第26話 狙われる者たち(上)


 アリスト城の敷地内には小さな森がある。その一角は芝生が敷きつめられた広場となっており、その中央に噴水がある。噴水脇に建てられた石造りの東屋に座り、頬杖をついている青年の姿があった。 

 勇者加藤は、今日で一週間アリスト城に滞在している。

 国内に潜伏していたブレイバス帝国の兵士たちは軒並み捕らえられたが、まだ帝国がどう動くか分からないから、女王陛下に命じられ待機しているのだ。

 実のところ、彼を少しでも長く引きとめたい女王陛下から足止めをくらっているわけだ。


「早く帰らないと。

 ミツ、きっと怒ってるだろうなあ」


 加藤は、首を長くして彼の帰りを待っているだろう恋人のことを考えていた。ミツが住むマスケドニアの王都は、アリスト城が臨むサザール湖を隔て、対岸にあるのだが、一番早い船便でもそこまで二日以上かかるのだ。

 

「「きゅきゅ」」


 可愛い鳴き声に、顔を上げるとまっ白な子ウサギが数匹、東屋の前で遊んでいた。たった今、森から出てきたのだろう。

 子ウサギといっても、体の大きさは地球の中型犬ほどある。なんといってもこの子たちは、成長すれば三メートルを越える神獣なのだ。

 加藤は立ちあがると、腰のポーチから大ぶりな木の実を取りだした。 


「ぴょん吉ちゃ~ん、ぴょん子ちゃ~ん、おいしいおいしい木の実ですよ~」


 東屋から出てきた彼は、普段からは想像もつかない甘い口調で話しかけながら、中腰で子ウサギに近づいていく。

 彼の声を聞いた子ウサギたちが、ぴっと長い耳を立てる。そして、彼の姿を目にしたとたん、ぴょんぴょん跳ねて森の中へ逃げこんでしまった。

 がっくり肩を落とす加藤。

 暇に任せて、かわいいウサギたちとの関係修繕をはかった勇者の試みは、ここについえたようだ。

 

「どうしてだよ……」


 人懐こいと評判の子ウサギたちが、彼にだけこういった態度をとるのは理由わけがある。 

 異世界に転移したばかりの頃、加藤は調子にのって子ウサギたちの母親である神獣をいじめたことがある。そのため、その神獣は今でも加藤を警戒している。

 自然、その子供たちは加藤に近寄りもしてくれない。


「ウサ子~、何度も謝っただろう。

 もういい加減、勘弁してくれよ~」


 加藤が、勇者にあるまじき情けない声を上げたときだった。


 ガサリ


 子ウサギたちが隠れた繁みから音がして、巨大なウサギが姿を現した。


「ウサ子!」


 神獣である巨大ウサギが、やっと自分にうちとけてくれる気になったと思いかけた加藤だが、すぐにその考えを改めた。


「キュキュ!」


 二本足で立った神獣が、なにかを警戒するような声を立てたからだ。

 

 キキンッ


 頭の後ろでそんな音がしたので、加藤はとっさに振りむいた。

 今まで誰もいなかったはずの東屋の脇に、黒いローブを着た人物が立っている。目深にかぶったフードのせいで顔は見えないが、かなり小柄だ。

 加藤は自分の足元、芝生の上に、金属製の長い針が二本、転がっているのに気づいた。針は黒くつや消しが施されていた。

 

「誰だ、お前?」


「……」


「答える気はなさそうだな」


 ローブの人物は、今まで失敗したことのない毒針がはじかれ、当惑していた。それは確実に勇者の首に刺さったはずなのだ。

 ただ、暗殺者としての業が血肉にしみついているため、戸惑いは一瞬で消えさった。

 黒ローブの袖に隠れて、両手に一本ずつ暗器を握る。Tの字の尖端を鋭く研いでだそれは、投擲にも手持ちの武器にも使えるものだ。   

   

「悪い事は言わない、武器を捨てるんだ」


 勇者の口調は、戦闘中だというのに静かだった。 

 暗殺者は、勇者の言葉尻をとらえ動きを起こした。

 低い姿勢で、まっすぐ勇者へ駆けよったのだ。

 

(決まった!)


 暗殺者は、突きだした右手に握る暗器が、確かに勇者の体を貫くのを見た。

 任務達成の喜びは、しかし、すぐ違和感にとってかわった。

 確かに勇者を仕留めたはずなのに、手ごたえがなかったからだ。

 背後に気配を感じ振りむこうとした瞬間、意識が刈りとられた。

 暗殺者は、とさりと軽い音を立て草の上に倒れる。


「点ちゃん、さっきはありがとう」


 加藤が誰もいないはずの空中に話しかける。


「(^▽^)/ 喜んでー!」


 シローが加藤に着けておいた『・』がシールドを張り、暗殺者の暗器である毒針を防いだのだ。


 加藤は、小柄な襲撃者の体から黒いローブを剥ぎとった。

 

「えっ!?

 どういうことだ?」


 フードで隠されていたのは、まだ幼い子供の顔だった。

 しかも、頭の上に三角耳がついている。

 どうみても、それは獣人の子供だった。

 

「おいおい、こりゃ、あいつに報告しなくちゃな」


 勇者が思いうかべたのは、茶色い布を頭に巻き、肩に白猫を載せた友人だった。


「キュン」


 いつの間にか再び姿を現した一匹の子ウサギが、加藤の足元で彼を見上げている。

 

「おー!

 ピョンきち

 やっと許してくれたのかー!」


 あまりの嬉しさで子ウサギを撫でるまくる勇者の頭からは、さっき命を狙われたことがもう消えていた。

 ただ、この子ウサギの名前、決して「ピョン吉」などではない。

 

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