第36話 ケーナイでの出来事(中)


 ケーナイギルドの裏手には、魔物の解体をする木造の倉庫と並んで訓練場がある。

 この訓練場は、アンデに頼まれたシローが土魔術で造りあげたものだ。

 アリストギルドの訓練場を模して造られたそれは、小型の体育館ほど広さがあり、半地下である長方形の砂地を楕円形に観客席が囲んでいる。

 シローたちが訓練場に入ると、その観客席は、すでに冒険者がすし詰めとなっていた。

  

「みんなは端で見ていようか。

 点ちゃん、頼むよ」


「(^▽^)/ はーい!」


 訓練場の端、観客席の手前でシローが地面に手をかざす。

 砂地が滑らかに持ちあがり、背もたれつきの長いベンチを形成した。

 

「子どもたちを戦わせるなんて、どうしても賛成できないわ」


 珍しく厳しい顔のルルが、シローの腕を両手でぎゅっとつかむ。


「ルル、子どもたちに危険はないよ。

 点ちゃんにお願いしてあるから。

 それに、おそらく点ちゃんの出番はないと思うよ」


「どういうことですか?」


 すこし冷静になったルルがそう問いかける。


「まあ見ててごらん」


 観客席からの歓声が一際高くなると、革鎧を身に着けた大柄な冒険者が訓練場の中央に立った。

 彼は両手を突きあげ、歓声にこたえている。


「「「ガンテ! ガンテ! ガンテ!」」」


 冒険者は、ガンテという名らしい。

 シローは虎人の子どもたちを見回すと、最も小柄な少女の肩に手を置いた。

 

「一番手は君だ。

 あのおじさんを倒すんだ。

 あそこの木剣を使うといいよ」


「わかりました」


 このような場面なのに、虎人の少女は、やけに落ちついていた。

 

「急所へは攻撃するんじゃないよ。

 殺さないよう手加減してやってくれ」


 シローの言葉にうなずくと、少女は壁にかけられた木剣から一番短い一本を選び、訓練場中央で待つ大男のところへ向かった。


「こりゃまた、えらく小っちぇえのが出てきたな。

 ケガしても知らねえぞ」


 使いこんだ胸の革鎧をぽんと左手で叩くと、男は小馬鹿にするような口調でそう言った。

 戦う前から、すでに勝ったつもりでいるらしい。

 

「おじさん、剣を持たなくていいの?」


「お前ごときに?

 はっ、そんなの必要ねえよ」


 そんな二人に近づいた、ギルマスのアンデが声を掛ける。


「俺が審判だ。

 一本取られたら、そこで終わりだぞ。

 急所への攻撃は、反則とみなすからな」


「わかってますよ、ギルマス。

 こんなちっこいのを倒したからって、自慢にゃなりませんからね」


「わかってるじゃないか、ガンテ。

 では、用意はいいな……始め!」  


 大男ガンテは、両手を振りあげ、少女につかみかかった。

 一度捕まってしまえば、小柄な少女になす術はあるまい。

 しかし、ガンテが捕まえたと思った瞬間、少女の姿が消えていた。


「それまで!」


 アンデの声に、ガンテが我に返る。


「な、なにが?」


「後ろを見てみろよ」

 

 アンデの言葉に振りむいた男は、目の前に突きつけられた木剣の先端を見て思わず尻もちをついてしまった。

 ガンテを応援していた観客席が静まりかえる。


「お前、えらく速いな」


 アンデには、開始の合図と同時に少女がガンテの股下をくぐり、背後に回りこんだ動きが見えていた。 


「シローが言ったとおりだぜ。

 子どもなのに、並みの腕じゃねえ」


 アンデはそう言いながら少女の手を取り、それを挙げる。

 最初はシローたちが座っているベンチから始まった拍手は、やがて大きくなり、客席全体へと広がった。


 ◇


 虎人の子どもたちは、訓練場で冒険者との試合が終わると、昼食のため街の食事処へとやってきた。

 先頭に立って案内しているのはミミだ。 


「さあ、腹ペコの君たち、ここがこの街で一番美味しいお店だよ!」


 小さな店先は、入り口が見えないほど鉢植えの緑で覆われている。

 ミミが扉を開けると、店の中から猫人の女性が現れた。


「みなさん、いらっしゃい。

 今日は、『わんにゃん亭』の食事を楽しんでいってくださいね」


「「「わーい!」」」


 冒険者と模擬戦をしたことで、お腹を空かせた子どもたちから歓声が上がる。

 ミミに連れられた彼らは、あっという間に店の中へと姿を消した。


「おばさん、今日はお世話になります」


「ポル君、なに遠慮してるの?

