第14話 夕闇の戦い(下)


「てめえ、だ、誰だ!?」


 いかにも盗賊の下っ端らしい言葉に、狸人の少年は黙ったままだった。少年の腰にはショートソードが差してあったが、彼が手にしているのは小ぶりなナイフだけだった。 

 

「俺たちゃ、泣く子も黙る『ドクロ団』だぜ!

 命が惜しけりゃ、そのちっこい武器を捨てな!」


 盗賊団のボスである大柄な虎人ジョットが、ドスの利いた声で凄む。

 

「ド、ドクロ団……ぷっ」


 今まで黙っていた狸人の少年は、笑いのつぼを突かれたのか、思わず噴きだしてしまった。

 そのあまりにくつろいだ態度に、身構えていた盗賊たちが互いに顔を見合わせる。

 ただ、かしらのジョットは、怒りが爆発したようだ。


「笑いやがったな!

 おい、こいつもまとめて始末しちまえ!」

 

 頭からの命令で改めて武器を構えた盗賊たちだが、彼らはただ戸惑うばかりだった。

 なぜなら、目の前にいたはずの少年が、いつの間にか姿を消したからだ。


「い、いねえ!」

「今までそこにいたってのに!」

「どこいった!?」


 少年の姿を探して辺りを見まわす盗賊たち。そのため、彼らは足元にいた薬師二人の姿が消えたことに気づけなかった。

 元々、スピード型の剣士だったポルナレフだが、『再覚醒』で『魔剣士』に覚醒したことで、生半可な技量では目でとらえることすらできないほど速くなっていた。まして、辺りを夕闇が覆いかけている今、たとえ腕のある剣士でも彼の動きをとらえられなかっただろう。


 カチャリ


 やがて、盗賊の一人が長剣を地面に落とした。


 カチャリ

 カチャリ


 盗賊たちの手から、次々と武器が地面に落ちる。


「おい、お前ら、なにやってんだ!」


 ジョットが手下を叱りつける。


「か、頭、手に力が入んないんでさ……」


 鼠人の盗賊が、すがりつくような声を出す。

 武器を手にしているのは、すでに頭のジョットだけだった。


「馬鹿野郎!」


 武器を持たない方の手で、鼠人の手下を殴りたおした虎人は、無手で立ちつくす手下たちの輪から離れると、やみくもに剣を振りまわしはじめた。


「畜生!

 どこだ!?

 どこにいやがる!?」


 その耳元で声がした。


「ここですけど」


 ジョットは声にならない叫び声を上げ、振りむきざまに剣を振るった。

 

 カチャリ


 しかし、なぜか剣は地面に落ち、なにも持っていない手が振りまわされただけだった。


「利き手のけんを傷つけました。

 二か月くらいしたら、元に戻るでしょう」


 いつのまにか姿を現した狸人の少年が、落ちついた声でそう言った。 


「くそう、なめやがって!」


 獣人最弱と言われる狸人、しかも少年にいいようにあしらわれ、虎人が獣人最強であるというジョットの誇りは、ズダボロになってしまった。

 怒りに震えるジョットが左手の拳を少年の顔面に叩きこんだ。いや、そう思った瞬間、彼の体は宙を舞い、その背中が硬い地面に叩きつけられていた。


「がはっ!」


 息をすることもできず、ジョットの巨体がエビぞりになる。

 その体から急に力が失われると、彼はぐったり地面に横たわった。

 気絶したらしい。

 少年に運ばれた街道脇の木陰から戦いを見ていたプルとトランテは、安堵の息をついた。

 

「ちょっといいですか?」


「「ひっ!」」


 いきなり近くで声がして、薬師の二人が震えあがった。

 狸人の少年が、いつのまにか彼らの目の前に立っている。

 

「ええと、冒険者ギルドから依頼を受けたポルナレフと言います。

 お二人のお名前は?」


「ト、トランテです」

「プルです」


 偽名を名乗るべきなのだろうが、プルは思わず本名を告げてしまった。この場合、たとえ嘘をついても、人相書きがあるから意味はないのだが。


「トランテさん、あなたはケガをしていませんね。

 この縄で盗賊たちを縛ってください」


「は、はあ……」


 少年が腰に着けた小さなポーチから長いロープが出てきても、ぼうっとしているトランテは不思議に思わず、それを受けとった。

 トランテが盗賊たちに縄を打ちにいくと、ポルナレフは小声でプルに話しかけた。


「あなたがプルさんですね。

 実は、ボクが冒険者ギルドから依頼されたのは、あなたをケーナイの街まで連れていくことです。

 なにか心当たりがありますか?」


 しばらく無言でいたプルだが、さすがに観念したようだ。


「わ、わかりました」


 心当たりのる薬師の青年は、それだけ言うとがっくりうなだれた。

 ポルナレフは、腰のポーチから高級ポーションのビンを出し、プルが負った太ももの矢傷にそれを少量振りかけた。

 傷が治っているのを確認してから、プルを立たせる。


「では、行きましょうか」


「は、はい……」


 灯りの魔道具を手にしたポルナレフは、トランテとプルを連れ、すでに暗くなった街道を歩きだした。

 ヒモで繋がれた盗賊たちは、その後ろを黙ってついていく。武器も持たずこんなところに放りだされたら、夜行性の魔獣に喰われるだけだ。

 魔道具の灯りに照らされた盗賊たちの影が、夜の街道にゆらゆら揺れていた。

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