第9話 猫街ギルド
「もう!
せっかくウチでのんびりしてたのにー!」
ミミは不満そうに言ったが、この指名依頼に彼女が喜んでいるのは、ピンと立った三角耳と、ぴくぴく動く
「ミミ、文句を言わないの。
冒険者が指名依頼を受けるのは名誉なことだよ」
「そんなこと分ってるわよ!
ホントなまいきなんだから、ポン太のくせに!」
「だけど、プルさんだっけ?
ペーロンさんのお弟子さん。
全く姿が見えないね」
「もしかしたら、どこかで追いこしたのかもね」
ミミとポルは、それぞれ自分の『点ボード』に乗り、街道を東へ向かっていた。
左手に北部山岳地帯の稜線を、右手に砂漠へと続く草原を見ながら街道を滑っていく。
ボードが通りすぎると、乾燥した道からは砂ぼこりが舞いあがった。
時おり通行人とすれ違うが、彼らは驚いた表情で足を停め、ボードに乗った二人が通りすぎるのを見おくる。
乗り物といえばせいぜい馬車であるこの世界で、点ボードが出すスピードは驚異だろう。
本来、ケーナイから徒歩で三日かかるところを二時間もかからず走破した二人は、猫町の郊外でボードから降りると、木陰で腰のポーチにそれをしまう。これはシローから渡されたマジックバッグだ。
猫町の門をくぐった二人は、最初に冒険者ギルドへと向かった。
冒険者が所属するギルドが管轄する地区以外で活動するときは、あらかじめ現地のギルドに顔を出しておくしきたりだからだ。
猫町のギルドは、ケーナイのギルドとそっくりな木造の二階建てだった。
ギルドのトレードマークでもある、両開きの扉をギコギコ鳴らし、二人が中へ入る。
二つある丸テーブルを囲んでいた七八人の冒険者たちが、二人をジロリと見た。
ほとんどが猫人の冒険者だが、一人だけ犬人が混ざっている。
「おい、ここは猫町ギルドだぜ!
子供が来る所じゃねえ!」
片目が古傷で塞がった、狂暴そうな猫人が二人に声を掛けてくる。
ミミとポルはそれに取りあわず、誰も並んでいない受付カウンターの前に立った。
「おい、お
聞いてんのか?」
片目の猫人は、無視されたのが気に障ったのか、テーブルから離れて二人へ近づいた。
「お、おい、その人たちは――」
一人だけいる犬人の冒険者が声を掛けようとしたが、猫人の男はすでにポルナレフの胸倉につかみかかっていた。
完全につかまえたと思ったのに、ふっとポルナレフが消えてしまったので、彼はバランスを崩し、カウンターの板に顔面を打ちつけるはめになった。
「……」
猫人は痛さのあまり声も出せず、顔を両手で押さえうずくまる。
カウンターの中にいた若い猫人の女性が、それを見ておろおろしている。
「あー、言わんこっちゃねえ。
おい、トルモ。
その二人は、あの『ポンポコリン』だぜ」
さっき声をかけかけた犬人の冒険者が、床に膝をついた猫人を抱えるように立ちあがらせる。
「ねえ、今、『ポンポコリン』って言わなかった?」
丸テーブルのところにいた、金属製のカギ爪を背負った小柄な猫人の女性冒険者が、犬人冒険者に声をかける。
「ああ、言ったよ。
この二人こそ、英雄シロー率いるパーティ『ポンポコリン』のミミさんとポルナレフさんだぜ!」
犬人の冒険者は、そう言いながらなぜか得意げだ。
「ええと、マリノさん?」
ポルナレフは犬人の名前を思いだした。
「おっ、嬉しいねえ!
名前、覚えてくれてたのかい。
俺っちゃ、なんせケーナイギルド所属だからな、へへん!」
犬人マリノがまたも胸を張る。
「なんであんたが威張ってんのさ!
ねえ、お二人さん、それよりあんたらホントに、あの『ポンポコリン』なのかい?」
先ほどの女性猫人がミミとポルナレフに声を掛けてくる。
「そうだよ、私たちが『ポンポコリン』だよ」
今度は猫人娘ミミが胸を張った。
「ちょっと、ミミ、分かってるの?