 ほら、君も入って入って。

 今日は貸しきりにしてるからね」


「ありがとうございます」 


「みなさんも、お久しぶりです。

 いつも娘がお世話になります。

 どうぞお入りください」


 女性がルルたちに頭を下げる。

 彼女はミミの母親だ。ここ『わんにゃん亭』はミミの実家なのだ。

 

「じゃあ、私たちも入りましょう」


 それぞれの魔獣を連れた、ルル、コルナ、コリーダも店に入る。

 この場にシローがいないのは、ギルドで引きとめられているからだ。

 きっと今頃は、冒険者たちから冒険譚を話すようせがまれているにちがいない。


 ◇


「くー、むちゃくちゃ美味しかったー!」

「ホント、こんなおいしい食べものがあったんだね~」

「あー、もう死んでもいい……」


 ふくらんだお腹を抱え、椅子の背もたれに寄りかかっている子どもたちを満足げな表情で見ているのは、でっぷりした犬人のシェフだ。彼は、ミミの父親である。


「だけど、冒険者って強い人がいるんだね。

 ボク、勝てなかったよ」

「自信あったんだけどなあ。

 私も……悔しいなあ」


 ギルドの訓練場でのことを思いだして悔しがっているのは、銀ランク上位の冒険者と対戦し、惜しくも敗れた子どもたちだ。凄腕の暗殺者である彼らだが、正々堂々の勝負では、ベテラン冒険者に分があったようだ。


「そうだ、ナルちゃん。

 ナルちゃんたちのお父さんも冒険者なんだよね。

 シローさんのランクはなんなの?」


「「黒鉄くろがねランク~」」


 ナルとメルが同時に答える。


「へえ、くろがねかあ。

 ギルドでポルさんから説明され話に出てきたかな?」


「ふふふ、黒鉄はね、金ランクよりも上だよ」


「「「ええーっ!?」」」


 虎人の子どもたちが驚きの声をあげる。


「凄いとは思ってたけど、シローさんってホント偉い人だったんだね」


「ナルのパーパだもん!」

「メルのパーパだもん!」


 ナルとメルが立ちあがり、胸を張った。ナルはエメラルド色、メルは桜色のワンピースを着ているが、その胸につけた小さな黒いドラゴンのアップリケが存在を主張している。

 

「そういえば、チビドラどうしてるかなあ」

「お仕事してるよ、きっと」


 ナルとメルの実の父親であるドラゴン、ヴァルドラがここしばらく姿を見せていないのは、シローの頼みで、ある「仕事」に就いているからだ。


「ねえナルちゃん、チビドラってだれ?」


「黒くて小っちゃくて、すっごくかわいいんだよー」

「かわいいーの」


「へえ、シローさん家って、他にも魔獣がいたんだ」


 訓練場で初戦を飾った小柄な虎人少女は、魔獣に興味があるようだ。

 

「みんなが知らない魔獣さんが、他にもいっぱいいるんだよー」

「いっぱいいるんだよー」


「へえ、凄いね! どんな子たちか会ってみたいなあ」


 そこへお盆を手にしたミミママが現れる。

 

「さあさあ、みなさん、デザートですよ」


「「うわーい!」」


 ナルとメルの二人はが喜んだが、虎人の子どもたちは戸惑った表情だ。


「あのぅ、でざとってなんですか?」


 虎人の少年が、遠慮がちに尋ねる。


「すっごくおいしいの!」

「甘いの~!」


 ナルとメルの説明では、どうにも理解できないだろう。   

 

「デザートっていうのはね、食事の後で食べる果物やお菓子だよ」


 狐人のコルナが、ゆっくりとした口調で説明する。


「果物!」

「お菓子!」

「甘いの!?」


 虎人の子どもは、興奮のあまり席から立ちあがった者もいる。

 そんな子は、ルルに叱られてシュンとなってしまった。

 しかし、デザートとして出されたプリンを一口食べたとたん、これ以上ないほど幸せそうな顔となった。

  

「「「ほわぁ~……」」」


 空になった皿を眺め、ため息をつく子どもたち。

 ルルたちは、微笑みを浮かべそれを見守っていた。   


――――――――――――――――


(*'▽') ねえ、作者~。


ん、なんだい点ちゃん?


(*'▽') 虎人の子どもは、チビドラにつかまった人もいなかった? なんでチビドラちゃんのこと覚えてないの?


 あー、そういう質問か。

 虎人の子どもたちのうち二人は、暗殺者として『くつろぎの家』に侵入した時、チビドラに捕縛されているだけど、暗闇でいきなり攻撃を受け意識を失っていたので、誰に捕まったかのか覚えてないんだよ。


(*'▽') あっ、そうだったー。


点ちゃんも、うっかりすることがあるんだね。


(^▽^)/ ご主人様といっしょー。


そういうことね。

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