人の子どもたちだ」


「みなさん、ようこそいらっしゃいました。

 ここを自分の家だと思ってくつろいでくださいね」


 包みこむような舞子の笑顔に、ぎこちない表情を浮かべていた虎人の子どもたちから緊張が消える。

 さすがは癒しの『大聖女』である。魔術を使うまでもなく、子どもたちをリラックスさせてしまった。

 

 虎人の女の子、男の子とそれぞれ左右の手を繋ぎ、舞子は屋敷へと入っていく。犬人のメイド、シローの家族、そして残りの子どもたちがそれに続いた。

 聖女の屋敷は、にぎやかな夕べを迎えるだろう。 


 ◇


「ジャムっておいしいね!」

「私はリンゴのジャムが好き!」

「パンがふわふわだったよ!」

「ボク、よーぐるとってやつがおいしかったぁ」


 聖女の屋敷で一夜を明かしたシローたちは、舞子の屋敷で出された朝食の話題で盛りあがっている虎人の子どもたちをひき連れ、ケーナイの冒険者ギルドまでやってきた。

 先頭のシローがギルド入り口の両開きの扉を開けたとたん、中から歓声が上がった。彼の来訪を知らされていた冒険者たちが、英雄を歓迎しようと待ちかまえていたようだ。

 それほど広くないギルドの待ちあい室は、犬人の冒険者たちでいっぱいだった。


「久しぶりだな、シロー。

 みなさんもようこそ。

 ケーナイ冒険者ギルドは、みんなを歓迎するぜ」


 ギルマスである大柄な犬人アンデは、見事な歓迎の遠吠えで子どもたちを驚かせてから、丸太のような太い腕を大きく広げた。

 その後ろから顔をのぞかせたのは、猫人の少女と狸人の少年だ。


「待ちくたびれちゃったよ!」

「リーダー、よくいらっしゃいました!」


 パーティ仲間からの挨拶にシローが笑顔で返す。  


「ミミ、ポル、お疲れ様。

 難しい依頼、見事に達成したようだね」


 彼が言う「依頼」とは、『ポンポコ商会』から出されたもので、『神薬』の情報を盗みだした、猫人の薬師を捕まえるというものだった。

 捕まえられた薬師は、ここケーナイの『ポンポコ商会』で、臨時職員として働かされている。


「えへへ、凄い?

 リーダー、私って凄いでしょ。

 もっと褒めていいんだよ?」

「ミミ、自慢が過ぎるよ」


 ミミとポルはいつも通りだ。

 

「人が多くてな。

 上の会議室を用意してある。

 そちらで歓迎会の用意がしてあるから頼めるか」


「ああ、いいよ」


 友人であるアンデの頼みに、シローも気軽に答える。

 アンデとシローは冒険者たちと二階の会議室へ、虎人の子どもたちとシローの家族は一階の応接室へと入った。


 ◇


 ギルドで一番広い応接室に入った虎人の子どもたちは、テーブルが取りはらわれた後の絨毯に腰を下ろした。魔獣たちは、子どもたちの周りに落ちつく。壁際に置かれたソファーにルルたちが座る。ナルはルル、メルはコルナの膝に座っている。


「みなさん、初めまして。

 ボクは冒険者をやってるポルナレフです。

 リーダー、えっと、シローさんから君たちにギルドの仕事を説明するよう言われました」 


「私はミミ、銀ランクの冒険者よ。

 よろしくね」


 説明役をまかされたのは、ポルとミミのようだ。

 ポルはともかく、ミミは説明役が務まるかどうか微妙なところだ。


「冒険者って、いろんな依頼を受けて仕事する人ですよね」


 虎人の少年が質問する。

 自分たちと年齢の近いポル、ミミが相手だからか、少年は少しも物怖じしていない。

 

「そうです。

 冒険者に働いてほしい人は、まず冒険者ギルドに仕事を依頼します。

 ギルドは、仕事の難易度に合わせて適切な冒険者を派遣することになります」


「えと、ポルさんでしたっけ?

