第18話 誇りと信頼


「ふむ、お主がトランテか。

 ワシに話があるそうだな」


 熊人のおさグズリは床に敷いた毛皮の上で片膝を立て、目の前で頭を下げている虎人の若者を見下ろした。

 グズリの斜め後ろには、『聖騎手』のダマリが控えている。

 長は老いてなお部族トップクラスの戦闘力を誇る。虎人の若造一人になにかできるとは思えないが、念のため護衛役を買ってでたのだ。

 

「はっ、トランテと申します。

 今日は折りいってお話が……」


 トランテはそう言うと、ダマリを見て眉を寄せた。

 

「こやつがここにおるのが気にくわぬなら、お前の話は聞けぬな」


 長の言葉は、虎人を責めているようには聞こえなかった。


「いえ、ダマリ殿がそこにいてもかまいませぬ」


 そう言ったトランテは、意味ありげにニヤリと笑った。

 

「話があるなら、もったいぶるでない。

 ワシも忙しい身でな」


 高い洞察力を持つグズリは、直感的にトランテを警戒すべき相手と判断した。

 

「それでは……グズリ様におかれましては、『ポンポコ商会』をご存じですか?」


 頭を下げたトランテが、下げた頭を少し上げ、推しはかるようにグズリを見た。

 

「お主、なにをたくらんでおる?」


 トランテが口にした『ポンポコ商会』のオーナーがシローだと知らぬ者はいない。


「いえ、たくらむなど、とんでもありません。

 それよりその商会が新しい薬を開発したのはご存じですか?」


「薬?

 お主、そんなことでわざわざここまで来たのか?」


「それが、ただの薬ではないのです。

 なんでも『神薬』と呼ばれ、万病に効くそうです」


「ふむ、それはよいが、なぜお主がそのことを気にしておるのだ?」


「その薬が、『エリクサー』以上の薬効があるとしたら?」


「な、なに!?」


 グズリは、珍しく驚きの表情を浮かべた。

 

「『ポンポコ商会』は、その秘密を自分たちだけで独占しているのですよ」


「……」


「万人を癒す薬を一商店で独占するなど、不届き千万!

 この不正を知っていただきたく、ここまで足を運んだ次第です」


「……」


 虎人トランテは、いつまでたっても熊人の長が黙っているので、無礼を返りみず思わず頭を上げた。

 グズリは穏やかな表情で目を閉じていたが、そのまぶたが上がると、そこにあるのは澄んだ瞳だった。

 

「トランテと言ったな。

 お主、なんの目的でここへ来た?」


「ええと、それは申しあげたように、薄汚れた『迷い人』の不正を――」


「待て。

『薄汚れた迷い人』とは、シロー殿のことか?」


「え、ええ、その通りです!」


「ふふふ、語るに落ちたな。

 今日、虎人族が不遇をかこっているのは、お主らが人族に加担して聖女様の誘拐、猿人族に加担したからであろう。

 それのたくらみをくじいたのが英雄シロー殿だ。

 お主は知らんだろうが、あの折り開かれた獣人会議では、全部族による虎人族討伐が決まっておった。

 だがな、シロー殿の一声で虎人討伐は、とり辞めとなったのだ」


「そ、そんな!

 う、嘘だ!

 ま、まさか、そんなはずが――」


「そもそも、お主は我ら獣人がシロー殿からどれほどの恩恵を受けたか分かっておらぬようだな。

 聖女様と猿人族の件はもちろんだが、『学園都市世界』へ連れさられた同朋を取りもどしてくれたのも彼のおかげだ。

 そして、虎人領にこもっていたお主らは知らんだろうがな、先だって『ポータルズ世界群』が崩壊の危機に瀕したときも、彼のおかげで事なきを得たのだ。

 そのような大恩あるシロー殿を裏切れというのか?

 そんなことは、我ら熊人族の誇りにかけて許されぬ」


「……し、しかし――」


「ダマリよ。

 お主の口利きだから会うてみたが、どうやらこやつは、いや虎人族は、あの時からちっとも変わっておらぬようじゃな」


「ま、まこと申しわけございません!」


 不埒者ふらちものを案内してしまったと知り、熊人族の若者が額を床にこすりつける。

 ここに至って、虎人トランテの立場などちりほども残っていなかった。

 熊人の長は、もはや「客人」に一瞥もくれず席を立ち、部屋から出ていった。

 残されたのは、面目を潰され苦虫を嚙みつぶした表情のダマリと、がっくりうなだれ呆然としている虎人トランテ、ただ二人だけだった。

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