第13話 夕闇の戦い(上) 

  

 猫町の中央広場で通行人をチェックしていたポルナレフだが、そこへミミが足早にやってきた。


「ポン太、プルらしき人を見たって情報が入ったよ!」


「ミミ、それって確かな情報なの?」


「うん、そうみたい。

 猫町ギルドに冒険者から連絡が入ったんだって。

 その場所が、『万楽薬草店』の近くだったから、みんなそっちへ向かったよ」


「そうか……じゃあ、君は念のため西門を見張っててくれない?

 ボクはみんなの方へ行ってみるから」


「えー!

 まだ探すの?

 きっと、みんなが見つけてくれるよ」


「ミミ、ミランダ様から何を教わったの?

 仕事は――」


「『きっちり最後まで』でしょ。

 もう、ほんっとポン太は真面目すぎるんだから!」


「じゃあ、西門は任せたよ」


「ちょ、ちょっと話を聞きなさいよ!」


 そんなやりとりの後、ポルナレフは『万楽薬草店』の前までやってきた。

 そこには猫人の冒険者が数人たむろしていた。


「みなさん、ご苦労様、プルは見つかりましたか?」


「ポルナレフさん!

 いえ、この辺りにいたってのは確かなんですがね。

 知人の家に寄ったのは間違いねえんです。

 今、犬人のマリノが匂いを追ってやす。

 あっ、そのマリノが帰ってきやしたぜ!」


 駆けつけた犬人の冒険者が、荒い息をおして報告する。 


「ぜぇぜぇ、に、匂いは、ひ、東の門へ、つ、続いてた……」


 犬人は、なんとかそこまで言うと、膝を折り地面にうずくまってしまった。

 

「よし!

 みんなは手分けして、ここから東門の間を探してください!」


「ポルナレフさんはどうするんで?」


「ボクは東門から出て、街道を探してみます」


「人手はいりやせんか?」


「今は時間との勝負です。

 ボク一人の方が遠くまで探せますから」


「わかりやした。

 おい、聞いたな!

 俺たちゃ、こっから東門の間を探すぜ!

 お前とお前は、この店を見張っといてくれ!

 裏口も忘れるなよ!」


「「「おう!」」」

 

 冒険者たちは、あっという間に散っていった。

 

「なんとしてでも捕まえなくちゃ!」


 ポルナレフはそう言うと、風を巻いて駆けだした。

 

 ◇


「ここまで来ればもう大丈夫だろう」


 猫人領の東端である丘の上で、狐人の薬師トランテは街道を振りかえった。

 丘の上までまっすぐ続いている街道に人の姿はなかった。

 

「そうですね。

 さすがにここまで来れば、追いかけてこれないでしょう。

 それに今は彼らがいますしね」


 猫人のプルが指さしたのは、少し先を行く三人の男たちだった。

 豹人が一人、鼠人が一人、穴熊人が一人という構成だが、冒険者にしても少し柄が悪かった。

 彼らとは途中の宿場町で出会ったのだが、リーダーの豹人がトランテの顔見知りということで、狐人領近くの村まで護衛を頼んだのだ。


「おい、足を停めるんじゃねえ!」


 顔だけ後ろへ向けた豹人ヨンピは、雇われた側とも思えぬ傲慢な態度を隠そうとしない。

 

「そろそろ大丈夫でしょう。

 ヨンピさん、なんなら護衛は次の宿場町までで結構ですよ」


 豹人の態度が気に障ったのか、トランテが冷たい口調でそう言った。


「おい、契約は狐人領までだぜ!

 途中まででも、護衛代は負けんからな!」


 ヨンピが声を荒げる。


「もちろん、護衛代の残りは約束通り払いますよ」


「それならそうと言いな!

