第25話 皇帝の尻尾


  アリスト城下では、軍と騎士団が協力してブレイバス帝国から来た兵士たちを捕縛した。

 潜入していた工作員のほとんどが捕まり、牢へと送られた。

 その際、冒険者たちが大いに活躍した。

 冒険者ギルドは、創設当初から国家間の紛争には極力関わらない姿勢を貫いているが、今回のことに関してはブレイバスからやってきた無法者に対処するという名目で冒険者たちに依頼を出した。    

 討伐依頼が少くなるこの時期、国から出た高額の依頼に冒険者たちは大いにやる気を見せた。


「いやあ、久々に盛りあがったねえ!

 俺んちのパーティなんて、三人も捕まえたんだぜ」

「ははん、俺とこなんか五人だぜ!

 お陰でこのとおり、浴びるほど飲めるってもんだ!」

「あんた、いい加減にしときよ!

 この前みたいに、酔ってどぶ川で泳いでも知らないよ!」


 まだ陽も高いというのに、アリストギルドの待合室は、四つある丸テーブルが酒で顔を赤くした冒険者たちで埋まっている。

 腕自慢の冒険者は、ブレイバス国からの侵入者を何人捕まえたか吹聴しているところだ。


「皆さん、お疲れ様」


「「「キャロちゃん!」」」


 冒険者たちの横には、背丈がテーブルにも届かないほど小さな「女の子」が立っていた。

 ここのギルドマスター、キャロである。


「みんなが頑張ってくれたおかげで、国から感謝状もらっちゃった」


 キャロは、小さな腕をいっぱいに伸ばし、豪華な装丁の羊皮紙を広げた。


「「「おおー!」」」

 

 冒険者たちのことだから、心の中では感謝状より追加の報奨金が欲しいなんて思っているのだが、なにより大事なのは彼らが愛するギルマスの笑顔だ。 

 キャロの嬉しそうな顔を見て、みんな笑顔でうなずいている。

 ただ、盛りあがる冒険者たちの中、一人だけ目を閉じ黙っている若者がいる。


「ナルニスさん、どうかしましたか?」


 ギルマスから声を掛けられた色白の青年は、すっと椅子から立ちあがると、騒がしい丸テーブルから離れ、ギルド奥へと続く通路へ入っていく。

 指名依頼や面接に使われる個室へ入ったナルニスに続き、キャロもその後を追い中へ入った。

 二人は対面する形でソファーに座る。キャロのソファーは足元に何段かステップがついた彼女専用のものだ。

 

「どうしたんですか、ナルニスさん?」


「ええと、こんなこと改めてギルマスにお話しすることもないと思うんですが……」


 ナルニスは、いつもとは違い歯切れが悪い。


「なんでしょう?

 遠慮しないで言ってみてください」


 しばしの沈黙をはさみ、ナルニスが口を開いた。


「ギルマスは、ブレイバスの皇帝がどんな人が知っていますか?」


「え?」


 唐突な話題に、キャロが戸惑う。

 ナルニスは、それに構わず話を続けた。


「噂によると、ブレイバス七世はとてつもなく自意識が高いそうです。

 そんな男が今度の件を知ったらどんな行動に出るか……」


 キャロも真剣な表情に変わる。


「せ、戦争をしかけてくるかしら?」


「今回の件、大きな戦いはありませんでしたが、この国を侵略しようとしたといえるかもしれません」


「じゃあ、やっぱりまたすぐに襲ってくるかしら」


 いつになくキャロの表情が暗い。

 

「幸い、ブレイバス帝国とこの国とは、かな距離があります。

 二国の間にキンベラ王国があるため、大軍を派遣するのは並大抵のことではありません」


「とりあえずは、安心ってことなのかな?」


「……ギルマス、『皇帝の尻尾』について聞いたことは?」


「『皇帝の尻尾』ですか?

 ブレイバス皇帝って獣人でしたっけ?」


「いえ、彼は人族ですよ。

 あの国は荒れ地が多く、一部には砂漠もあります。

 そこに棲むサソリは、尻尾に猛烈な毒を持っています。

 それにちなんで名づけられたのが『皇帝の尻尾』で、皇帝直属の暗部らしいですよ」


「アンブ?」


「諜報や暗殺を手がける組織です」


「ええっ!

 じゃあ……じゃあ、陛下が狙われるってことなの?!」


「その可能性が高いですね」


「大変!

 すぐお城に知らせないと!」


「そうですね。

 シローにも知らせておいた方がいいかもしれません」     


「分かったわ。

 ナルニス君は、ホント頼りになるわ。

 ありがとう!」


「え、ええ……どういたしまして」


 敬愛するギルマスから手放しで褒められ、ナルニス青年は、細面の顔だけでなく耳までまっ赤に染まっていた。


   

 ◇ ブレイバス皇帝


 ブレイバス帝国の城では、アリスト王国から逃げかえった将校が、事の次第を皇帝に報告たところだ。


「なんだと!

 アルザスのめが!

 あれだけお膳立てしてやって、小国の一つも落とせぬのか!」


 思わず玉座から立ちあがった皇帝が、報告したばかりの将校をじろりと睨む。


「ひっ!

 そ、そのことですが、く、黒髪の勇者が――」


「黙れ!

 よくもおめおめと余の前にその顔をさらせたな!

 その方の一族ともタダで済むと思うなよ!

 こやつを叩きだせ!」


「ひ、ひいっ!

 お慈悲を、お慈悲をーっ!」


 懇願する将校は、二人の騎士にそれぞれの腕を抱えられ、玉座の間からひきずり出された。

 皇帝はそれに目もくれず、やはり広間を後にした。彼は皇族だけに許された城の区画までやって来ると、石壁の一部に右手で触れ呪文を唱える。大ぶりな金の指輪がぼうっと白く光り、その光が壁へ伝わると、浮かび上がるように黒い金属製の扉が現れた。


 皇帝が扉を押しあけると、そこには闇だけがあった。暗闇に踏みこんだ皇帝が後ろ手に扉を閉めると、小さな魔術灯がぼうっとともった。

 そこは窓のない小部屋だった。贅沢を常とする皇帝だが、ここは飾り気がなく、石壁がむき出しで、床には敷物さえなかった。

 魔術灯りで照らしきれない部屋の隅には、暗闇が残されていたが、その一部がぶつりとちぎれると人の形をなした。

 足元に膝を着いた黒ローブの人物に、皇帝が声をかける。


「古の契約に従い、余のためにその力を貸せ。

 にえは、アリストの女王とその勇者だ。

 そして、『ポンポコ商会』の経営者をここへ連れてくるのだ」


 黒ローブのフードがピクリと動く。

 それだけ見た皇帝は、踵を返し小部屋から出ていく。

 部屋の明かりがすうっと消え、黒ローブの人物は闇に溶けた。

 皇帝に仕える暗殺者が静かに動きだした。 

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