第19話 シローのたくらみ


 ケーナイのポンポコ商会はL字型をした巨大な建物だが、その屋上にはペントハウスがあり、温泉水のアーティファクトを利用した風呂がある。

 ひょうたん型をしたこの風呂は、ナルやメルのために片側のふくらみで底が浅くなっており、もう一方は普通の深さになっている。

 今、そこには三つの頭が浮かんでいた。


「へえ、熊人族の長から、そんな報告があったのかあ」


 シローは気持ちよさそうに目を細めながら、昼日中からの入浴に居心地悪そうなポルナレフからの報告を聞いていた。

 二人の間には白い子猫ブランがお腹を上にしてぷかぷか湯に浮かんでいる。後ろ足ですいすい背泳ぎしている白猫は器用にも尻尾を動かし、かじをとっていた。

   

「猫人族のおさからも、同様な報告がありました。

 どうやら、虎人族全部でなく、その一部が関っているようです」


「ふ~ん、その虎人たち、『神薬』の秘密を嗅ぎつけて、なにかしようとしてるらしいね」


「このまま放っておいていいんでしょうか?」


 すでに『神薬』の秘密を明かされているポルナレフは、顔いっぱいに不安が広がっている。


「ボクがあんな薬をつくってしまったから……」


 つぶやくように口にしたのは、もう一人、入浴している十六、七才の若者だ。栗色をした前髪の下からのぞく目には、いつもの知的な光にかわって、不安の色があった。


「ルエラン、君が開発した『神薬』は素晴らしい成果だよ。

 安心して研究に打ちこんでくれ」


 そんなシローの言葉に、はるか『ボナンザリア世界』から次元の壁を越えやってきた薬師の若者は、おし黙ったままだった。

 

「ルエラン、以前、俺が開発を頼んだ薬のこと覚えてるかい?」


「ええと、どの薬でしょう?」


 シローは、いくつかの薬についてアイデアを薬師のルエランに話し、開発を頼んでいた。

 

「育毛剤と美容液だよ」


「え、あれ、本気だったんですか?

 でも、今はそれどころじゃ――」

 

「肩の力を抜きなよ。

 だいたい、『神薬』のことはいつまでも秘密にしたままにはできないだろうって考えてたからね。

 思っていたより知られるのが早かっただけで、どうってことないよ」


「で、でも――」


「それより『神薬』を利用した育毛剤と美容液の開発、どうなってるの?」


「まだ、おおざっぱな結果しか出ていませんが、『神薬』を千倍程度に薄めても十分な効果が見こめるようです」


「ほう!

 そりゃいいね。

 効果は弱いものでいい。

 従来の育毛剤、美容液より効けばそれだけで十分なんだ。

 至急、本格的な開発に取りかかってくれるかな?」


「シローさん、こんな時にそんなことをしていていいんでしょうか?」


 薬のことに詳しくないポルナレフだが、思わず口をはさむ。


「ポル、見ていてごらん。

 虎人族が『神薬』をネタになにかたくらんでるみたいだけど、この二つの薬ができれば、ヤツらには文字通りになるさ」


「ホントにそんなことで大丈夫なんでしょうか?」


「ルエラン、君も『神薬』の秘密がどうのこうの言ってられなくなるよ。

 少し忙しくなるだろうから、覚悟しておいてね」


「え、ええ、忙しいくらいなら、まだいいんですが……」


 薬師ルエランは、それから一月もしないうちに、シローの言葉を甘く見ていたと思い知ることになる。

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