 どうして、ボクたちは冒険者について説明を受けているんですか?」


「シローさんからは、君たちの選択肢を増やすためだと聞いています」


「選択肢?」


「君たちがこれからどう生きていくか、その選択肢です」


 ポルの言葉に、虎人の子どもたちは、互いに顔を見合わせた。


「あのー、シローさんの家で暮らすことはできないんでしょうか」


 そう尋ねた虎人の少女は、少し不安そうだ。

 

「君たちには、いろんな道を知ってから、よく考えてこれからのことを決めてほしいんだと思いますよ、シローさんは」


 ポルがそう言うと、少女の表情は明るくなった。


「冒険者についての説明を続けますね。

 ボクたちの仕事は、街の人たちがしている仕事にくらべると、たくさんお金がもらえます。

 なぜだかわかりますか?」


 この質問は、世間のことほとんど知らずに育った虎人の子どもには難しすぎたようだ。

 みな首をひねっているだけで、答えが見つからないようだ。


「パン屋さんなら、およそ決まった数のパンを毎日焼きます。

 だから、収入は安定しています。

 けれども、冒険者の仕事は一回きりというのが多いのです。

 そのため、料金がある程度高くないと誰も依頼を受けないでしょう」


 納得したのか、子どもたちはしきりと頷いている。

 

「それと、一番忘れてはいけないのが、仕事の危険性です。

 冒険者は、魔獣討伐や護衛も請けおいます。

 そういった仕事は、危険が避けられません。

 命を落とすことも珍しくありません。

 だから、高いお金をもらえるわけです」


 虎人の少女が手を挙げる。


「冒険者って、お金がたくさんある時とない時があるってことですか?」


 それに答えたのは、お金に関してこだわりのあるミミだった。


「よく気がついたわね。

 だから、日ごろからお金を計画的につかわないといけないのよ。

 これ、すごくすご~く大事」


 計画性がないミミは、そのことで何度も痛い目にあっている。経験から生まれる言葉には説得力があった。  


「冒険者って、なんだか大変そう。

 お兄ちゃん、冒険者なんだよね。

 どうしてそんな仕事してるの?」


 虎人の少年から出た質問は、しごく当たり前のものだった。


「「楽しい(から)(の)」」


 ミミとポルが同時に答えた。


「ぜんぜん知らない場所を探索したり、奇妙な風習を持つ原住民と交流したり…………」


「宝箱を目の前にしてドキドキしたり、珍しい魔獣の素材がいくらで売れるかワクワクしたり……」


「「すっごく楽しいんだよ!」」


 二人の話を聞く虎人の少年少女が、目を輝かせている。

 

「君たちが、もし冒険者になる道を選ぶなら、ぜひ信頼がおける人とパーティを組むといいよ。

 そうすれば、一人では難しい依頼も、より安全に受けられるし成功率も上がるからね」


「ポルお兄さんも、パーティに入ってるの?」


「うん、ボクが入っているパーティは、『ポンポコリン』って言うんだ。

 こんな名前だけど、冒険者の間では、ちょっと有名なんだよ。

 リーダーはシローさんだよ」


「えっ?

 シローさんって、あのシローさん?」


「うん、君たちをここへ連れてきてくれた、あのシローさん」


「「「うわー!」」」


 ポルがシローのパーティメンバーであるということが、なぜか子どもたちを感動させたらしい。


「いいなあ!」

「ばーべきゅ、食べられる?」

「毎日ジュース飲める?」

「お肉が食べられる?」


 そんなことを口々に騒ぎはじめた。


「静かに!」


 ミミが注意し、子どもたちは口をつぐむ。


「お菓子だって毎日食べほうだいよ。

 私はイチゴのショートケーキやプリンが好き!」


 ミミの言葉で、騒ぎが前よりひどくなる。


「おかしってなに?」

「おいしいの?」

「いちごのちょーとけーき?」

「ぷりんってどんなの?」


 収集がつかなくなった場をおさめたのは、ルルだった。

 手を打ちあわせ、子どもたちが静かになってから、真剣な口調で話しかける。


「みなさんは、最初に行った虎人の街タイゴンで住むこともできます。

 冒険者として生きることもできます。

 アリストに住むなら、私たちはあなた方を応援します。

 それ以外の選択肢も無限にあります。 

 どれを選ぶにしても、私たち家族はできるかぎりのお手伝いをするつもりです。

 急がず、よく考えて選んでくださいね」


 虎人の子どもたちは、食いいるようにルルの話を聞いている。

 ポルの耳が垂れているのは、肝心の話をルルに奪われてしまったからだろう。 


 ◇


「お話はここまで。

 じゃあ、みんなでなにかして遊ぼ――」


 ミミの言葉は、突然入ってきたシローにさえぎられた。


「すまないけど、みんな訓練場に集まってくれるか?」


 珍しくぼうっとした顔をしていないシローを見て、ルルたちの顔に緊張が走る。


「みんなは、体をほぐしておいてくれ」


 そう声を掛けられた虎人の子どもたちは、みんな顔に「?」マークを浮かべているが、これは仕方ないことだろう。


「これから訓練場に行って冒険者と戦ってもらうから」


 続いたシローの言葉は、誰も予想していなかった。

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