 だけどな、せっかく依頼を受けたんだ。

 最後まで面倒見るぜ」


 薄笑いを浮かべる豹人の言葉に、トランテはため息をついた。

 態度の悪い者と旅を続けるのは、それ自体が苦痛だからだ。

 護衛の一人である鼠人が、時おり彼とプルの荷物にねちっこい視線を送っているのも気に入らなかった。


 次の宿場でしばらく休憩した後、トランテとプル、そして三人の護衛はそこを出発した。

 太陽はすでに傾きかけており、トランテは宿場で一泊するつもりだったが、ヨンピが出発を譲らなかったのだ。

 やがて陽が陰りはじめた。この調子だと次の宿場に着くころには完全に暗くなっているだろう。

 トランテとプルは足を早めようとしたが、なぜか前を行く護衛の三人が、ことさらゆっくり進むので、彼らに合わせるほかなかった。


 護衛の三人は、距離を測るため一定の間隔で街道脇に立てられている石碑の横で足を停めた。


「ヨンピさん、ここで停まっては……まだ次の宿場町まで少しありますよ」


 トランテが先をうながしても、護衛は動く様子がない。

 三人とも、にやにや笑いを浮かべている。

 石碑の横にある木立から、七八人の男たちが現れた。

 その一人、大柄な虎人が声を掛ける。


「ヨンピよ。

 獲物はこいつらか?」


「そうですぜ、ジョットさん。

 こいつら、二人とも薬師だそうで、それなりに金持ってますよ」


「そうか。

 薬師は儲かるからな。

 おい、お二人さん、あり金全部出しな。

 そうすりゃ、命だけは助けてやるぜ、がはははは!」


 男たちが盗賊だと気づき、トランテとプルが震えだす。

 たとえ金を渡したとしても、顔をさらした盗賊が、自分たち二人を生きたまま逃がすはずもなかった。


「に、逃げろ!」


 狐人トランテの声で、来た道をひき返しかけた二人だが、その試みは十歩も走らないうちについえた。

 前の木立から四五人の男が跳びだしてきたからだ。


「へへへ、袋ん中の狐と猫だぜ!」 


 男の一人がそんなことを言った。

 プルは勇気を振りしぼり、右側の木立へ駆けこもうとした。


「ぎゃっ!」


 しかし、いきなり左足に激痛が走り、転んでしまう。

 左の太ももに、矢が深く刺さっていた。 


「プルっ!

 大丈夫か!」


 トランテは崩れおちた友人に声を掛けたが、街道の両側から走りよってくる男たちを見ると、足がすくんで動けなくなってしまった。


「ガハハハ、逃げるなら逃げてもいいが、苦しんで死ぬことになるぜ!」


 豹人ヨンピから「ジョット」と呼ばれた虎人が、言葉で追いうちをかける。

 トランテは、矢が立った足を抱える友人の横に、へなへなと座りこんでしまった。


「ヨンピ、こいつから始末しろ」


「へい!」


 豹人独特のしなやかな身のこなしで近づいたヨンピが剣を抜き、道に倒れたプルに振りおろした。


「ぐっ!」


 しかし、そんな声を上げたのは、プルではなくヨンピ自身だった。

 その手からは、いつの間にか剣が落ちている。そして、剣を持っていた手の、二の腕あたりの服が裂けていた。 


「て、敵襲!」


 ヨンピの叫び声に反応した盗賊は一人もいなかった。

 陽が落ちかけた薄暗い街道には人っ子一人いない。

 道の左右が木立に挟まれているとはいえ、二十人近い獣人が揃っているのだ。気配や匂いがあれば、誰かが気づくはずだ。   


「ヨンピ、どけ!

 俺がやる!」


 護衛役だった鼠人が、腰の鞘からダガーを引きぬいた。

 だが、プルめがけてそれを振りおろそうとしたとたん、その腕が切りさかれた。

 

「がっ、痛え!」


 二人続けて攻撃を受けたことで、盗賊もようやく襲撃者がいると気づいたらしい。

 ざわつきながらも、各々が武器を手にする。


「薬師を処分するのは後だ!

 俺の周囲を固めろ!」


 かしらである虎人のジョットが叫ぶ。

 盗賊たちは、意外な素早さでジョットをとり囲み円陣を組んだ。

 全員が外向きに武器を構える。


「うがっ!」

「痛え!」

「ぐぐう!」


 盗賊たちからたて続けに悲鳴が上がる。

 頭であるジョットは気づかなかったが、攻撃を受けた三人は全員が弓を手にした盗賊だった。

 残照の残る街道に、一つの姿が現れた。

 ちょうど沈む夕日の逆光で盗賊たちからは人影しか見えないが、それは短剣を手にした狸人の少年だった。

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