これは極秘任務なんだよ!」
ポルナレフが慌ててミミの耳元でそう言ったが、彼女はどこふく風だ。
「いいのよ。
どうせギルド章は見せるんだから」
ミミは相棒にそう言うと、カウンターへ振りかえり、受付の若い猫人女性にこう言った。
「お姉さん、私たち、あの『ポンポコリン』よ。
指名依頼を受けて、この街で人探しさせてもらうから。
はい、これがギルド章」
ギルドの別室で内密に仕事の話をしたかったポルナレフが、文字通り頭を抱える。
「おい、ホントにこの人たち『ポンポコリン』だってよ!」
「すげえ!
なあ、あんた、握手してくれ!」
「それより、なんの仕事だい?
あたい、暇だから手伝えるよ」
「さすがだなあ、指名依頼だってよ!」
冒険者たちが口々に騒ぎだす。
そんな彼らの方を向き、ミミが大声を張りあげる。
「みんないい?
今からあなたたちに依頼を出すわよ。
内容は人探し。
ターゲットは、この街にある『万楽薬草店』を任されてるプルって猫人の男性。
似顔絵はこれよ!」
ミミが掲げたパレットには、かなり細部までとらえた猫人の素描がある。
これは依頼を受ける際、ポルナレフの母親アマムが二人に託したものだ。
「お!
そいつなら知ってるぜ!」
「ああ、あたいも知ってる!
その店なら『
「おい、マリノ、おめえ鼻が利くんだろ?
俺たちを手伝えよ!」
「もちろんだ!」
どうやら、その場にいた冒険者全員が、人探しを手伝うと決めたようだ。
「有益な情報をくれた人には銀貨十枚。
本人を見つけた人には金貨三枚払うわ」
ミミがそう言うと、冒険者たちから歓声が上がった。
銀貨十枚は日本円にして十万円、金貨三枚は日本円にして三百万円にもなる。
「この顔よ、よく見て探してね!」
彼女がそう言いおわらないうち、すでに冒険者たちがギルドの外へ飛びだしていた。
すでに日が落ちかけ、外は暗くなりはじめている。
「あ、あのー、私たちも握手してもらえます?」
気がつくと、カウンターの向こうにギルド職員が並び、キラキラした目でミミとポルナレフを見つめている。
「もう、ミミ!
こんな騒ぎにしちゃって!」
ポルナレフが頭を抱えたままそんなことを言ったが、突貫猫娘のミミは反省の色がない。
「はーい、握手したい人はこっちに並んでー!」
そんなことを言って、自分から場を仕切っている。
ポルが仕方なくギルド職員たちと握手していると、飛びだしていった冒険者の一人が、息せき切って戻ってきた。
「はあ、はあ、『万楽薬草店』は閉まってたぜ!
裏にも回ったが誰もいねえようだった」
ミミはポーチから取りだした銀貨十枚を、その冒険者の手に握らせる。
「お、おい、いいのか?
こんなにもらって?」
「当然よ!
私たち『ポンポコリン』は約束を守るわ」
「お、おう!
さすがだな!」
「情報は、一回につき銀貨十枚だからね」
「ホントか!?
じゃあ、こうしちゃいられねえ。
もう一度行ってくるぜ!」
「私たちも探すから、プルがいそうな場所を教えてくれる?」
「がってんだ!
へへ、あの『ポンポコリン』と一緒に働けるなんて、夢のようだぜ!」
ミミと猫人の冒険者がギルドから出ていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ミミ!」
ポルナレフ少年がそれを追いかける。
「あっ、依頼書!
どうしよう。
ポルナレフくーん、依頼書まだ書いてないですよー!」
最初に対応した受付の女性が、依頼書とペンを手にギルドから走りだし、追いかけはじめる。
「私たちも行ってみようか?」
「そうだね!
なんせ『ポンポコリン』の活躍なんて、めったに見られるようなもんじゃないもんね!」
「私たちがその人を見つけても、報酬がもらえるのかしら?」
「とにかく、追いかけよう!」
「「「おー!」」」
しばらくして、ギルマスである初老の猫人男性が二階から降りてくる。
「おい、いったいこりゃ、どうなってるニャ?」
思わず語尾に「ニャ」がついたのも仕方ないだろう。
ギルドには、猫の子一匹残っていなかったのだから。
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